インド映画夜話

ルシア (Lucia) 2013年 137分
主演 サティーシュ・ニーナサム & シュルティ・ハリハラン
監督/脚本/製作/原案/編集/出演 パワン・クマール
"お前が夢を創ったのか。夢がお前を創ったのか"
"お前は身体の一部なのか。身体がお前の一部なのか"
"ここは家の中なのか。家がここの中にあるのか。あるいは、共に眼の中にしかないのか"
"…私には、わからない ー 15世紀のカンナダ詩人カナカダサル"






 ムンバイから派遣された捜査官サンジャイは、先日より搬送されたまま昏睡状態が続く男の捜査のため、彼の所持品のノートとカプセル剤から、事件の容疑者につながる手がかりを得ようとしていた。
 ベンガルール警察の捜査と尋問の中、カプセル剤密売に関与した男は語り出す「それは…その薬は…"ルシア"…」
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 カルナータカ州マンディヤ県の田舎からベンガルールに出てきて、小さなカンナダ語映画専門映画館で案内役をしている青年ニッキ。
 彼は、貧しいながら都会の生活に満足はしているものの、共同部屋のいびきのうるさい男たちとの生活から不眠症に苦しめられていた。
 ある夜、ニッキは「望んだ夢を見せる睡眠誘導剤」を買わないかと言ってきた売人から、"ルシア"と言うカプセル剤を紹介される。「眠る前に1錠全部を飲むんだ。そうすれば最高の人生を送る夢を見る事が出来るさ…」その夜からさっそく"ルシア"を試してみると、すぐにニッキの不眠症は治り、夢の中で映画スター ニキルとして活躍。広告で見かけた美女との謎めいた出会いを体験する…。

 その後の現実生活の中で、ニッキが以前に街角で見かけていた、夢の美女と瓜二つの女性シュウェータとの見合いが出来る事になって驚くも、打ち解けたと思った彼女はさっさと彼との見合いの継続を断って来る…!!


挿入歌 Jamma Jamma



 夢と現実が交差する、シュールなショート・ショートのような不条理劇カンナダ語(*1)映画。冒頭に「インド映画100年の歴史を祝して」とも出てくる、映画愛に満ちた映画でもある。

 カンナダ語映画界初のクラウドファンディングで製作された作品。2013年のロンドン・インド映画祭にてプレミア上映され、観客選出賞を受賞している。
 15年には、タミル語(*2)映画リメイク「Enakkul Oruvan(自分の中の男)」も公開。日本では、2017年のSIFFJ(南インド映画祭)にて上映された。

 本編開始前に、実像と虚像の等価を歌うカンナダ詩とともに、荘子の「胡蝶の夢」が引用される所から、その後に展開されるだいたいの物語の流れはイメージ出来るわけだけど、泥臭い下町の暮らしを描くニッキのパートと、華やかながら白黒画面で描かれる映画スター ニキルのパートが点描的に描かれる事で、ラストへと疾走する怒濤の大ドンデン返しが綺麗すぎるほどに綺麗に決まっていく爽快さがスバらしい。
 もはやインド映画と言う枠にはめる必要のないアーティスティックな作風も、後半に向けて徐々に意味を持ち始めていき、強いコンセプトが牽引する物語はなお強力なイメージ喚起力とポジティブな人生讃歌に彩られている。その上で、インド映画の持つ魅力・伝統的背景の厚みをスクリーンの中にしっかりと刻み込んでいる所に、"インド映画"の底力を見るよう。

 この野心作を監督したのは、演劇界出身のパワン・クマール。
 舞台演劇時代に脚本や出演を経験して短編映画製作にも参加した後、映画監督ヨグラージ・バートの助監督として映画界入り。07年のカンナダ語映画「Mr. Garagasa」で長編映画での役者デビューし、09年にヨグラージ監督作「Manasaare」で出演の他脚本も担当。11年に「Lifeu Ishtene」で監督デビューして、フィルムフェアのカンナダ語映画監督賞ノミネートする。
 クラウドファンディングで製作された本作で大きく注目され多数の映画賞を獲得、16年には3本目の監督作となる「危険なUターン(U Turn)」を公開させている。

