インド映画夜話

Madhumati 1958年 163分(166分、110分とも)
主演 ディリップ・クマール & ヴィジャヤンティマーラー
監督/製作 ビマル・ローイ
"ああ、私の愛する旅人よ。夜の闇がやって来ます…またやって来ます…"




 ある嵐の晩。
 エンジニアのデヴェンドラ(通称デーヴェン)は、友人と一緒に妻子を迎えに山中の駅に急行する中、落石で道を塞がれてしまった。運転手が近隣の村まで人手を呼びに行く間、2人は仕方なく近くにある廃墟同然の屋敷へと避難する事に。
 老人1人が管理するその屋敷は、初めてきたはずなのに不思議とデヴェンドラには見覚えのあるものばかり。突如落ちてきたかつての屋敷の当主の肖像画は、デヴェンドラによりハッキリとしたある記憶を覚醒させる…

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 かつて…資産家の息子ウグラ・ナラインの材木会社のマネージャーとして、花咲き乱れる美しいシャームガリィ私有森にやってきた男、アーナンドは、言葉の通じない村人や信用ならない使用人に囲まれつつ、時々山々に響く美しい歌声に惹かれていく。
 不透明な会計書類や代替わりした浪費家息子の社長の来訪などをよそに、アーナンドは歌声に誘われて入山禁止域に入っていくと、彼は河原で舞い踊る美しい女性の姿を目撃するのだった…。


挿入歌 Aaja Re Pardesi (いらっしゃい、旅人よ)


 タイトルは劇中のヒロインの名前だけども、その語義は「蜜(のような愛らしさ)で満たされた者」の意だとか。

 1958年度最高売上を記録したヒンディー語(*1)+ウルドゥー語(*2)映画で、輪廻転生をあつかった最初期のインド映画の1つだとか。
 後世、多くのロマンス映画(*3)への影響が指摘されている伝説的傑作である(*4)。

 ベンガル語映画界の名匠リトウィク・ガタクが原案&脚本を担当していて、のちに米国のアカデミー外国映画賞によるインド選定作品に選定(結局、ノミネートには至らず)。
 2011年の同名バングラデシュ映画、2013年の同名テルグ語(*5)+タミル語(*6)映画とは別物、のはず。

 雲霞たなびく高山地域を舞台に、悲恋となった恋物語とその復讐譚を前世の記憶として思い出してしまった主人公が語っていくゴシックサスペンスな一本。
 転生物語と言っても、お話の主軸は全部前世の話で、転生後の様子は序盤の導入部分と最後のオチのみ。「恋する輪廻」にオマージュされた復讐譚も前世の出来事ではあるものの、前世・現世どちらも時代的には現代を舞台にしたお話になっている。

 本作に先立つ「Mahal(大邸宅にて / 1949年版)」に似た感じの廃墟と化したお屋敷から醸し出される前世の記憶(*7)と言う導入はまさにゴシックホラーのそれ。
 とは言え、本編となる前世物語は基本都会人と山岳民ヒロインとの素朴なラブロマンスで占められていて、非業の死を遂げたヒロインの幽霊のような声や姿がちらほら見え始める復讐譚にホラー…というか幻想的なスリラー要素が出てくるくらいで、そうなっていても恋人2人の切ないお互いを求める想いの強さがこれでもかと描かれる恋愛要素の方が強い。
 ま、「Mahal」が転生物語と思わせておいて現世で自身の思いに翻弄されながら生きる人の悲しさを描いた映画であったのに対して、本作はきっちり悲劇の中でなお愛情が生き続け次世代へ輪廻していく正真正銘の輪廻転生物語になってる点は両者の大きな違いか。

