インド映画夜話

Madharasapattinam 2010年 165分
主演 アーリヤ & エイミー・ジャクソン
監督/脚本 (A・L・)ヴィジャイ
"これは、チェンナイからマドラスへの旅路"




 ロンドンに住むエイミー・ウィルキンソンは、夫の葬式の日に脳卒中で倒れ、成功率半々の手術を受けねば余命わずかである事を知らされる。
 彼女は手術当日までの時間に、その身体をおして若き日に暮らしていたマドラスの街…現在の南インドはタミル・ナードゥ州都チェンナイへ行きたいと主張し、家族中の反対の中、見かねた孫娘キャサリンとともに出発していく。大きく様変わりした街を眺めながら記憶の中の遠い情景と重ねつつ、彼女にとって大切なある人物を捜し出そうとしていた…。

 かつて…1945年6月18日。
 英領インド帝国マドラス管区知事の娘だった若きエイミーは、ロンドンから父親と継母のいるマドラスへとやって来て、マドラスの社交界にデビューするとともに異国インドの情景を楽しんでいく。そんな中、案内役の警視総監ロバート・エリスと諍いを起こしたドービ(洗濯業者)の青年パリティと出会った彼女は…

挿入歌 Pookal Pookum (花咲くその時を [誰が見るだろう。暁がさすその時を、誰か楽しく過ごしているだろうか])

*お互いに、密かに相手の言葉(英語とタミル語)を学んで初めて会話が成立したその時に始まる2人の恋を歌うソングシーン。
 頑なに英国渡来の近代機器の使うことを拒否していたパリティが、その態度を軟化した時に見る世界の変わりようとは…!!

 1945〜1947年の植民地時代末期のマドラス(現チェンナイ)を舞台にした、タミル語(*1)映画。本作は、イギリス人モデル エイミー・ジャクソンの映画デビュー作&初主演となる映画でもある。
 後に、テルグ語(*2)吹替版「1947: A Love Story」も公開。

 これはまさに傑作!
 インド関係なく、映画好きなら避けては通れない必見映画ですわ!!(*3)
 詩情豊かな映像と語り口はイギリス文芸映画を彷彿とさせ、なおその映像文法の組み立て方や劇中登場人物の所作が生み出す物語構成は確実にタミル映画の蓄積とその伝統を継承して作られてている力強さ。舞台構成は、国内外さまざまな傑作映画を踏襲したかのような画面を見せつつ、それが醸し出すノスタルジーそのものが、インド独立直前のマドラスの街の美しさ、懐かしさ、儚さを体感的に表現していくよう。
 そこに描かれる、英国人女性とタミル人男性の"出会いの物語"が、現代と40年代を並行しながら描かれる事で、時にはイギリスとインドの出会いを、時には過去と現代の出会いを、マドラスとチェンナイと言う2つの街の出会いを、植民地からの独立と言う新時代との出会いなどなど…のあらゆる"出会い"とシンクロしながら描かれていく。街の変化を通して、相互の時代を生きた人々の暮らしぶりの変化と共通点が現され、チェンナイの人々の生命力、たくましさ、時代に翻弄されていく人の人生の儚さの、なんと美しく清々しいこと!!
 歴史的事実を追体験するのではなく、街の記憶と言ったものをイギリス人女性の回想と言う形で見せていく軽やかな語り口は、ホントスンバらしくて見終わると圧倒されてしばらく動けなくなりますよ。

 主人公エイミーを演じて映画デビューとなり、本作以後タミル語映画界のスターとして活躍していくエイミー・ジャクソンは、映画公開時若干19才!!
 09年度ミス・ティーン・ワールドに選ばれてモデル業で活躍してる中で本作オーディションに招待され、タミル語台詞の修得にはそうとう苦労したと言う裏話を微塵も感じさせない堂々とした演技力。まさに、エイミー・ジャクソンのお披露目としても申し分ないほどの活躍を見せつけ、その美貌をいかんなく発揮している。その初登場シーンの美しさ、麗しさは必見!

