インド映画夜話

レオ ブラッディ・スウィート (Leo / 2023年タミル語版) 2023年 164分
主演 ヴィジャイ & サンジャイ・ダット & アルジュン & トリシャー他
監督/脚本/台詞 ロケーシュ・カナガラージ
"’レオ’とはいったい何者なのか?"




 ヒマーチャル・プラデーシュ州シムラー県テオグ。
 長官一家が強盗団に惨殺される事件が起こった翌日、テオグの街中に獰猛なハイエナが迷い込み、住人たちはパニックになっていた。この街に住むタミル人カフェ店主兼野生動物保護活動家パールティバン(通称パールティ)は、森林局から依頼されてこのハイエナを沈静化。保護することに成功する。
 このハイエナを自宅で飼う事に決めたパールティバンは、生き物の命を尊重するよう子供たちに諭していたが、1週間後、彼の経営するカフェの閉店時間にやって来た男たちが従業員シュルティと娘チントゥ(本名マティ)を人質に、強盗現場の目撃者全員を殺そうと迫る。2人を守るため、最後まで抵抗するパールティバンはついに、強盗が持ち込んだ銃を奪って強盗団全員を射殺してしまった…。

 事件を受けて収監されたパールティバンは、その顔と類い稀なる射撃能力を全国の新聞にさらされ、世間の注目を集めてしまう。裁判で正当防衛が認められて釈放されてからも家の外へ出ることができないまま。なんとか近所の市場まで出かけることに成功した時、強盗団の仲間たちの報復に晒されてしまう!
 しかし、ここでもパールティバンは尋常でない攻撃力を見せつけ、襲撃犯たちを重症に追い込み、妻サティヤをはじめとしたその場にいた人々を恐怖させてしまう。
 そんなスキャンダラスなパールティバンを隠し撮りした男によって、ある組織に彼の顔画像が送られていった…「…こいつは…レオ・ダース……!! 間違いない…」。
 今、死んだと思われていた男レオ・ダースの姿を追って、無数のギャングたちがテオグに向かって来る…!!


プロモ映像 Badass (ヤツは最強 [全力で逃げろ])


 別題「Leo: Bloody Sweet」。
 2019年の「囚人ディリ(Kaithi)」に始まる、ロケーシュ・カナガラージ監督のロケーシュ・シネマティック・ユニバース第3作となるタミル語(*1)映画。
 ユニバース共通の登場人物はいるものの、物語的には独立している1作。その物語の1部は、2005年の米加合作映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス(A History of Violence)」へのトリビュートだと、監督自身が語っている。

 これまでタミル地方を舞台にしていたLCU(ロケーシュ・シネマティック・ユニバース)が州どころか南インドすら飛び越えて、ヒマラヤを望むシムラー周辺を舞台に(*2)、ユニバースの世界観が一気に拡大して行く1作となったか。
 ユニバース1作目の「囚人ディリ」では主演にカールティを迎え、2作目の「ヴィクラム(Vikram)」ではタミル語映画界を代表する"ユニバーサル・ヒーロー"カマル・ハーサンと"タミルの至宝"ヴィジャイ・セートゥパティ、マラヤーラム語(*3)映画界のスター ファハード・ファーシルというマルチスターが登場。3作目の本作では、ついに"大将"ヴィジャイを主役に迎え、ユニバースはタミル語映画界を包括しつつその外側をも視界に入れて、ヒンディー語(*4)映画界のスター サンジャイ・ダットを悪役に据えて来てるんだから、ユニバースの野望も期待もうなぎのぼりですね、って勢いと圧が凄い。

 これまでフィルムノワール的な夜のギャング抗争を主な題材にして来たLCUに対して、共通して家族を守ろうとする孤人の戦いを描く映画とは言え、舞台が雪山に囲まれた白と青の世界だからか、身体を張って戦う主演ヴィジャイのスタイルに合わせたからか、夜のシーンもありつつ印象に残るのは雪の白を反射する日の高い明るい舞台の物語として、これまでのユニバースとの対照的な色彩を見せつけるのも美しい。
 その中で、人殺しを日常的に行なっている強盗団の一派の襲撃をきっかけに、一般人として暮らしていたはずの男を襲うギャングたちの報復の嵐と、麻薬シンジケートのボスの家族問題が、平凡な男パールティバンの日常をこれでもかと壊して行く苦悩と、その苦しみに対して容赦なく反撃に出るパールティバンの尋常ならざる抵抗力が、窒ォ父性と凄惨な殺し屋の影を行き来する多重なヒーロー像を作り上げるもんだから、時間を忘れてその行く末を見たくなること請け合いの面白さですわ。
 「ヴィクラム」があからさまな次回作への引きで終わったのに対して、こちらは「囚人ディリ」と同じく基本的には1本で完結しているお話になっている(*5)のも、ヴィジャイ映画としての完成度が高くて嬉しい。この調子でいくと、次のLCU映画はあからさまな「続くよ」シーンで締めになるのかしらん?(んなわけな…い?)

