インド映画夜話

Manichitrathazhu 1993年 169分
主演 モーハンラール & ショバーナー
監督 ファーズィル
"ドアを開けよ。我が名はナーガヴァッリ。お前を殺し、その血を飲み干すために戻って来た!!"





 その日、新婚夫婦が越してくると言う事で、新郎ナクランの叔父タンピィは、夫婦の家となる先祖代々受け継がれて来たマーダンパッリ屋敷の様子を見にやって来た。
 幽霊が出ると言う噂の屋敷に恐れおののくタンピィだったが、やって来た新婚夫婦ナクランとガンガーは意に介さず、すぐに屋敷で生活し始める。

 次の日、ガンガーは義従妹アッリー(タンピィの娘)と共に屋敷上階で護符と共に施錠された部屋を見つけるが、一族は「死にたくなければその部屋には近づくな」と念を押してくる…。
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 伝説によれば…150年前、タンジャヴル(現タミル・ナードゥ州の聖地)から踊り子ナーガヴァッリが当主サンカラン・タンビーの妻として屋敷に迎えられたが、彼女はラーマナータンと言う別の男と恋仲であった。これを知った当主は激怒して彼女を殺してしまうが、ドゥルガーシュタミ(女神ドゥルガー祈祷祭)の夜にナーガヴァッリの魂が復讐のため戻って来る。当主は、身を守るため呪術師に頼んで部屋ごと封印するも、後日、自ら服毒自殺してしまった…以来、今でもその部屋にはナーガヴァッリの魂が取り憑いていると言われる…。
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 この話を聞いたガンガーは、好奇心からその部屋を開放して中の調度品や装飾品、踊り子や当主の肖像画を見つけるものの、義従妹シュリーデヴィー(叔父ウンニタンの娘)に目撃され、一族は部屋を封印し直すため屋敷に泊まり込み祈祷儀式を執り行う事に。その夜、部屋を清めようとやって来た男たちの前に、奇妙な女の声が響く…
『歌を、歌いませんか?』
「!! …誰だ!?」
『私は私。ナーガヴァッリ…』


挿入歌 Oru Murai Vandhu (もう一度来て、私の姿を見て)

*超ネタバレ注意。本編より先に見て、いい事なんかなんもないヨ!!


 タイトルはマラヤーラム語(*1)で「装飾錠前」。
 本作は、19世紀のトラヴァンコール(*2)で実際に起こったアルモッティル家の悲劇をネタ元にした話だそうな。

 93年度最高ヒットを叩き出したマラヤーラム語映画であり、全インド映画の中でも最高傑作スリラー映画との呼び声高い作品でもある(*3)。
 その人気から、数々のリメイク作が作られている。04年にカンナダ語(*4)リメイク作「Apthamitra(閉ざされた友人)」、05年にはラジニカーント主演のタミル語(*5)リメイク作「ラジニカーント☆チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター(Chandramukhi)」と、ベンガル語(*6)リメイク作「Rajmohol」、07年にヒンディー語(*7)リメイク作「Bhool Bhulaiyaa(迷宮)」も公開。さらに、本作の主人公を扱ったスピンオフ・マラヤーラム語映画「Geethanjali(ギータンジャリ)」が2013年に公開されている。
 長らく史上最高のマラヤーラム語映画と謳われて来た本作は、2013年IBN Live企画の「インド映画100周年傑作映画ベスト100」人気投票にて、見事第2位の人気を獲得してその人気ぶりを実証している(*8)。

 ほぼ全編でマーダンパッリ屋敷が舞台となる、いわゆる幽霊屋敷ものゴシックホラーなお話しながら、映画開始1時間過ぎから登場する真の主人公"アメリカ帰りの心理学者"サニー・ジョセフを探偵役にして、事件の真相を暴き出すサイコサスペンスへと変化して行く物語は見事。
 最初のタンピィの恐怖体験(*9)をつかみとして、その後しばらくは牧歌的なケーララの田舎に住む一族の日常描写が淡々と(のろのろと?)進んでいく。そんな平和な日常が、ガンガーの好奇心から解放される開かずの間によって、徐々に不可思議な現象による疑心暗鬼に襲われる家庭不和の非日常へと変化して行く様は「ジェイン・エア」とか「嵐が丘」の雰囲気。
 満を持して登場するサニー・ジョセフの飄々ぶり(*10)に、「ケーララ人の考える米国帰りってこんななのか…」と感心してると、お話は一癖も二癖もある妖しさプンプンの周辺登場人物に翻弄されながら、かつての伝説の再現、幽霊ナーガヴァッリの正体を理論的に解き明かすラストも強烈。
 ラスト近くの種明かしまで、回想シーンとか妄想シーンとかがほぼ排除されるドキュメンタリー的な淡々とした映像が、ある事実が暴露される事で変幻自在な映像表現へと突入する計算された演出術も見事。そしてなんと言っても、その演出法に応じられるほどの卓越した演技力を見せつける役者陣の、なんと素晴らしい事か。前半だけで「なんかタルい映画だなあ」とか思ってしまった自分をしばきたい限りですよサニー先生!