 そのエイミーのお相手役となるパリティ役を演じるのは、1980年ケーララ州スリカリプール生まれのアーリヤ(本名ジャムシャード・セティラカート)。弟にやはり男優のサティヤがいる。
 タミル・ナードゥ州チェンナイのクレッセント工大を卒業し、スウェーデンのベッテルン湖一周自転車ロードレースでメダル獲得したこともあるとか。ソフトウェアエンジニア助手として働きつつモデル業もはじめた所、近所に住んでいた映画監督のジーヴァの目にとまって彼の監督作「Ullam Ketkumae(心からもっと)」のオーディションに参加したことで映画界入り。
 そのジーヴァから芸名"アーリヤ"をもらうも、映画公開が遅れて、それよりあとに撮影された05年公開のタミル語映画「Arinthum Ariyamalum(知ってか知らずか)」で映画&主演デビュー。フィルムフェア・サウス新人男優賞を獲得する(*4)。
 その後もタミル語映画界で活躍するスターに成長していき、09年には自社プロダクション"The Show People"を立ち上げ、本作と同年の10年には「Varudu」でテルグ語映画にデビューした他、自社プロ制作のタミル語映画「Boss Engira Bhaskaran("ボス"のバスカラン)」で主演とともに配給を担当。翌11年には「秘剣ウルミ(Urumi)」でマラヤーラム語映画にもデビューし、14年には「Amara Kaaviyam(永遠の叙事詩)」と「Jeeva(ジーヴァ)」でプロデューサーデビューして、その後も俳優兼プロデューサーとしてタミル語映画界、マラヤーラム語映画界で活躍中。

 タイトルは、「マドラスの街」の意味になるそうだけど、マドラスの元となる東インド会社が南インドで最初に土地購入した村の名前「マドラスパトナム」の意味もある…か?
 この村を拠点に、英仏の領土争いを経て大英帝国によってマドラス管区が設置され、その首府となったマドラスも拡大発展することになる(*5)。
 そもそもマドラスと言う名前が固定化される以前から、歴史的にはチェンナイと呼ばれていて、他にムンディラー、ムンディラジとも記録されているとか(*6)。インド独立後もしばらくはマドラスとマドラス州の名前は継承されていたものの、96年に英語名の名前を廃してタミル伝統の名前に改めるとして「チェンナイ」の名前が復活して現在に至っている。

 OPの、インドの地図に英語で地名のように表記されるスタッフクレジットも「なるほど、ウマい!」って感じだし、植民地時代のマドラスと言う印英の複雑な思惑が渦巻く時代と場所をインド側視点で描く映画の意味を「読み解いておくれ!」と語りかけるような映像の積み重ね方、伏線の効果的な使い方は、全てにおいてスキなし。これだから映画って止められませんことよぉぉぉぉぉ!!

挿入歌 Meghame O Meghame (雲よ雲よ [まだ雨を降らせないで。黄昏の頃また呼び出そう])

*女神、おぉ女神♪
 ドービ(洗濯業のコミュニティ)の村人が、迫り来る雨雲を前に「仕事を終えるまでは雨を降らさないで」と騒ぎながら仕事を片付けるの図。
 その途中、飛行機のエンジン音に怯え「空飛ぶ機械は時に爆弾を降らせる」と表現する村人の迷信、その後に降り出した雨に狂喜するインド人たちの様子等に見える「ラガーン(Lagaan)」や「遠い雷鳴(Ashani Sanket)」と共通するような視点も見所。その直後、ドービたちの喜びを吹き飛ばすような不穏な動きにつながるのも効果的。

受賞歴
2010 Vijay Awards 衣裳デザイン賞(ディーパリー・ノール)・美術監督賞(セルヴァ・クマール)
2010 Edison Awards 愛国映画賞・音楽監督賞(G・V・プラカーシュ・クマール)
Mirchi Music Awards 歌曲・オブ・ジ・イヤー賞(Pookal Pookum)


「Madharasapattinam」を一言で斬る!
・エイミー・ジャクソンのオールさばきは…さすがに慣れてない感満載ですな(そう言う演技だけど)…しかし、その腕で殴られればやっぱり痛そ。

2017.8.25.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 文芸風映画大好き人間の主張w
*4 同年に「Ullam Ketkumae」も公開され、こちらでも主役級を演じている。
*5 しかし、マドラスと言う名前の由来には諸説あり、村の名前がその以前から存在していたかどうかは不明だそう。
*6 チェンナイと言う名前は、16世紀にゴールコンダ王国の攻撃から街を守って戦死したヴィジャヤナガル王ダーマルラ・チェンナッパ・ナーヤカを悼んで「チェンナッパ」と命名されたものが元と言う。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?