Liar's Dice 2013年 104分
主演 ナワーズッディーン・シディッキー & ギータンジャリ・ターパ & マーニャ・グプタ
監督/脚本 ギートゥ・モーハンダース
"これは、ただ数字の上でしか知られぬ、無数の人々の物語"
VIDEO
中国国境に近いヒマラヤ高山地域の村チットクル。
ここで3才の娘マーニャと暮らす山間部民カマラは、5ヶ月前に出稼ぎに行ったまま連絡の取れない夫ハルドの身を案じ、ついに娘と子ヤギ1匹を連れて夫探しの旅に出た。
途中、マーニャに懐かれた寡黙な男ナワーズッディーンと同じ道行きになり、当初は警戒するカマラだったが、ぎこちなくも助け合いながらシムラー行きのバス乗り場まで辿り着く。しかし、バスにヤギの持ち込みを拒否されて降ろされてしまったカマラは、そのバスに乗りこんでいたナワーズッディーンに声をかけ、必死で助けを乞うのだった…
「助けて。どうしてもシムラーに行かないといけないの」
「……いくら払う?」
「…300。それしか持ってないわ」
「それじゃ、連れていけない。せめて500払ってもらわないと。あるだろう? なぜ嘘をつく? 前金で200ルピーくれ」
「全部終わったら払う。約束する」
「前金で今だ。まだあんたを信用していない。…あんたが俺を騙すかもしれんしな」
「騙すなんて…じゃあ、私はどうやってあなたを信用すればいいの?」
「いいさ。その時は別のやつを雇えばいい…」
タイトルは、複数人で遊ぶサイコロゲーム「ライアーズ・ダイス」のこと。別名「ブラフ」「ブエブロ」など多数の別名を持つゲーム。
劇中で、ナワーズッディーンが資金集めにやっている、伏せた複数のカップの中の複数のサイコロの出目を予想して賭ける遊びのこと。そこにかけて、先の見えぬ人生の中を本音も、過去も、未来の展望すら見せることのない市井の人々の「嘘」の処世術を投影したタイトル…とか?(いらぬ深読み)
女優ギートゥ・モーハンダスの初監督長編映画となるヒンディー語(*1)映画。
カシミールの絶景すぎる風景から始まる映画は、そこで自給自足に近いアナログな生活を維持する村の暮らしをしてきた母娘が、消息を絶った夫探しのために山を降り、人々に揉まれ、金銭でしか価値を測れない見知らぬ人々の集まる都市シムラー、大都市デリーの中でより以上の苦悩の中をもがいて行く姿を寡黙に描いて行く。
村の中全員知り合いの生活をしている主人公カマラが、旅の途中に出会う見知らぬ人々を警戒し、男たちを遠ざけ、それでも助けてくれた人へのお礼を通して交流して行くぎこちない人間関係の進展を通して、信用できない有象無象の人間社会の中で道を見失って行く「その他大勢」の人々の息遣いを1つ1つ丁寧に取り上げて行くような視線で構成されている。
必要最小限の台詞だけで進む映画は、それが故にどのカットも絵画的な美しい切り取りを見せ、特に絶景が並ぶ序盤のカシミールの自然の美しさ、厳しさ、雄大な景色の中に佇む人間の卑小さが、中盤以降の都市の風景の中の人々の間に見えて来る不信感、せせこましい宿の密閉感、人混みと車で進路を阻まれる閉塞感との強烈な対比となり、なんでも1人でこなしてしまう主人公カマラの生活力の強さが、都市部ではより孤独を際立たせる対比構造になっているのも効果的。川のせせらぎ、風の行き交う音に満ちた山間部に対する、生活雑音の多い都市部の音響の違いなんかも、主人公を取り巻く環境の激変具合、それに伴う人との関わり方の変化を表現するよう。
本作の監督を務めるのは、1981年ケーララ州エルナークラム県コーチに生まれた(*2)ギートゥ・モーハンダース(生誕名ガヤトリー・ダース。またはガヤトリーダース・モーハンダース)。
幼い頃から、子役として活躍してマラヤーラム語(*3)映画に出演していて、4作目の映画出演作になる1986年公開作「Onnu Muthal Poojaym Vare(1からゼロへ)」で家族からの愛称"ギートゥ"を芸名に採用。大ヒットに乗って知名度を上げ、ケーララ州映画賞の子役賞を獲得する。1988年には「En Bommukutty Ammavukku(母からのお人形 / *4)」でタミル語(*5)映画デビュー。その後、マレーシア、カナダに移った後、インド帰国して2000年のマラヤーラム語映画「Life Is Beautiful(ライフ・イズ・ビューティフル / *6)」で主演デビューする。以降、マラヤーラム語映画界を中心に活躍。数々の映画賞を獲得している。
2009年に撮影監督兼映画監督のラジーヴ・ラヴィ(*7)と結婚し、自身の映画会社アンプラグドを設立。同年に短編マラヤーラム語映画「Kelkkunnundo(ねえ、聞いてる?)」で監督&脚本デビュー。数々の映画賞を授与されるとともに、2014年から州内の12年生カリキュラムの題材に選ばれている。2作目の監督作となる本作企画において、ヒューバート・バルス基金の助成を受け、2014年度サンダンス映画祭世界ドラマ部門コンペティションに選出されている。
