インド映画夜話

Mr. Majnu 2019年 145分
主演 アキル・アッキネンニー & ニッディー・アゲルワール
監督/脚本 ヴェンキィ・アトルリ
"それが人生だよ、なにもかも思い通りにはいかないさ"




 ロンドン在住のインド人大学生ニッキー(本名ニキータ)は、叔父夫婦の家に居候しつつ結婚適齢期なのにずっとお見合いを断り続けている。
 彼女の求める理想の結婚相手の条件は「嘘をつかず、誰よりも自分を愛してくれていて、私の望みを叶え続けてくれて、けして浮気しない人」!!

 「そんなラーマ王子みたいな人いるわけない」とまわりに一蹴される日々を過ごすニッキーは、妹ウマの結婚式準備のためのインド帰国の便で、大学1のプレイボーイと女子大生たちから騒がれているヴィッキー(本名ヴィクラム・クリシュナ)の隣の席になってしまった。彼の噂を聞き知っているニッキーはずっと彼を無視し続けて険悪な状態でハイデラバード空港に到着すると、妹の結婚相手がよりにもよってヴィッキーの兄キショールだと知らされ吃驚仰天!
 式の準備が進む中で、飛行機内での喧嘩を謝り合う2人は「親戚同士」として仲良くしようと約束するが、徐々にニッキーは、浮気男と思っていたヴィッキーが家族や友人に見せる態度の中に彼の優しさや思いやり、インテリ一族から常に晒されるプレッシャー、亡き母への複雑な思いを知らされていく。いつしか素顔の裏側にいる本当の彼を愛し始めていたことを自覚するニッキーだったが、最初の出会いからニッキーのことを「ただの友人」のままでいることを約束していたヴィッキーには、そんな彼女の気持ちはなにをしても届かない…。


Mr. Majnu (ミスター・マジュヌー)


 タイトルは、「ミスター・"愛に殉ずる男"」くらいの意か? (*1)

 同年公開のオリヤー語(*2)同名映画を下敷きにした、テルグ語(*3)・ロマンス映画。
 インドより1日早く英国、クウェートで公開が始まり、インドと同日公開でオーストラリア、カナダ、ニュージーランドでも一般公開されているよう。のちに、同名ヒンディー語(*4)吹替版が配信、タミル語(*5)吹替版「Maanidhan」が公開されている。

 17年のヒンディー語映画「ムンナー・マイケル(Munna Michael)」で女優デビューした期待の大型新人ニッディー・アゲルワールの、ラブコメ主演作と聞いて見てみた映画なんですが、わりと基本に忠実なラブコメでありつつひねりも効いてる佳作でありました。
 前半はヒロイン ニッキー目線で、クリシュナ型ヒーローのチャラ男との純粋な恋愛が育まれる様を描き、後半はそのクリシュナ型ヒーローの贖罪の旅を通してヒロインとの愛の再生を描く恋愛劇。最悪の出会いから引かれ合う恋人たちのドタバタをいちいち詳細に饒舌に描いていく手法はいつも通りながら、期待の大型新人である主演2人のツンデレ芝居をあらゆるシチュエーションで盛り上げていくパワフルさはさすが。個人的には、あんま得意ではないシチュエーションコメディの数々も、軽妙な語り口や役者たちの身のこなし、ノリノリの音楽、ハイデラバードとロンドンの風景の対比なんかもあって目が離せない魅力が詰まりまくっておりまする。