 「囚人ディリ」からLCUの監督を続投するローケーシュ・カンガラージは、1986年タミル・ナードゥ州コーヤンブットゥール県(旧コインバートル県)コングナドゥ地区のキナトゥッカダヴ生まれ。
 コーヤンブットゥールの大学でファッション工学を専攻してMBA(商業学士)を取得後、銀行員として働き出す。
 仕事の中で、銀行内での映像コンペティションに参加することで映画制作に興味を持ち始め、彼の作った短編映画を審査した映画監督カールティク・スッバラージの勧めを受けて、スッバラージがプロデューサーを務める2016年のタミル語オムニバス映画「Aviyal」の1編「Kalam」で映画監督&脚本デビュー。翌17年には「Maanagaram(花の都)」で長編映画監督デビューを果たし、ヴィジャイアワード新人監督賞を獲得し大きな評判を勝ち取る。続く19年の「囚人ディリ」でZeeタミル・シャイン人気監督賞を、21年の監督作「マスター 先生が来る!(Master)」でカメオ出演(囚人役)もしてSIIMA(国際南インド映画賞)のタミル語映画監督賞も獲得。その成功から、「囚人ディリ」と世界観を同じくする複数のローケーシュ・シネマティック・ユニバース・シリーズの企画が始動している。

 野生動物保護を信条とする主人公が、子供達にも「むやみに生き物を殺すのはいけない。たとえ家族のためと言っても、人殺しはダメだ。殺したら、そこで人生が終わってしまう」と教え諭していたにもかかわらず、迫り来るギャングたちから家族を守るために暴力に訴えざるを得なくなり、冷静に、確実に敵を排除する術を身につけているパールティバンの異常性とのギャップが悲しくも美しい対比を生み出し、タバコ会社に偽装した麻薬ブローカーたちから"レオは生きていた"と祭り上げられ、執拗に「帰ってこい」と脅されて行く。そのブローカー側も主人公側も「家族」を信用できるかできないかで苦しみ、頼れる家族を欲している様が共通しているシンクロ具合もまた儚く麗しい対比構造。
 ラストバトルが、お互いの家(*6)での2重バトルになってるのも熱いし、かたやパールティバンとギャングたちの肉弾戦に対して、妻子を守るための自宅が「ホームアローン(Home Alone)」をより残虐にしたようなトラップ要塞になってるのも爽快。最後の最後に人工物トラップでなく保護動物が出て来るところも、映画冒頭アクションと重なって来てメチャクチャ盛り上がりますわ。映画を織り成すアニルド・ラヴィチャンデルの音楽のノリの良さも最の高な上に、様々な対象構造、円環構造、反復構造を利用して、とことんまでお客を盛り上げてくれるサービス精神が超楽しい。最終的な「レオとは一体何者か?」という問いへの答えもカッコええので、今度は「ドン(Don)」との共演でシャー・ルク出すってのはドデスカ監督!? あ、それは路線が違う。デスヨネ〜。



挿入歌 I'm Scared (怖い [人の声が、ささいな物音が、音楽のように流れてる…])




受賞歴
2024 SIIMA(South Indian International Movie Awards) タミル語映画悪役演技賞(アルジュン・サルージャ)


「レオ」を一言で斬る!
・ハチ公は、インドでも名前が通ってるのね!

2025.11.22.

戻る

*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 ロケはジャンムー・カシミールで行われたそう。
*3 南インド ケーララ州とラクシャドウィープ連邦直轄領の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 いちおー次回作への引き的なシーンもあるけど。
*6 パールティバンの自宅と、ダース家のタバコ工場。