インド映画夜話

ニールジャー (Neerja) 2016年 122分
主演 ソーナム・カプール
監督 ラーム・マドゥワーニー
"恐怖を、彼女は強さに変えた"






 1986年9月4日。モデル兼キャビンアテンダントのニールジャー・バーノットは、一足早い23才の誕生日パーティーを開催していた。快活で人当たりもよく、往年の映画ファンでもある彼女に近所の人々もこぞって集まりその誕生日を祝う…。

 明けて5日早朝。ニールジャーは母親の小言を聞きながら支度に取りかかり、友達ジャイデーブに職場である飛行場まで送られていく。「寂しくなったら、私のポスターを見に来てね」「誕生プレゼントがあるんだ。その…7日の君の誕生日になったら開けてくれ」
 同じ頃、パキスタンのカラチ近郊では、同じように仕事の支度にかかる男たちがいた。彼らは、キプロスで収監されている同胞のため、武器を隠し持ってカラチ空港へと出発していく。
 そうしてその日、ニールジャーの初めてのヘッド・パーサー(客室事務長)となるパンアメリカン航空73便は、予定通りムンバイを飛び立ち、カラチ空港に到着する…。


プロモ映像 Aankhein Milayenge Darr Se (恐怖に立ち向かおう)



 1986年9月5日に、パキスタンのカラチ空港で実際に起こったパンアメリカン航空73便ハイジャック事件を元に、その時機内で犯人と渡り合い、クルー含む乗客379人中359人を救出しながらも殺されてしまった22才の客室乗務員、ニールジャー・バーノット(*1)の生き様を描くヒンディー語(*2)映画。
 製作は、FOXスター・スタジオ。インド公開と同日公開で、パキスタン、オーストラリア、アイルランド、アメリカでも公開。
 日本では2016年に、インド映画同好会とIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にてそれぞれ上映。

 実際に起こったハイジャック事件と、それに立ち向かった女性の姿を通して人の強さ、家族の絆、一人の女性の人生、命の尊さを描くその物語は、ある程度の脚色はあるとは言え(*3)、これが本当に起きたことであると言う一点において、強烈な印象と、重い読後感、そして強く生き抜こうとする人の力と知恵、その生命力に感嘆してしまう1本。

 監督を務めたのは、TVで活躍し数々の広告賞を獲得しているラーム・マドゥワーニー。
 その評判を受け、02年に英語+ヒンディー語映画「Let's Talk」で映画監督&脚本デビュー。07年のアーミル・カーン初監督作「Taare Zameen Par(地上の星たち)」の1曲"Bheja Kum"の制作アシスタントやプレイバックシンガーを勤めていたりする。本作は、14年ぶりの2本目の映画監督作となる。

 劇中の主な舞台となるパンアメリカン航空73便の実物大セットを作らせ、カメラやキャストとともに本物そのものな機内を縦横無尽に走り回るキャスト&スタッフがスンバラし。コクピット、配膳室一式、開閉する扉や窓、出入口の脱出装置1つ1つがそのまま再現されてるトンデもなさよ。そのディティールもスゴいし、その狭い空間を十二分に使った画面作り、カメラ効果も「よくもまあ」と感心してしまいますわ。

 序盤のニールジャーの誕生日パーティーを通して、主人公ニールジャーの生活環境、その周囲の人々との交流、両親の思い、前の結婚の破綻と言う痛い記憶、現在の男友達との微妙な関係などが描かれていき、ニールジャーの魅力と共に彼女が抱えている日常生活の重みが、ハイジャックの現場との対比となって効果的なコントラストを生む。飛行機内が主な舞台となる中盤以降は、意図的な手ぶれ画面がより先の見えないドキュメンタリー的な効果も生んで、さまざまな映像対比を作り出していって素晴らしい。
 日常の中に突然割り込んでくるテロリストたちと言う非日常を前に、客室乗務員を始め平凡な一市民でしかない人々が、命の危機を前に怯え、絶望し、八方塞がりにしかならない現状を変える手だけをもたない中、特別な育ちでもなく、暴力に対抗する力も持たない平凡人にもかかわらず、自分に出来ることから被害者たちの命を守る手段を模索するニールジャーの姿は、見る人それぞれにさまざまに考えさせられるポイントを見せつける。

 ハイジャックされる飛行機に乗るため、早朝に支度をするニールジャーと犯人グループの行動が、シンクロしながら描かれる冒頭。ハイジャックの一報が伝えられて呆然とする父親と饒舌になる母親の対比による両親の愛情の現れ。過去のDV夫との結婚生活の記憶とニールジャーの現在の生活。乗客の子供たちの母親を求める目や声に「私もよ」と答えながら慰めるニールジャー。彼女が冷静になればなるほど激高し鬱屈していく犯人たち…さまざまな対比構造が映画的に仕組まれていく物語の見せ方に、悲惨な事件と英雄として祭り上げられていくニールジャーの人生模様、人生の不条理とそれに対抗していく人の姿が違和感なくエモーショナルに伝わってくる。人の幸せとは、生きる力とは、絶望的困難にぶつかった時になにを考え対処していくのか…フィクションではなく、実話もの映画だからこそ出来ることがたくさんつまった一級品。まさに映画好きを公言するなら、必見の映画であろう作品である。


プロモ映像 Jeete Hain Chal (さあ、共に生きよう)




受賞歴
2016 I Am Woman Award 女性の力賞(ソーナム)
2016 HELLO! Hall of Fame Awards 批評家選出賞(ソーナム)
2016 豪 Indian Film Festival of Melbourne 主演女優賞(ソーナム)
2016 Star Screen Awards 新人男優賞(ジム・サールブー)・助演女優賞(シャバーナー・アーズミー)・監督賞
2016 Stardust Awards 助演女優賞(シャバーナー・アーズミー)・悪役男優賞(ジム・サールブー)・編集部選出フィルムメイカー賞(ラーム・マドゥワーニー)・編集部選出主演女優賞(ソーナム)
2017 Filmfare Awards 批評家選出作品賞・助演女優賞(シャバーナー・アーズミー)・批評家選出主演女優賞(ソーナム)・撮影賞(ミテーシュ・ミルチャンダーニー)・編集賞(モニーシャ・バルダーワー)・プロダクションデザイン賞(アパルナ・スード)
2017 Screen Weekly Awards 審査員選出監督賞




「ニールジャー」を一言で斬る!
・あらためて本編見ると、ラストのスピーチと対比構造になってる(なってしまってる?)冒頭のお母さん(本人)のコメントの複雑な印象なこと…

2017.2.3.

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*1 その死は、23才の誕生日の2日前だった。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 実際には犯人グループはアラビア語を話していて、インド人やカラチのパキスタン人との意思疎通が困難だったとか、活躍したのはニールジャー以外にもいたとか伝えられる。