Oh! あやしいベイビー (Oh! Baby) 2019年 161分
主演 サマンタ & ラクシュミー
監督/脚本/カメオ出演 B・V・ナンディニ・レッディ
"ああ、人生は厄介な事ばっかり!"
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大学の心理学教授シェーカルは、老年心理学が専門。大学生たちを前に、その例証として自分の母親…ベイビー(本名サヴィトリ)について語り出す……
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御年70歳のベイビーは、若い頃は歌手を目指していたが叶わず、現在は幼馴染のチャンティ(本名パスプリティ・カナカラージュ)とともに、息子の勤める大学構内の食堂を切り盛りしている。
若くして夫を亡くして女手1つで息子を育て上げたベイビーは、歌手の夢を孫のロッキー(本名ラーマクリシュナ)に託して溺愛しながら、義娘マーダヴィと真面目な孫娘ディヴィヤーとは喧嘩ばかり。とにかく口うるさいベイビーの態度からくる心労が祟って、ついにマーダヴィは心臓発作を起こして入院してしまった。その原因が自分にあり、マーダヴィを死なせたくなかったら老人ホームに行った方がいいとまで孫娘言われてしまったベイビーは、家族と自身の運命に絶望して、神様を呪いながら家出を決意する。
その夜、行き場を失いつつロッキーの初ライブ会場となる大学祭に来ていたベイビーは、そこで怪しげな占い師から「あなたの運命を変えるものをあげよう」とガネーシャ像を贈られ、次に目に入った写真スタジオに飾られた往年の映画スター写真をきっかけに「綺麗な自分に撮って欲しい。24才の頃が一番綺麗だったけどね」と遺影用の写真を注文する…。
突然の雨にお祭り会場の人々が屋内に引っ込む中、カフェで突然ナンパされたベイビーは、男を撃退しつつ自分がいつの間にか24才の姿に若返ってるのを見て驚愕!
驚いて外に出てみれば、先ほどの写真スタジオも占い師も消えていて「神は決して逃してはならない機会をお与えくださる! さあ、人生を楽しもう!!」と前の2人そっくりの浮浪者から逃げ出すことになったものの、一夜明けて落ち着くと、このまま若い自分で生活しようと「B・スワティ」を名乗って、チャンティの家の居候を決め込むように…!!
挿入歌 Oh! Baby
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2011年の「Ala Modalaindi(こうして、始まった物語)」で監督デビューした、B・V・ナンディニ・レッディ4本目の監督作。
2014年の韓国映画「怪しい彼女」の公式テルグ語(*1)リメイク作。
同名の1926年のアメリカ映画他、多数の映画、楽曲などがあるが、全部別物、のはず。
インドより1日早くクウェート、米国で、インドと同日公開でオーストラリア、カナダ、ニュージーランドでも公開されたよう。
日本では、2024年のテルグ映画の祭典「テルコレ」~TFCテルグフィルムコレクション~で「Oh! あやしいベイビー」の邦題で上映。
お話の大枠は、オリジナルの「怪しい彼女」そのままながら、その語り口は完全にインド文化に根ざしたアレンジがなされている。それでいながら、ボロボロのサンダルとか、家出を決意して泣いていたバス停の後ろにデカデカと貼ってある化粧品ポスターとか、オリジナル版と共通したモチーフの活かし方が絶妙。兎にも角にも、世界中で"お婆ちゃん"というもののイメージはある程度共通しているんだなあ…と笑えてくる傑作ですわ。
本作の主人公である24才のベイビーを演じたのは、日本でも知られた大女優サマンタ(*2)。
それに対して70才のベイビーを演じていたラクシュミー(生誕名ヤラグディパディ・ヴェンカタ・マハラクシュミー)は、1952年マドラス州都マドラス(現タミル・ナードゥ州都チェンナイ)生まれで、本作公開当時66才。
母親は、30〜70年代初頭までタミル語(*3)・テルグ語映画界で活躍していた女優クマリ・ルクミニー。母方の祖母も女優ヌンガムバッカム・ジャーナキーで、父親は南インド映画界全般で活躍していたプロデューサー兼監督兼男優兼脚本家兼編集者のヤラグディパディ・ヴァーラーダ・ラーオになる芸能一族出身。
1968年のタミル語映画「Jeevanaamsam(扶養料)」、テルグ語映画「Bandhavyalu」、カンナダ語(*4)映画「Goa Dalli CID 999」あたりから南インド各言語圏の映画に出演していて、マラヤーラム語(*5)映画デビューとなった1974年の主演作「Chattakari(アングロ系インド人の娘)」で大きな評判を呼び、フィルムフェア・アワードのマラヤーラム語映画主演女優賞他を獲得。そのヒンディー語(*6)リメイク作「Julie(ジュリー)」にも主演してヒンディー語映画デビューとなって、やはりフィルムフェア主演女優賞他を受賞している。
