インド映画夜話

Mayabazar 1957年 184分(192分、176分とも。タミル語版は174分/フルカラー版は162分/タミル語フルカラー版は155分)
主演 N・T・ラーマ・ラオ & サヴィトリ他
監督/脚色 K・V・レッディ
"真実は、最後には必ず勝利する"




 その昔。バララーマ(クリシュナ神の兄)とレーヴァティ王妃の娘サーシレーカー(通称シャシー)は、一族に祝福されて美しく成長していた。

 ある日、バララーマを訪ねたクリシュナは、シャシーに魔法の箱プリヤダルシニーを与える。この箱の蓋は、開けた者の一番望むものの現在の姿を映し出す不思議な力を持つ。シャシーが開ければ幼馴染の恋人アビマニュ(クル王国のアルジュナ王子と、クリシュナの妹スバドラーの息子)の姿が、レーヴァティが開ければ莫大な宝石の山が、バララーマが開ければ一番弟子であるドゥルヨーダナ王子が映し出される。この時、クリシュナが開けた蓋に映っていたのは…賭博狂のシャクニ王だった!!

 ガンダーラ王シャクニはその頃、甥にあたるクルの百王子の長ドゥルヨーダナとその弟ドゥフシャーサナ、その親戚のカルナとともにクル王国簒奪の計画を話し合っていた。その中でシャクニは、孫のラクシュマナ・クマーラをクル王族に連なるサーシレーカーと結婚させてしまおうと提案する。この対策として、クリシュナの指示でシャクニの動静を探るためにやって来たバララーマだったが、逆にドゥルヨーダナたちに歓待され、言葉巧みに父子がバララーマ一家に会いに行くことを説得・確約させられてしまう…。


挿入歌 Aha Naa Pellanta


 タイトルは、テルグ語(*1)で「幻影の市場」。
 テルグ圏で人気の民話「サーシレーカー・パリナヤム」を映画化した神様映画で、1921年のサイレント映画「Surekha Haran」のリメイク作。
 この物語は、他に1936年の「Mayabazar (別名Sasirekha Parinayam)」、本作ののち2008年にも「Sasirekha Parinayam」として映画化されている。95年のタミル語映画「Mayabazar」、06年のテルグ語映画「Maya Bazar」とは別物、のはず(*2)。

 テルグ語版公開の2週間後に、同時製作かつ一部キャスト替えされたタミル語(*3)版も公開されて両作共にロングランヒット。カンナダ語(*4)吹替版も公開された。
 その人気は凄まじく、07年には公開50周年記念としてハイデラバードで再上映され、10年にはデジタルリマスターによるフルカラー版が公開されて再度ヒットし、13年のCNNニュース調査によるインド映画人気投票にて、インド映画100年の全作品中最高投票数を獲得した人気作でもある。

 インドが世界に誇る、世界最長の叙事詩「マハーバーラタ」の物語を背景として、その裏で起こる神々の結婚騒動のドタバタを描く御伽噺的コメディ劇。
 と言っても、映画には叙事詩の主人公であるパーンダヴァ5兄弟は一切登場しない。クリシュナとその周辺、敵役カウラヴァ側のドゥルヨーダナとシャクニがメインで出てくるくらい(*5)。壮大な叙事詩を背景としつつ、劇中の物語はインド映画の基本でもある結婚式をめぐるドタバタで、たとえ神様が主要登場人物になっていても、結婚をめぐるお家騒動の展開は変わらず、神話的壮大さには目もくれずに舞台演劇的コメディに落とし込んでいってるのが、さすがと言うか余裕を感じる劇進行である。

 登場する神様演じる役者たちも、これまた余裕すら感じる芸達者ぶりで、その所作、舞踏力、演説力も見もの。白黒でも映えるその絢爛豪華な、伝統に裏打ちされた身体の動きの1つ1つが麗しい。
 フルカラー版は、それはそれで抑えた色調がクラシカルな映画のようでまた異なる魅力を発揮する。ウルドゥー語(*6)映画大作「Mughal-E-Azam(偉大なるムガル)」のフルカラーリマスターで見せた、インドの映像加工技術の高さが、この映画でも大いに発揮されているのは必見!