 主人公ヴィッキーを演じてるのは、1994年米国カリフォルニア州サンノゼで生まれたアキル・アッキネンニー。
 父親は男優アッキネンニー・ナーガルジュナ。母親はアイルランド=ベンガルハーフの女優アマラ・アッキネンニー(旧姓ムケルジー)。父方の祖父に有名な男優兼映画監督アッキネンニー・ナーゲスワーラー・ラーオがいる、映画一族ダッグバーティ=アッキネンニー家の一員。異母兄に、やはりテルグ語映画界で活躍する男優ナーガ・チャイタニヤーがいる。
 赤ん坊の頃、95年の父親プロデュースのテルグ語映画「Sisindri」で父親とともに主演(!!)してフィルムフェア・サウス子役賞を獲得。以後、インド(と2年間のオーストラリア留学)で育ちながら16才の頃に渡米して、ニューヨークのリー・ストラスバーグ映画研究所にて演技を特訓。大学で経営学の学士号も取得しつつ、インドでクリケット選手としても活躍していて、父親設立のクリケットチームに参加して好成績を叩き出して優勝に導き、複数の選手賞を獲得しているそうな。
 03年の短編映画「Call of the Lover」出演、14年の祖父・父・異母兄主演&プロデュース作「Manam(僕ら)」への端役出演を挟んで、15年の「Akhil(アキル)」から本格的に男優活動を開始。2ヶ月に及ぶ身体作り、フィルムフェア・サウスの新人男優賞など複数の新人賞を獲得するも、映画の成績は散々。続く17年の主演&歌手デビュー作「Hello」、19年の本作と、ヒット作に恵まれない時期が続くものの、21年の「Most Eligible Bachelor(一番ふさわしい婚活相手)」がコロナ禍での延期を伴う公開でありながらヒットした事で評価が高まっているよう。

 監督を務めたヴェンキィ・アトルリ(生誕名アトルリ・ヴェンカテースワラ・ラーオ)は、テルグ語映画界で活躍する男優兼脚本家兼映画監督。
 07年の「Gnapakam」で主演デビューした後、主役級出演作「Sneha Geetham(友情の歌)」で台本ライターも務める。15年の「Kerintha」で原案&脚本を担当し、18年の「Tholi Prema(初恋)」で監督デビュー。本作が2本目の監督作で、21年には3本目の監督作「Rang De(染め上げろ)」も公開させている。

 まあ、どんなにフォローしてもヒロインのツンがデレに変わっていく速度が早すぎだろとか、クリシュナ型チャラ男主人公と言ってもイギリス人全員から一目惚れされるもんなのか? とか、その感情的振幅が雑な部分はぬぐいきれないけれど、クリシュナが恋に敗れて自己犠牲的なラーマに変わっていく主人公像の「愛によって」変化していく人物像は、インド人のツボを心得た主人公像でありましょうか。
 ミュージカルシーンとともに南インド映画でよく挟まれるコメディアンのボケ倒しシーンに、本作では特定のコメディアンではなく子供の3DCGキャラが登場するのも、よーわからないながら強烈。それぞれに周りの人たちに嘘をついている元恋人たちにやたら詳細なツッコミをしてくる幼児キャラが、そこまで必要なのかどうか悩んでしまうところながら、こういう存在感の強い道化役がいないと南インド映画っぽさも薄まるってもん…なのかなあどうかなあ。

 ヒロインの叔父ラメーシュ役で、「バーフバリ(Baahubali)」で日本でも人気の高いスッバラージュが出演してるのも注目点ですが、親戚(もしくは近所)の子供の恋愛顛末に対してあそこまで親身になって慰めたり起こりだしたり、その相手への制裁を買って出てくるインドの家族愛描写は相当なもんですわ。それが自己犠牲的な愛情で描かれれば切ないロマンス劇に、復讐へ走れば凄惨な抗争劇に、人間関係の複雑さに注目していけば不穏なサスペンスに変身するんだからインドの物語理論はトンデモね。どのくらいが現実の反映かは、実際に行ってみないとわからん所だけどもそれらの感情の浮き沈みに外国人の自分ですら一喜一憂してしまうだから、映画ってハンパないですわあ。



Koppamga Koppamga





「MM」を一言で斬る!
・ロンドンのインドコミュニティも、隣近所一体になって近所の女の子の失恋話を共有して全員で激怒するくらいには濃いいのね……。

2023.4.1.

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*1 Majnuは、「ロミオとジュリエット」にも比するペルシア語悲恋物語「ライラとマジュヌーン」の男性側主人公マジュヌーンのこと。
*2 東インド オリッサ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つ。