2019年には3作目の監督作「Moothon(老人の男)」も公開され、こちらも世界中の映画祭で上映、数々の映画賞を獲得している。
主人公カマラを演じたのは、シッキム州都ガントク生まれ(*8)のギータンジャリ・ターパ。
西ベンガル州都コルカタに移住後、在学中に短編英語「Myth」に出演して映画デビュー。モデル活動を開始して、アッサム州グワハディで開催されたミス・ノースイースト美人コンテストで優勝。CM、映画界で活躍する中、2012年のヒンディー語主演作「I.D.」でロサンゼルス映画祭演技賞他を獲得。本作でもナショナル・フィルムアワード主演女優賞を獲得して、続く2014年の「汚れたミルク(Tigers)」で、ヒンディー語+ウルドゥー語+英語+ドイツ語映画にも出演している。
以後、ヒンディー語映画を中心に活躍。2018年には「Painting Life(ペインティング・ライフ)」で英語映画に、2019年の「Stray Dolls(ストレイ・ドールズ)」でハリウッド映画にそれぞれ主演デビュー。2020年にはコダヴァ語(*9)+アッサム語(*10)短編映画「Frayed Lines」に、2025年には「Jaar」でネパール映画にもデビューしている。
山間部民としてインド辺境部で暮らすカマラ母娘。脱走兵として人目を避けた逃避行生活を送るナワーズッディーン。決して歴史の表に登場せず、役所の記録でしか存在を気にされない立場の人が、人の波の中で常に警戒を緩めることなく、たった1人の時にのみ安堵を得る孤独は、映画前半のカシミールのあまりにも広大な景色との、あまりにも皮肉的な対象関係。
シムラーに行けば夫に会えると思っていたカマラの希望は「子供連れで村を出て来るなんて、なんて無謀な。今からすぐ村に帰りなさい」と言ってカマラの話を聞こうとしない夫の上司の家にいた妻によって迷走し始め、人を食い物にするデリーの人々から母娘を守ろうとするナワーズッディーンの思いもまた、すれ違い続けて行ってしまう。最後の最後、カマラが見つけたナワーズッディーンの隠し事の絶望を表す彼女の絶叫の悲痛な迫真生は、そうした「嘘で身を守るしかない」卑小な個人と、それを取り巻く世界の広大さをずっと見せつけられたが故の強烈なインパクトでありましょうか。
それにしても、本作で映画デビューした後特に映画出演してないらしいマーニャ役のマーニャ・グプタの可愛らしさが、沈痛で寡黙な映画の印象をポジティブな方に変えていく効果を担ってくれていましたけど、その後の活躍とか期待してもいいんでしょうか。インド映画キャスティング・ディレクターの皆様、頼んまっセー。
受賞歴
2014 National Film Awards 主演女優賞(ギータンジャリ・ターパ)・撮影賞(ラジーヴ・ラヴィ)
2014 ブルガリア Sofia International Film Festival 審査員特別賞・FIPRESCI(国際映画批評家連盟)作品賞
2014 米 NYIFF(New York Indian Fetival) 主演女優賞・外国映画部門作品賞
2014 伊 Pesaro International Film Festival リノ・ミッチェ(作品)賞
2014 スペイン Graanada Cines del Sur Film Festival 銅アルハンブラ賞
「LD」を一言で斬る!
・シムラー駅 猿も乗り込む 電車かな……まあ、日本でも犬や鳩が電車乗って来るらしいしなあ。
2026.1.10.
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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 カンヌール生まれとも。
*3 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*4 1983年の同監督作マラヤーラム語映画「Ente Mamattukkuttiyammakku」のリメイク作。
*5 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*6 1989年のハリウッド映画「いまを生きる(Dead Poets Society)」の翻案映画。
*7 本作を始め、ギートゥ監督作の撮影監督も務めている。
*8 シッキム州ソレン県マルバセィ生まれとも。
*9 南インド カルナータカ州コダグ県固有の言語。
*10 北インド アソム州の公用語。