 舞台となる幽霊屋敷のロケは、タミル・ナードゥ州カンニヤークマーリー県パドマナーバプラム地区の観光名所、パドマナーバプラム旧王宮で行なわれたそうな。
 この場所は、トラヴァンコール王国成立以前の1601年前後に宮殿が建設され、1750年前後にトラヴァンコール王国初代王となったマールタンダ・ヴァルマーの指揮でほぼ今の形に再建。ヴィシュヌ神の化身である蓮神パドマナーバに捧げられた事から、"パドマナーバプラム"と名付けられたと言う。以降、1795年の英国による藩王国化のための首都移転まで王宮として使用され、マラヤーラム語による王宮文化の隆盛を極めたと言う。
 その建築様式も伝統的なケーララ式で作られており、現在タミル・ナードゥ州内にありながら、王宮敷地は全てケーララ州政府の管轄下にあるそうな。
 つまり、本作はケーララ州政府の強いバックアップを取り付けて製作された…って事なのかどうなのか。あんな広大なお邸を、自分の家にしようとやって来たナクランとガンガー夫婦ってどんだけお金持ちなのー!!!!!

 監督を務めた(A・M・)ファーズィルは、主にマラヤーラム語映画界で活躍する映画監督兼プロデューサー兼脚本家。
 1953年ケーララ州アラップーザ生まれで、親から医者になるよう望まれながら学生時代に演劇にのめり込み、友人たちと映画スターの物真似コントグループを結成する。77年のマラヤーラム語映画「Acharam Ammini Osaram Omana」で助監督として映画界入り。続く80年には「Theekkadal」で助監督兼脚本を担当。同年の大ヒット作「Manjil Virinja Pookkal(霧に咲く花)」で監督デビューして一躍人気監督となる。その後もヒット作を作り続け、ケーララ州映画賞の最多受賞監督になっているとか。
 85年には「Poove Poochooda Vaa」でタミル語映画監督デビューし(*11)、88年「Kakkothi Kaavile Appoppan Thaadikal」で初プロデューサー就任(&脚本も担当)。91年には「Killer」でテルグ語映画にも監督デビューしている。

 本作では、ファーズィル監督の下で第2班監督として、映画監督プリヤダルシャン、脚本家ユニットのシディッキー=ラール、映画監督シビ・マライルも参加。
 物語の探偵役となる心理学者サニー・ジョセフには、マラヤーラム語映画界の巨匠モーハンラール。本作公開年の93年には、他に7本の映画に出演している。
 現実主義な新郎ナクランには、ケーララのナーイル家系生まれの俳優兼歌手スレーシュ・ゴーピ(*12)。本作と同年には他に12本もの映画に出演(!!)。
 カルカッタの大学からやって来たケーララ人新婦ガンガー役には、バラタナティヤム(*13)ダンサー兼ムリダンガム(*14)奏者で映画女優の、ショバーナー(・チャンドラクマール・ピライ)。本作でナショナル・フィルム・アワード主演女優賞を獲得。現在まで映画界と舞踊界双方で大活躍し、2006年にその古典舞踊での活躍によって国からパドマ・シュリー賞(*15)を授与されている。

 その他、主要登場人物は以下の通り。()内は演じた役者名。
タンピィ(ネドゥムディ・ヴェーヌー) ナクランの叔父で最初に幽霊を目撃する。
ヴァシューダー(クッティダーシー・ヴィラシニ) タンピィの妻でナクランの母方の叔母。ガンガーに屋敷の伝説を語る。
アッリー(ルドラー) タンピィとヴァシューダーの娘で、ガンガーと共にナーガヴァッリの部屋を発見する大学生。
マハデーヴァン(スリダール) アッリーの婚約者で、かつてのラーマナータン家の現在の住人。作家兼大学の文学講師。
バシュラー(K・P・A・C・ラリタ) ナクランの母方の伯母。
ウンニタン(インノセント・ヴァリード・ゼッケターラー) バシュラーの夫。一族の指導者的立場にいる。
チャントゥ(スデーシュ) ウンニタンとバシュラーの息子。屋敷の部屋を間借りしていて、幽霊のものと思われる足輪飾りを拾う。文学士。
シュリーデヴィー(ヴィナーヤー・プラサード) チャントゥの姉(妹?)で同じく屋敷の部屋を間借りしている。かつて"不幸な星生まれ"を理由にナクランとの婚約を破棄されている。
ジャヤスリー(ヴィジャヤンティー) シュリーデヴィーやチャントゥの妹。一族の中では一番若い。
ダサッパン・クッティ(ガネーシュ・クマール) タンピィと共に最初に屋敷の幽霊を目撃する、近所に住む村人。

 さあ、関係者はそろった。真実は1つ! 犯人はお前だ!!(*16)


Varuvaanillarumee(ある日、誰かが道をやって来る)




受賞歴
1993 National Film Awards 驚異的娯楽作品賞・主演女優賞
1993 Kerala State Film Awards 人気審美的作品賞・主演女優賞・メイクアップ賞(P・N・マニ)




「Manichitrathazhu」を一言で斬る!
・我思う故に我あり。コメディシーンも含めて、思うが故に見えないものも見えてくると言う自我の危うさを見せて来る所が素晴らしいわけですが、イッちゃったナーガヴァッリが一番恐い…。

2016.7.8.

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*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 インド独立以前にケーララ州南部にあった藩王国。
*3 世界初の、VCD発売されたマラヤーラム語映画なんだそうで。
*4 南インド カルナータカ州の公用語。
*5 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*6 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*7 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*8 この時の1位は、57年公開のテルグ語映画「Mayabazar」。

*9 端で見てる分には十分コミカル!
*10 いちいち着てる服が変に派手派手で強烈!
*11 この映画は、ファーズィル監督作「Nokkethadhoorathu Kannum Nattu」のタミル版リメイクとなる。
*12 生誕名スレーシュ・ゴーピナータン。
*13 タミルの古典舞踊。
*14 南インドの太鼓。
*15 一般人におくられる4番目に権威ある国家栄典。
*16 「チャンドラムキ」を見てる人には、ネタバレで色々語ってもいいと思うんだケドー。