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マーヴィーラン 伝説の勇者 (Maaveeran) 2023年 166分
主演 シヴァカールティケーヤン & アディティ・シャンカル
監督/脚本/台詞 マドーン・アシュヴィン
"目覚めよ、伝説となれー"
タミル地方のスラム街に暮らす臆病な男サティヤは、ディナ・ティー(=デイリー・ファイヤー)新聞に「マーヴィーラン」と言う漫画を連載する漫画家ながら、自分の名前を作者名に使わせてもらえないゴーストライター。実生活でも弱気のまま、州政府命令でスラム街の強制立退きが執行されると、抵抗する母親を説得して「あとが怖い」と権力には逆らわないようにして暮らしている。
地元議員パグティ指揮のもと、スラム街の人々が強制移住させられた高層マンションは、何から何まで欠陥物件。怒り心頭の住民は請負業者に訴えるも、修理業者の北インド人(と詐称させられた)クマール1人を派遣すればそれで良いと、パグティたちは知らぬ顔を通す。
漫画掲載新聞の副編集長ニラーと知り合ったサティヤは、ニラーの協力で正式に自分の名前での漫画連載が可能になっていたが「新機軸が欲しい」と言うニラーの要望から、自分たちの窮状をそのまま漫画に託して社会改革を訴える英雄の活躍に着手する。しかし、相変わらず現実ではパグティ傘下の業者たちの横暴を見て見ぬ振りで通し、母親たちや窮状を見かねたニラーの抗議の声すら邪険にするサティヤだった。
ついに、政府圧力による漫画打切りを承諾したサティヤに愛想を尽かしたニラーは彼を会社から追い出すのだが、同じ頃、サティヤの妹ラージの入浴中に請負業者ダンラージが侵入し、妹と母親を辱しめる…!
「この建物は、建てた人間まで腐ってる。息子も死んでしまえばいい」とまで母親に言われたサティヤは、自分の臆病さに絶望して自殺を図るのだが、足を踏み外して屋上から落下し気絶する中、突如"勇者は勝つ!"と言う天の声を聞く……!!
そしてこれは、勇者になった臆病者の物語ー
挿入歌 Scene Ah Scene Ah (なんという光景)
原題は、タミル語(*1)で「偉大なる勇者」の意。劇中で主人公が描く漫画のヒーローに名乗らせている用語。
2021年の「マンデラ(Mandela)」で長編映画監督デビューした、マドーン・アシュヴィン2本目の監督作。副題「Veerame Jeyam(勇者は勝つ)」とともにタイトル表記されることもあるよう。
日本では、2025年に一般公開。
しがない漫画家に突然神の力が宿って無双するヒーロー映画……なんだろうと予告編見て思ってたら、話はもっと皮肉的なコメディで、映画開始から47分間は主人公の紹介とその舞台設定、主人公を取り巻く貧困層の搾取具合を丁寧に描き出していって、天の声が「勇者は勝つ」と宣言してからも、余計なことばっか言ってきて主人公をトラブルに巻き込み続け、主人公の天の声へのツッコミがテンポ良くなって物語を牽引し始めると、メタ的な笑いを含んだ「ヒーローを強制されて行く庶民ヒーロー」のドタバタ具合が微笑ましいアイロニーを作り出す。一癖も二癖もある「完全無欠なヒーロー」へと成長する「ダメダメな庶民青年」の成長劇な映画でありました。
新聞紙面の1/4くらいのスペースに毎日連載してる漫画が、映画冒頭にアニメーションで表現されている場面を描くのに何日かかるのかわからないけれど、シリアスなアクション主体な新聞漫画が60年も連載可能なのかどうかは、気になるところ(*2)。
ま、お話はその漫画そのものには注目せず、その漫画の現在の作者である主人公サティヤ(*3)の自信のなさに付け込んだ、新聞編集者や強制移住を推進する政府関係者たちの横暴をそのまま受け入れ続ける「物言わぬ市民」がもたらす惨状と、漫画の中で描かれるセリフだけを啓示として主人公にもたらす謎の天の声の存在によって皆が待ち望む救世主的なヒーローに強制的にさせられて行くサティヤのギャップを楽しむ物語を推し進めて行く。
その気になれば、持たざる者である庶民も社会を変革するヒーローになれる、って物語だけでいえば直球にインディアン・ドリームを体現させるヒーロー映画だけど、タミル語映画らしさ大爆発な社会風刺と啖呵上等な強いおかん、絶対正義なはずの天の声を「迷惑だ」と袖にしようとする主人公と言い、勧善懲悪なヒーロー物語構造にあって人間関係上では勧善懲悪を信じない(機能しない?)スレっからしな庶民根性が強固に貫かれている話芸コメディになってるのが、なんとも乾いた笑いを引き出してくれる。
かつて、アメコミヒーロー風マサーラー映画「Mugamoodi(マスクマン)」を監督したミィスキンが、一癖あるヒーロー映画の悪役ジャヤコディを演じて、感情のままに他人を自分の思い通りに動かそうとして失敗して行く姿自体が、なんか監督と役者の関係を表しているようなメタ的な視点も含んでいる笑いに昇華されて行くようでもある(いらん深読み)。それなりに大ヒットした2012年の「Mugamoodi」に対して、2016年のヒンディー語でのアメコミ風ヒーロー映画「フライング・ジャット(A Flying Jatt)」があまりウケなかったってのは、比較すると南北インドで求められる娯楽のあり方とかヒーロー像の違いとか興味深い対立構造が議論できそうだけども、本作で絶対的な力を啓示された主人公がそれでもヒーローとして立ち上がれない姿を執拗に描き出すとか、その力の元はなんなのかを想像するだけで探り出さないとか、漫画の中ではそんなヒーローを求めても現実にそんなヒーローを求めたがらない(*4)本作のヒーロー映画構造が、インド全般に当てはまるアイロニーなのか、タミル語映画だからできた映画構造なのかは、色々探って行きたくはある要素でもある(*5)。そういや、2014年のヒンディー語映画「ヒーローはつらいよ(Main Tera Hero)」では、サルマン・カーン演じる神の声にムチャな注文つけてくる主人公に、神の声から「そんなん知らんわ」ってツッコミもさせてましたなあ…。
ま、思い通りにならないと脅しすかして強がるジャヤコディに対して、一喝して「好きにできると思うな!」と彼を黙らせるスニール演じるパラムの、偉い人を補佐する人間の苦労を悪役側で描いて行く姿も微笑ましくて、映画全体の脱力系な語り口を補強する感じでナイス。無責任な声に振り回されて嫌になってるのは、権力側も庶民もおんなじなんですねえ…。
挿入歌 Vannarapettayila (下町ヴァンナラペッタイで [コウモリが恋した])
受賞歴
2024 SIIMA(South Indian International Movie Awards) タミル語映画助演女優賞(サリタ)・タミル語映画コメディ演技賞(ヨギ・バーブ / 【Jailer】と共に)・タミル語映画批評家選出男優賞(シヴァカールティケーヤン)
「マーヴィーラン」を一言で斬る!
・漫画のセリフ内もペン入れしてたけど、新聞用の写植が使えないからってこと?(日本の新聞漫画も、そんなんだったっけ?)
2026.3.6.
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