インド映画夜話

マイ・ネーム・イズ・ハーン (My Name Is Khan) 2010年 161分
主演 シャー・ルク・カーン & カージョル
監督/原案 カラン・ジョーハル
"私の名前はハーン。…テロリストではない。"







 2007年末。サンフランシスコ空港にて、取調室へ連行される外国人がいた。
 彼の名はリズワーン・ハーン。アスペルガー症候群のために挙動不審で連行された彼は、警備員の質問にこう答える。
「…アメリカ大統領にこう伝えるんだ。こう伝える…こう…"私の名前はハーン。テロリストではありません"」


 リズワーンが生まれたのはインドのムンバイ。
 修理工だった亡き父の影響を受けて育った彼は母親に溺愛されていたが、母が他界すると、疎遠になっていた弟を頼り渡米。弟と結婚した心理学者ハシーナの治療を受けつつ、弟が用意した化粧品セールスの仕事を始める。

 その後、リズワーンは美容院で働くNRI(在外インド人)のマンディラと知り合って親交を深める中、彼女がアメリカでシングルマザーとして息子サミールと共に、ゼロから懸命に這い上がっていった事を理解していく。
 ほどなく2人は結婚し、新しく「マンディラ・ハーン」と言う美容院を作って幸せな人生を勝ち取ろうとしていた。

 そんな最中の、2001年9月11日。
 アメリカを震撼させた9.11テロ以降、全米のムスリムたちと同じく、イスラム名の「ハーン」は攻撃対象となって2人の店は閉店に追い込まれ、家族は再びゼロからの再出発を余儀なくされてしまう。

 さらに2007年11月27日。この日、いじめの標的にされていたサミールは、白昼、何者かに殺害されてしまう!
 半狂乱のマンディラは「あなたと結婚しなければよかった! ハーンなんて名前になったからサミールは殺されたのよ!! アメリカ中に『ハーンはテロリストではない』って言える!? 大統領に伝えられる!? それができるまで顔も見たくない!!」とリズワーンを追い払うのだった…。

 彼女の言葉を、そのまま言葉通りに受けとめるリズワーンは、マンディラとサミールのため、無謀な旅へと出発。
 しかし、徐々に彼の行動にアメリカの人々は注目し始め、彼の問いかけに手を差し伸べ始める…。


挿入歌 We Shall Overcome(Ham Honge Kamyab)



 FOX配給によって世界配信されたインド映画大作。日本ではDVD発売後、2014年にみんぱくワールドシネマにて上映。
 WOWOWで放送された時のタイトルは「マイ・ネーム・イズ・ハーン 心は国境を越えて」。

 「クチホタ」「K3G」のカラン監督作で、久々のシャールク&カージョルのゴールデンコンビ主演と言う事で話題沸騰の上、プロモのために渡米していたシャールク自身が「名前がイスラム的」との事から、本当に空港で一時拘束される事件まであった衝撃作!!(*1)

 かなりハリウッドを意識して作られたインド映画で、ミュージカルの類いは一切なし。テーマソングが流れる程度で、その辺を期待すると大ポカを喰らう。
 インドから見たアメリカ像を描ききってると言う意味では、これまでの対ハリウッドを意識したカラン流映画術の集大成になるか、またはハリウッド娯楽に対抗するあらたなインド映画娯楽作への第一歩になるか…と言う、どちらにしても重要なキーポイントにはなってくる映画…なんじゃないかな(弱気)。

 「ハーン」と言う名字は、チンギス・ハンあたりと同じ北方遊牧民の使っていた首長名「汗(ハン)」「可汗(カハン)」を元として、モンゴル帝国解体後はムガル帝国などの大守の称号として受け継がれて、南〜西アジアのイスラム圏に多い姓名だそうな。
 英語やヒンディー語では「カーン」と言っているけど、アラビア語やウルドゥー語では「ハ」と「カ」の中間音…と言うか、日本語的にはくぐもった「ハ」に聞こえる。

 前半は、リズワーンの半生をたどりつつ、マンディラとサミール母子とのラブロマンスが中心。
 開始早々、空港で取り調べを受けるリズワーンの緊迫した雰囲気で始まるけども、前半だけで言えば不穏な伏線がちらちらする以外はいつものボリウッド・ロマンス。まぁ、大規模なミュージカルシーンは皆無なあたり、おもいきりハリウッドに勝負かけてる感じがひしひしと伝わって来るけども(*2)。

 そして後半。
 一転して、9.11テロ以後にアメリカから排斥されていくイスラム文化を、ムスリム側の視点で描きつつ、リズワーンの無茶な旅をロードムービー形式で撮っていく。
 前半に描かれる「家族愛」「夫婦愛」のような「個人的な愛」は、徐々に「社会的な愛」「哲学的な愛」へと昇華され、その過程で次々と起こる事件に目が離せず、ぐいぐい物語に引き込まれていく展開は見事。

 9.11以降、アメリカ国内のイスラム教徒やシク教徒を標的にした嫌がらせ・暴動・排斥運動は実際に起こった出来事だそうで、それに端を発するイラク戦争やアフガン派兵に対する賛否両論は様々な形で2000年代のアメリカを揺るがしていった(そして現在も…)。本作は、これをムスリム側の視点で描ききっていると言う意味では、これまでにない作品…かも?

 アメリカ在住のムスリムたちを煽動する過激派を「それは神の教えではない」と切って捨てたり、大型ハリケーンやオバマ新大統領(…似てないけど)を物語に取り込んできたりと引き出しの広さに脱帽。ま、その分大風呂敷をたたむ時に多少理屈っぽくなってる部分は、むべなるかな…。
 ラスト近くの急展開は、リズワーンとマンディラの行動のありかた・愛のありかたが、アブラハム的であると同時に実はイサク的でもある…という寓意なのかなぁ…と、しなくてもいい深読み。


挿入歌 Sajda Tera Sajda Karoon(我は貴方を崇拝せり)


受賞歴
2011 Filmfare Awards 監督賞・主演男優賞・主演女優賞
2011 IIFAインド映画国際批評家協会賞 監督賞・主演男優賞・作詞賞(Sajda Tera Sajda Karoon)・BGM賞
2011 Zee Cine Awards 主演男優賞・監督賞・女性プレイバックシンガー賞(Sajda Tera Sajda Karoon)・原案賞・音響賞・マーケット賞
2011 Star Screen Awards 観客選考主演男優賞・音楽監督賞・記念賞
2011 Stardust Award 年間女優スター賞(カージョル)・ドラマ監督賞
2011 Apsara Film & Television Producers Guild Awards 監督賞・主演男優賞(リーダーズ選考)
2011 Golden Kela Awards 最悪作品賞・最悪主演男優賞
Big Star Award 作品賞・音楽賞

2011.4.1.
2014.6.1.修正
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*1 プロモ的な自作自演じゃないか…と陰で言われてたりなんだり。
*2 この辺だけを見たおかんは「ああ『レインマン」のパクリでしょ」と断言しやがった。ムキー。