インド映画夜話

ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 (Mission Mangal) 2019年 127分
主演 アクシャイ・クマール & ヴィディヤー・バーラン他
監督/脚本/原案 ジャガン・シャクティ
"アジア初の火星探査計画を成功させた、奇跡の実話"




 2010年12月25日。
 カルナータカ州ベンガルール(旧バンガロール)のISRO(インド宇宙研究機関)から打ち上げられた国産探査ロケットGSLV-F06は、その途上でコントロールを失い爆散。事前チェックで軽微異常を無視してしまった推進系プロジェクトディレクターのタラ・シンデーは、自身の責任と後悔に沈みながら、火星探査計画へ左遷させられたプロジェクトの責任者ラケーシュ・ダワンを追うようにあるアイディアを彼の元に持ち込んで行く。

 NASAから招聘されたインド人科学者ルパート・デーサーイによって新たなGSLV計画が始動する中、廃墟同然の旧館にて小規模予算で火星に挑むラケーシュとタラはなお希望に燃え、タラの計画から旧式ロケットPSLVでの探査機打ち上げを始動させる…!!
 不可能とも思えるこの突飛なアイディアを承認したISROだったが、探査機は火星最接近に合わせて2013年11月には打ち上げなければならない。一刻を争うプロジェクトでありながらしかし、その探査機設計のためにルパートが集めたチームスタッフは、経験の浅い新人や定年間近の者ばかりでチームはバラバラ。さらに、ISROからは予算の追加申請が却下された事・計画の延期が通告されてしまう…。


挿入歌 Dil Mein Mars Hai (火星は心の中にいる)


 2013〜2014年にかけて行われた、インド初の惑星探査計画マーズ・オービター・ミッション(通称MOM)に参加した研究者たちの活躍を描くヒンディー語(*1)映画。
 同じMOMの舞台裏を描いた映画として、2019年に本作より先に公開された英語映画「Space MOMs」もある。

 インドと同日公開で、オーストラリア、カナダ、ドイツ、スペイン、フランス、英国、インドネシア、アイルランド、オランダ、ニュージーランド、ポルトガル、米国でも公開されたよう。
 日本では、2021年に一般公開。

 07年の「Cheeni Kum(糖分控えめ)」や18年の「パッドマン(Pad Man)」などのR・バールキー監督作(*2)で、長年助監督を務めて来たジャガン・シャクティの監督デビュー作となるサクセスストーリー。

 誰もが成功するとは考えていなかったアジア初の火星探査計画を、1度の失敗も経ずに成功させたインドの偉業を描く愛国映画であると共に、不屈の精神でプロジェクトを導いた科学者たちの奮闘のドラマであり、結婚・出産・日々の主婦業を課せられる女性たちの仕事と家庭双方の戦いを描く映画でもある。
 冒頭、住宅地の一軒家にて家族の朝食に奔走する主人公タラの姿に「マダム・イン・ニューヨーク」冒頭シーンっぽい画面作りが見えるようながら、そのタラが家族のわがままやメイドの不在を嘆きつつも瞬間瞬間に対処して朝食を滞りなく進行させる手際の良さを発揮し、その良き母親像そのままに出勤してみれば、そこは科学技術を結集させたロケット打ち上げセンターと言う映像的ギャップが心地よい。保守的なタラの家庭風景とISROの最新鋭(?)の科学世界のギャップとともに、タラが持つ柔軟な思考、現場に合わせて必要な解決策をすぐ用意できるタフさを持つことを合わせて表現する映画的美しさはさすが。

 その後の、火星探査チームの凸凹人選に集まってくるメンバーのマルチスターっぷりもファンには嬉しいかぎり。
 働く女性映画として、基本的には女性キャラばかりに焦点が当たって男性キャラはラケーシュ以外は障壁もしくは頼りにならない存在にしか描かれていないけれど、不屈の科学者ラケーシュの存在の強さもさることながら、宇宙開発業に勤しむ女性たちを見守る存在の配置もニクいバランスが施されてもいる。
 タラにさっさと仕事を辞めて主婦業に専念してほしい夫に対して、常にタラを応援して母親の興味に関心を寄せる息子は「ラフマーンのような音楽家になるために、彼と同じように改宗する」と言い出して父を怒らせ(&母を笑わせ)るし、軽量探査機設計士のヴァルシャー・ピライ(*3)は不妊体質を咎めてくる義母に追い詰められかけていながら、夫は愛妻家で毎日イチャイチャしている新婚カップル。かたや航法・通信技術者クリティカー・アガルワール(*4)は軍人の夫への献身で愛を示そうとする中で、夫から「僕は国のために身を捧げている。君だって同じはずだ」と諭され応援される姿も麗しい。自立システム担当ネーハ・シッディキー(*5)を異教徒と知りつつ子供同然に受け入れる構造設計士アナント・アイヤンガール(*6)の、彼女の旦那への復讐も小気味好い(*7)。
 キャスト的には、名脇役・悪役俳優として80年代からずっと活躍しているダリップ・ターヒルが、嫌味なNASA帰りの科学者ルパート・デーサーイで出演しているのも注目どころですよ!