以降、多数舞い込んでくるヒンディー語映画出演のオファーを全て断り、南インド映画界全般で活躍。タミルの名優シヴァージー・ガネーシャンの娘役、妹役、恋人役、妻役全てを演じた唯一の女優としても名声を高め、さらにカンナダ語映画界のスター アナント・ナーグとのゴールデン・コンビは「南インド映画史上最高のコンビ」とまで謳われたそうな。南インドの主要4言語全てに堪能で、一時期各言語圏のTV司会としても活躍。数々の映画賞を贈られてもいる。
3度の結婚で、2人の子供(うち1人は養子)がいて、最初の夫バースカランとの間に生まれた娘アイシュワリヤー・バースカラン(生誕名シャンタ・ミーナ)も、南インド各言語圏で活躍する女優になっている(*7)。
オリジナル版より肝っ玉婆ちゃん度が上がって、人への圧が急上昇してる感のあるベイビーの元気さが微笑ましいボケとツッコミを生み出し、若返ってからもドタバタした動きや笑い方、レトロファッションの数々に見える「お婆ちゃん度」の親しみやすさが、映画全体の空気を楽しいものにしている。この辺の「若いお婆ちゃん」演技なんか、サマンタとラクシュミーで動きを合わせて特訓とかしてたのだろか。あるいは監督からの演技指導の賜物か。楽しそうな現場の様子が見えるよう。
オリジナル版から一番変わってるのは、「謎の写真館での若返り」がハッキリと神の奇跡として説明されている所。
子供達に自分の存在そのものを否定され、自分の人生そのものを呪って神様を否定した主人公に対し、3人の御使い(神の3化身?)よろしく名優ジャガパティ・バーブが占い師、写真館主人、ヒッピーの1人3役として次々登場し、ベイビーに起こる奇跡の前触れ・受け入れ態勢を勤めさせている楽しさよ。謎の写真館への入口として現世利益の神ガネーシャ像を持って来たことで、奇跡への道筋を明確にしていくところは、お話の因果関係を全部説明したがりなインド物語文法あるあるなアレンジであり、その超常現象コメディを「神の遊戯」として納得させるに充分な改変でもある。その分、オリジナル版にあった主人公の過去のなりふり構わなさ、人の恨みを買ってでも子供のために生きてきた事実って部分は無視されることになるわけだけど、素直に家族のために生きてきた人間の姿における、神の許しが与えられるラインが見えてくるようでもある。うん。映画後半に強調される、親の愛、家族が共有する愛情のあり方が、神様と人間の間でも等価である……と言う価値観も深読みでき…ないことも…ない。うん。
主人公の感情の起伏によって、周りの色彩もある程度変化していく映画のカラーリングも素敵。若い世代の世界はダイナミックな原色系やクリアな白黒青と言うスタイリッシュな色彩世界を見せてくれるのもインド的アレンジの最大の武器。謎の写真館のセピア調色彩や、チャンティの大学食堂、ベイビー失踪後のシェーカル家の黄土色世界も意図的な演出ってやつでしょか。
周りの人にすぐ口出しして騒ぎを起こす、人と人の距離感の近すぎるインド社会はうるさそうだなあ…と思いつつ、家の中も外も色彩で溢れる色のうるささは、映像で見てる限りは目に楽しいので、ボクはインド的アレンジ大好きですわよ。色とともに音楽もインド宗教歌、インドポップスのリズムや音程が肌にあう人間なので「なんでメタル万歳バンドが、歌の上手いボーカル1人入っただけでポップスバンドとして大ヒットするねん」とか言う疑問も吹っ飛びますわ!(*8)
挿入歌 Changubhala
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受賞歴
2020 Critics Choice Film Awards テルグ語映画主演女優賞(サマンタ)
2020 Zee Telugu Cine Awards 主演女優賞(サマンタ / 【Majili】に対しても)
2021 SIIMA (South Indian International Movie Awards) テルグ語映画主演女優賞(サマンタ)・テルグ語映画助演女優賞(ラクシュミー)
「Oh! あやしいベイビー」を一言で斬る!
・わかりきったテレビドラマの展開に、一喜一憂する(若返った)ベイビーとチャンティ。これが、インドのテレビドラマの楽しみ方なのネ(オリジナルにもあったモチーフだけど)
2025.4.11.
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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 公式情報を信じるならば、本作公開時32才。
*3 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*4 南インド カルナータカ州の公用語。
*5 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語で、フィジーの公用語の1つでもある。
*7 本作でも、主人公のロマンス?相手になるヴィクラムの母親役で出演している。
*8 それもこれも、お祭りやパーティーに歌と踊りが欠かせないインドであるからこそ?