 主人公サーシレーカーを演じたのは、1937年(または1936年)英領インドのマドラス管区チラッブル(*7)に生まれた、サヴィトリ(生誕名ニッサンカーラー・サヴィトリ *8)。
 生後6ヶ月で父を失い、母と兄と共に叔父夫婦に引き取られる。叔父の勧めでダンスを始めて舞台で活躍し、12才で映画界での仕事を求めてマドラス(現チェンナイ)に移住。なかなか望む仕事を見つけられない中、50年のテルグ語映画「Samsaram(家族)」の主役に抜擢されるも、リテイクの連続によって主役の座を降ろされてしまったと言う。51年の「Pathala Bhairavi(あの世の女神)」と「Roopavati」の端役出演で正式に映画デビューし、翌52年の「Pelli Chesi Choodu(結婚しませんか)」で主役デビュー。そのタミル版「Kalyanam Panni Paar(結婚しよう)」でタミル語映画デビューも果たす。この年、大スター ジェミニ・ガネーシャンと結婚し(*9)、名前をサヴィトリ・ガネーシャンと改める。
 以降、テルグ語・タミル語映画界で活躍していく他、54年の「Bahut Din Huye(多くの日々が過ぎた)」でヒンディー語(*10)映画デビュー、68年には「Chinnari Papalu(若々しい身体)」で映画監督デビュー(*11)、71年の自身の監督&出演作「Vintha Samsaram」ではプロデューサーデビュー、73年には「Chuzhi」でマラヤーラム語(*12)映画デビューもしている他、数々の映画賞・功労賞も獲得している。
 長年のアルコール中毒により、糖尿病と高血圧を患い、19ヶ月の昏睡状態ののち1981年に物故される。享年45歳。

 話を締めるクリシュナ神を演じたのは、テルグ語映画界を代表する名優NTRことナンダムリ・タラーカ・ラーマ・ラオ。1923年英領インドのマドラス管区クリシュナ県ニンマクル村(*13)の農家生まれ。
 幼い頃に、叔父夫婦の家の養子となって同じ県内のヴィジャヤワーダに移り、芸術学の学士号を取得した後一時政界で働き出すも、演技と歌を志し役者の道に転向。
 49年のテルグ語映画「Manadesam(我が国)」に脇役出演して映画デビュー。翌50年の「Shavukaru」で主演デビューを果たす。同年の神様映画「Maaya Rambha(魔女ランバー)」がテルグ語・タミル語同時製作公開となって、タミル語映画デビュー。53年の主演作「Chandirani」のヒンディー語版でヒンディー語映画デビューもしている。以降、テルグ語映画界で大活躍し、本作のクリシュナ役で人気を不動のものとする。神様映画の重鎮としてクリシュナ、ラーマをはじめとした神話ヒーローはじめ庶民ヒーローも多数演じていくことになる。
 61年の主演作「Seetharama Kalyanam(シーターとラーマの結婚式)」で監督デビューし、3本目の監督作「Sri Krishna Pandaveeyam(クリシュナとパーンダヴァ兄弟の友情)」では脚本デビューもしている。
 82年、その人気に推されてTDP(テルグ・デサム党)を創設して政界に再度進出。様々な政治闘争をくぐり抜け、83年から3期州首相を務め多数の支持を集めた。
 1996年、自宅にて心臓発作をおこし物故。享年72歳。彼の死後、その功績を称え彼の名を冠した映画賞、国立文学賞、健康科学大学が創設されている。

