インド映画夜話

M・S・ドーニー (M.S. Dhoni: The Untold Story)  2016年 190分
主演 スシャント・シン・ラージプート
監督/脚本 ニーラジ・パーンデーイ
"知らぬ者のない男の、知られざる軌跡"




 2011年4月2日。
 ICC(国際クリケット評議会)クリケット・ワールド・カップ決勝となるインド代表VSスリランカ代表戦。苦戦を強いられるインド代表のため、キャプテンである7番M・S・ドーニーがマウンドへと向かう…。

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 そのM・S・ドーニー(本名マヘンドラ・シン・ドーニー。通称マヒ)は、1981年7月7日、ビハール州ラーンチー(現ジャールカンド州都ラーンチー)生まれ。
 通っていた小学校でのサッカーのキーパー練習時の活躍からクリケット部コーチに見出され、特別に備品貸出の上で入部を懇願される。だが、彼は父親から勉強を優先しろと再三言われている身でもある…
「…それで、いつクリケットに興味なんか持った?」
「今日だよ」
「…成績が落ちたら許さんぞ。お前の父さんの仕事はなんだ?」
  「ポンプ技師だ」
「お前は父さんのようにはならないよう勉強するんだ。スポーツも大事だが、成功するためには勉強するしかない。いいな?」
 こうしてその翌日から、放課後2時間のドーニーのクリケット特訓が始まる…。


挿入歌 Parwah Nahin


 人気の高い実在のクリケット選手マヘンドラ・シン・ドーニーのこれまでの人生を描く、ヒンディー語(*1)伝記映画。
 2012年のタミル語(*2)・テルグ語(*3)同時公開作「Dhoni(ドーニ)」とは別物。

 公開ののち、タミル語吹替版、テルグ語吹替版も公開(*4)。
 日本では、2017年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて「M.S.ドーニー ~語られざる物語~」の邦題で上映。2022年にはJAIHOにて「M・S・ドーニー」の邦題で配信され、その邦題でCS放送されている。

 一代スポ根映画として、しっかりその誕生からクリケットの実力のみでのし上がっていく成功物語の基本を押さえた重厚な仕上がり。
 あいかわらず、日本やアメリカのスポ根ものにありがちな「ライバルとの切磋琢磨」「試合内での心理的駆け引き」みたいなものが弱い物語ながら(それなりにはあるけど)、他のインド・スポ根ものよりはアスリート人生の浮き沈み、クリケットというスポーツにおける技術的つっこみや心理描写が深く描かれているのは、国民的スポーツでありルール説明のいらないクリケットが主題だからでしょうか。
 描かれているお話がどこまでリアルなのかは知らないけど(*5)、ある程度のご都合展開はあるにしてもなかなか代表選手に選ばれなかったり、社会人選手団でのくすぶりのリアルさや、選手としての活躍が思い通りにいかなかったりと、「クリケット選手になりたい」と言う希望がさまざまな障害によって実現困難になっていく人生の蹉跌具合は実にリアルかつ共感性の高いエピソード群。そんな状況を克服していこうとする、不屈の精神をこそ映画の主題として描きたかったのかな…と思えるところではある。
 最初に注目されてクリケットに迎えられたボールキャッチの能力はどこ行ったんだとかはとりあえず言っておきたい気になるけど、最初から強打者になれる良い目を持っていた、ということにしておこう…。

 本作の前に「ベイビー(Baby)」、本作の後に「アイヤーリー(Aiyaary)」と言うスパイアクション映画を監督しているニーラジ・パーンデーイの4本目の監督作にして初のスポ根監督作となる本作。強力なバッツマン(*6)としてその才能を開花させていくマヒことM・S・ドーニーの、父親との対立、スポーツ協会との対立と言った人生上での駆け引きや心理的立ち回り方に、監督の作風が生きていると思うのは穿ち過ぎか…?

 大型新人として本作で数々の新人賞を獲得したディーシャ・パターニーとキアーラー・アドヴァーニーも貫禄の演技。ディーシャは前年に「Loafer」で主演&テルグ語映画デビューして、本作がヒンディー語映画デビュー作。本作のメインヒロインとして大活躍ながら、あの展開は事実が元なの…? 気になる…。そして、わりとすぐ立ち直ったかに見えるドーニーもどうなのよ…(*7)
 対するセカンドヒロイン的なキアーラー(生誕名アーリア・アドヴァーニー)は、1992年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)生まれで、シンディー・ヒンドゥー(*8)の会社員の父親と、英印ハーフでクリスチャンの教師の母親の元で育った女優。親戚にモデルのシャヒーン・ジャフリー、男優アショク・クマール、男優サイード・ジャフリーがいる。MV出演を経て、14年のヒンディー語映画「Fugly」で"キアーラー・アドヴァーニー"の名前で映画&主演デビューを果たし、スクリーン・アワード他で新人女優賞ノミネート。本作が2本目の出演作となり、18年には「Bharat Ane Nenu(我はバーラト)」でテルグ語映画主演デビューしてZeeシャイン・アワードのテルグ語映画新人女優・オブ・ジ・イヤー賞を獲得(*9)。以降、主にヒンディー語映画界で活躍中。