 主役ニッキ&ニキルを演じたのは、カルナータカ州マンディヤ県ヤラダハリ村の農家に生まれたサティーシュ・ニーナサム(生誕名シヴァ)。
 幼少期から映画に興味を示し、家を抜け出しては映画館に入り浸って母親に連れ帰らされる事も多かったとか。後にシモガ県ヘグドゥの文化振興組織ニーナサムで舞台演劇の俳優としてキャリアをスタート。2年間の演技コースを修了し、サマシュティ演劇団の一員として活躍する。
 その後、いくつかのTVドラマに1年間出演し続けた後、08年のカンナダ語映画「Madesha」にカメオ出演。翌09年の「Manasaare」でクレジットデビューし、本作のパワン・クマール監督デビュー作「Lifeu Ishtene」にも出演。12年の「Drama」で主役級の1人を演じSIIMAコメディ演技賞ノミネート。本作で単独主演デビューする。
 14年の主演作「Anjada Gandu」でタイトルソングを担当して歌手デビューとなり、同じ年の主演作「Love in Mandya」でサントーシャム・アワードのヒーロー賞を獲得。翌15年の「Rocket」でプロデューサーデビューしつつ、SIIMAアワードの批評家選出主演男優賞を獲得している。

 ヒロイン シュウェータを演じるのは、1989年ベンガルールのタミル系アイアール家系(*3)に生まれた女優兼モデル兼歌手シュルティ・ハリハラン。
 学生時代に古典舞踊バラタナティアムとコンテンポラリーダンスを修得し、舞台パフォーマンスチームに参加。ダンサーを志望して父親の反対に遭うも、振付師イムラーン・サルダリヤーを師事して振付師アシスタント兼バックダンサーとして働き始め、PVや短編映画、ドキュメンタリーなどに出演。
 11年に英語映画「A Booty Artwork」に出演(?)後、12年のマラヤーラム語映画「Cinema Company」で主役級デビューして本格的に女優業を開始。続く本作でカンナダ語映画デビューとなり、SIIMAアワード新人賞ノミネートする。その後、14年の「Nerungi Vaa Muthamidathe」でタミル語映画に、15年の短編映画「ABC」でヒンディー語映画デビューとなる。
 その後カンナダ語映画とタミル語映画を中心に活躍中。17年の「Beautiful Manasugalu(美しき心)」でカルナータカ州映画賞の主演女優賞を獲得している。

 わりとコンセプトのハッキリした映画で、そういう意味では映画を学ぶ学生には是非見てほしい一作。と言うか見ないと損することになるよ!
 夢と現実双方に共通の俳優を配し、主人公の周辺の人々で組み上げられていく人間関係のどちらが夢でどちらが現実なのかが混濁して行くさまは、双方の人生に関わる"映画"と言う舞台装置に効果的にシンボル化されていき、映画や映画館と言う舞台こそが、人の夢の体現であり生きる希望となっている事を全肯定していく人生讃歌ヘとつながっている所が美しい。
 こうしたアーティスティックなテーマなり撮り方をした映画って、往々にしてバッドエンドやネガティブな表現に向かいそうになるのを、まったくそんなそぶりを見せずに、それでも人生の苦悩や蹉跌を取り入れながら人の生きる姿をポジティブにとらえていく詩的な清々しさは、インド映画の独壇場ですかねえ…。
 「インド映画って○○」と言う前に、是非とも見てほしい一本。世界にはこんな映画もあるのだ、と知っておいて損はない…と言うか得しかないヨ!!


挿入歌 Nee Thoreda Galigeyali (貴方がいなくなってから)




受賞歴
2013 Karnataka State Film Awards 音楽監督賞(ポールナチャンドラ・テージャスワーミー)
2013 Filmfare Awards South 監督賞・助演男優賞(アチユート・クマール)・男性プレイバックシンガー賞(ポールナチャンドラ・テージャスワーミー / Thinbedakami)
2013 London Indian Film Festival 観客選出賞
2014 GCC Puraskar Media 批評家絶賛注目作品賞

Karnataka International Music Awards BGM賞(ポールナチャンドラ・テージャスワーミー & モニーシュ・クマール・M・K & サントーシュ・ナラヤナン)




「ルシア」を一言で斬る!
・カプセル剤って、カプセルから出して飲むものだったのか…。

2017.5.19.

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*1 南インド カルナータカ州の公用語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 タミル地方を中心に広がる、アディ・シャンカラ提唱のアドヴァイタ哲学派に属するローカル・ブラーミン家系。