 監督を務めたカディリ・ヴェンカタ・レッディ(*14)は、1912年英領インドのマドラス管区タディパトリ(*15)生まれ。
 マドラスの大学で物理学の学位を取得し、38年に映画スタジオ ヴァウヒニー・スタジオの会計係として働き出す。42年にテルグ語映画「Bhakta Potana」で監督デビューし、以降テルグ語映画界で次々とロングランヒット作を生み出していく。49年の監督作「Gunasundari Katha」では脚本デビュー、55年の「Pedda Manushulu(有力者たち)」でナショナル・フィルム・アワードのテルグ語映画注目作品賞を初獲得。59年の監督作「Pellinaati Pramanalu(結婚中の約束)」でプロデューサーデビューもしていて、2度目のナショナル・フィルム・アワードテルグ語映画注目作品賞を受賞。
 1972年、監督作「Sri Krishna Satya」がフィルムフェアのテルグ語映画監督賞を獲得(*16)したこの年に、高血圧と糖尿病の悪化により物故。享年60歳。

 それぞれに強烈なキャラ立ちを魅せてくれる登場人物の中にあって、後半お話の魅力のほとんどを持っていってしまう羅刹ガトートカチャ(*17)の存在感はなんとも凄まじい。
 それぞれに腹に一物抱えた神々の思惑が静かに進行するサーシレーカーの結婚式に乗り込んで、サーシレーカーに化けてあれやこれやの混乱の種を振りまきまくるトラブルメイカーとしての暴れっぷりがとんでもなく清々しい。なんと言っても、ガトートカチャが化けるサーシレーカー演じる女優サヴィトリの不敵な笑いの、なんと美しきことよw
 この辺、「バーフバリ(Baahubali)」や「地獄を盗んだ男(Yamadonga)」なんかのラージャマウリ監督作は、本作の影響を受けてああ言う作り方してたのではなかろかとか、いろいろ気になってしまう部分もある。

 羅刹たちが見せる幻影術の特撮もびっくり箱的な楽しさがあるし、それぞれの神様がそれぞれの立場で嘘と本音を使い分ける姿や、そもそも絢爛豪華な神様たちの暮らしそのものが、映画という麗しき幻影そのものを表現する「見世物」としての楽しさ・パワフルさ・美しさが詰まった大作。叙事詩をネタ元としつつ、壮大な特撮戦争ものにならずにお家騒動コメディに落とし込んでいながら、こんなにお腹いっぱいになるそのサービス精神の規格外さが見ものでっせえええええええ!!!!!!

 ああそれにしても、ギリシャ神話もそうだけどインド神話の神様たちは、いろんなところで子供を作りすぎるよーーー!!!(*18)

挿入歌 Srikarulu Devathalu



「Mayabazar」を一言で斬る!
・シャクニ王の賭博用サイコロ、表と裏の2面しかないのね…そら、イカサマもしやすいでしょうよ…。

2019.12.20.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 本作の投影、ってのはあるかもだけど。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*4 南インド カルナータカ州の公用語。
*5 叙事詩で印象的なライバル カルナも出てくるけど、映画内ではドゥルヨーダナの横でガヤを入れてるくらいしか出番がないのが悲し。
*6 ジャンムー・カシミール州の公用語。主にイスラーム教徒の間で使用される言語。
*7 現アーンドラ・プラデーシュ州グントゥール県内。
*8 ニッサンカーラーは父称名。
*9 後、81年に離婚。
*10 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*11 その後も4本の監督作を公開。
*12 南インド ケーララ州の公用語。
*13 現アーンドラ・プラデーシュ州クリシュナ県内の村。
*14 本作クレジット上では、K・V・レッディ。
*15 現アーンドラ・プラデーシュ州アナンタプラム県タディパトリ。
*16 実際の現場では、病状悪化の監督に代わりNTRが監督業をこなしていたとかなんとか。
*17 演じるのは名優S・V・ランガ・ラーオ。
*18 それぞれの人間関係を調べるだけで、大変だぞなもし。