 そういった、チームメンバーの紹介をじっくり描かれていく丁寧さがその後の探査機開発の苦労で効いてくるシーンとなるわけだけども、その丁寧な紹介シーンに対してその後の描き方がラケーシュとタラの2人に集中しすぎてる感じに見えるのは、120分台にまとめようとした結果でしょうか。あと30分あれば、それぞれの登場人物たちの見せ場がもっと明確になって一連のキャラ紹介シーンがさらに効いてくる気がするんだけどなあ…(*8)。
 推進系エンジニアのエカ・ガンディー(*9)とカメラ・ペイロード技術者パルメーシュワル・ジョーシー(*10)のボケツッコミなんか小粋な感じで微笑ましいけど、その背景説明とか多少唐突な感も拭えずなのが…惜しいよなあ(*11)。

 2007年打ち上げによる中国の月探査機嫦娥1号の成功の記憶が新しい、劇中の時期、やはりインドはそれだけショックだったんだなあ…と思えるシーンも新鮮(*12)。
 にしても、伏線から問題発生〜解決までが早くてスピーディーに話が展開するのはいつものことながら、ところどころ唐突な感が強いのは出来るだけ史実に合わせようとしつつドラマチックにしようとしたせいか、単純に脚本を生かしきれなかったか…。後半に行けば行くほど展開の唐突感が強くなりつつも、しっかり科学的問題をわかりやすく表現し、さまざまな問題にドキドキさせてくる好奇心は持続させっぱなしで話が進行してくれる映像的緊張感もまた、匠の仕事ってやつでしょか。
 MOMの成功によって、国を挙げてインドの宇宙への関心が高まり、映画でも宇宙ものが出てくるようになったようだけども、これからリアルにしろ荒唐無稽にしろ、インド映画界が宇宙というものをどう描いて行くのかという試金石という意味合いも、時の経過とともに付加されていったり…するのかなあどうかなあ。ラスト、計画達成に喜ぶ人々の様子を映す最後に、ヴァルシャーが赤ん坊を抱いて「いつか、あなたの行くところよ」と火星を指すシーンを堂々と入れてくるインドの未来は、まさにいま、輝いている…!?

挿入歌 Shaabaashiyaan (あなたを称賛するために)




「ミッション・マンガル」を一言で斬る!
・真っ黒な宇宙と青い地球の間を飛んで行く火星探査戦マンガルヤーン、美しいのだけど、果たして地球圏の宇宙空間はそんなに綺麗なのかなあ…とか、夢のないこともちょっと気になってまうのよね

2021.10.15.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 +バールキー夫人でもある、ガウリー・シンデーの監督デビュー作「マダム・イン・ニューヨーク(English Vinglish)」も。
*3 演じるのは、南インド映画スターで本作がヒンディー語映画デビューとなる、ニティヤー・メーネーン!
*4 演じるのは、「ピンク(Pink)」などで人気急上昇中のタープスィー・パンヌー。
*5 演じるは「サタン(Shaitaan)」で一躍注目されたキールティ・クルハーリー。
*6 演じるは、80年代から200以上の映画で活躍するベテラン男優H・G・ダッタトレーヤ。
*7 ああやって、正義感から街中で暴行事件に発展するインド人の血気盛んさは…ま、このシーンに限ってはグッジョブw
*8 FOX配給だからね…と、知った風に言ってみる。
*9 演じるは、「ダバング(Dabangg)」で鮮烈デビューして大活躍中のソーナクシー・シンハー!
*10 演じるのは、「きっと、うまくいく(3 Idiots)」で有名なシャルマン・ジョーシー!
*11 エカ役のソーナクシーは、オファーが来た時シャルマンとの初共演と聞いて二の足を踏んだらしいけど…何故に?
*12 まあ、史実では嫦娥1号打ち上げの翌08年に、史上最多衛星打ち上げと月探査機打ち上げに成功してるインドな訳ですが。