 キャスト陣で注目なのは、父親パーン・シン・ドーニー役のアヌパム・ケールと姉ジャヤンティ役のブーミカー・チャウラーの堅実な家族劇演技でしょうか。マヒが生まれた時の若い父親〜最後のW杯を静かに応援する年老いた父親までをきっちり演じ分ける演技力もすごいし、自分の轍を踏んでほしくないと願うきびしき父親、自分の事を差し置いて才能ある弟の面倒を見てくれるやさしき姉の中に渦巻くさまざまな思いをきっちり表現しつつ、その存在感を存分にアピールする役者魂の見事さったらもう。
 ジャヤンティとマヒの子供時代を演じているスウィーニー・カーラーとズィーシャーンも今後を大いに期待させてくれまする!(*10)  その他、端役出演で実際のクリケット関係者が出演していると言うのも遊び心満載で楽しい(*11)。

 家族ドラマとしても完成度の高い映画ながら、終盤の泣かせどころはなんと言ってもドーニーに関わってくれた数々の友人知人たちの姿。
 地元の友人、歴代コーチやチームメイト、ドーニーを見守ってきた近所の人々が、大一番でのドーニーの活躍を固唾を飲んで見守り一喜一憂する姿に、人と人の関わりが濃いいインドにおける人情への信頼感も見えてくるような美しさ。同時に、協会の腐敗や機能してなさ具合も示されるのが人口爆発のインドの現状ではあろうけども。何事も「才能」と「運」のみならず、人々の縁による「支え」がいるんだなあ…と感心してしまいますよ(*12)。

挿入歌 Padhoge Likhoge


受賞歴
2016 Screen Awards 批評家選出男優賞(スシャント・シン・ラージプート)・女優デビュー賞(ディーシャ・パターニー)・女性プレイバックシンガー賞(パラク・ムッチャル / Kaun Tujhe)
2016 Stardust Awards 女優デビュー賞(ディーシャ・パターニー)
2016 BIG Star Entertainment Awards 人気女優デビュー賞(ディーシャ・パターニー)
2017 BIG ZEE Entertainment Awards 劇映画人気男優賞(スシャント・シン・ラージプート)・人気男優賞(スシャント・シン・ラージプート)
2017 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 助演男優賞(アヌパム・ケール)・スター女優デビュー・オブ・ジ・イヤー賞(ディーシャ・パターニー)
2017 豪 Indian Film Festival of Melbourne 主演男優賞(スシャント・シン・ラージプート)
2017 News18 Movie Awards 女性プレイバックシンガー賞(パラク・ムッチャル / Kaun Tujhe)
2017 HELLO! Hall of Fame Awards フレッシュ・フェイス・オブ・ジ・イヤー賞(ディーシャ・パターニー)


「M・S・ドーニー」を一言で斬る!
・最初の誕生シーンでの、赤ん坊の取り違えが起きそうな慌ただしさってのは、やっぱ人口爆発のインドにおける産婦人科の鬼のような多忙さ故ですかねえ…(と思いたい)。

2022.9.16.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 マラーティー語吹替版も製作されていたものの、マハラーシュトラ州での公開反対運動の影響と、公開初日までに吹替作業が完成しなかったことによってお蔵入りになったそう。
*5 ドーニー自身や関係者は、公開当日まで物語を知らなったと言ってるようで、その上で映画見て絶賛してたそうだけど。
*6 クリケットにおけるバッター。
*7 サクサク話を進めるために、そう見えるだけではあるだろうけど。
*8 現パキスタン南部シンド地方から派生した、シンド語を母語とするヒンドゥー教徒。
*9 同年には、アジアヴィジョン・アワードのスター登場・オブ・ジ・イヤー賞も獲得している。
*10 ズィーシャーンは、今のところ映画出演は本作のみっぽいんだけど。
*11 クリケットに詳しくない身では、よく分かんないけど。
*12 もちろん、最初に「才能」がないとどうにもなんないんだけど。