 なにはなくとも、舞台となる山岳地域の人々の素朴かつ油断ならない山岳民たちの衣食住、その山野の牧歌的な風景の美しさこそがこの映画を彩る最大の魅力。
 避暑地として有名なウッタル・プラデーシュ州(*8)ラニケトやナイニータールでの屋外ロケを敢行したと言う山々の開放感が漂ってくるようでもあり、異国情緒を醸し出すヒロインを始めとする山岳民の独特の民族衣裳も美しか。もっとも、その美しい屋外ロケの多くのシーンは、スタジオに帰って来てから露光などの失敗が判明して使えなかったため、マハラーシュトラ州イグトプーラ県(*9)ヴァイタルナ・ダムやムンバイ近郊のアーレィ・ミルク・コロニー(別名アーレィ森林公園)でセットを組んで再撮影されたものだそうだけど。
 幻想的な山々の風景を背景にして、避暑がてらロケに出かけた撮影隊の楽しさを画面内に感じてもいいかもなんだけど、白黒画面の中にあって計算されたような影のグラデーションや白黒対比の様子にも、当時の撮影機材による色んな苦労があった上なんだねえ…と感慨にふけってしまいそう(*10)。

 本作の1つ前のビマル・ローイ監督作「Devdas(デーヴダース / 1955年ヒンディー語版)」に主演していたディリップ・クマールとヴィジャヤンティマーラーを再度主演に迎えての幻想譚は堂々としたもの。
 前半〜中盤にかけてののどかな恋愛模様も爽やかに、ヴィジャヤンティマーラーの美女具合も恐ろしいほど。脇を固めるコメディ担当のチャランダス役のジョニー・ウォルカーや、悪役ウグラ・ナライン役のプラン(*11)もきっちりと画面で存在感を発揮し、小道具の使い方、主人公の絵画趣味も効果的な伏線となって後半の復讐譚と悲恋劇をいやが応にも盛り上げる。
 一気に緊迫した空気を彩る復讐の佳境に来て、嵐の闇夜の屋敷入口に現れるヴィジャヤンティマーラーの凄味ったらトンデモねえですよ。行方不明になったヒロインそっくりの第2ヒロインを使った自白の強要を狙った計画の中で、凄まじい表情で現れるヒロインが次々と悪役をやり込めるテンポの良さと迫力、そこに重なる真のヒロイン マドゥマティしか知らないはずの情報に気づいた主人公の苦悩、その2段も3段も用意されたどんでん返しったら、そりゃあ後世の映画人も真似したくなりますわねってインパクトですよ。全てが滅んでいった後の、現世に戻ってから語られる後日談も小気味よく粋でスバラシか。白黒時代の麗しい映画体験には必須の1本ですねん。

挿入歌 Zulmi Sang Ankh Ladi Re (私を悩ませる目を持つ人に出会ったの)


受賞歴
1958 National Film Awards 注目ヒンディー語映画賞
1959 Filmfare Awards 作品賞・監督賞・助演男優賞(ジョニー・ウォルカー)・音楽監督賞(サリル・チョウドリー)・女性プレイバックシンガー賞(ラータ・マンゲシュカール / Aaja Re Pardesi)・台詞賞(ラジンデル・シン・ベディ)・美術監督賞(スデンドゥ・ローイ)・撮影賞(ディリップ・グプタ)・編集賞(リシケーシュ・ムケルジー)

2018 Mirchi Music Awards 黄金紀アルバム・オブ・ジ・イヤー特別賞


「Madhumati」を一言で斬る!
・この時代も、ブラックな社長の御曹司は、無茶な残業を社員にふって残業させるのに躊躇がないのね!(ヒロインを手に入れようとする計略だけども)

2022.5.6.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 ジャンムー・カシミール連邦直轄領の公用語。主にイスラーム教徒の間で使用される言語。パキスタンの共通語でもある。
*3 1975年のハリウッド映画「The Reincarnation of Peter Proud(ピーター・プラウドの転生)」や1980年のヒンディー語映画「Karz(借り)」、2007年のヒンディー語映画「恋する輪廻(Om Shanti Om)」などなど。
*4 実際、「恋する輪廻」は、本作監督ビマル・ローイの記念館館長を務める彼の娘リンキー・バッタチャルヤーによって盗作だと告訴されかけていたんだとか…。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*7 そのきっかけとなるのが、屋敷のかつての持主の肖像画と言うのも…ある程度は…共通。
*8 現在は、そこから分割されたウッタラーカンド州内。
*9 現イガットプリ県。
*10 その他、スタジオから遠く離れたウッタル・プラデーシュ州へのケータリング費用なんかでも色々苦労していたらしい…。
*11 ヴィジャヤンティマーラーは、彼の出演作と聞いてオファーを快諾したとかなんとか。