インド映画夜話

パッドマン 5億人の女性を救った男 (Pad Man) 2018年 140分
主演 アクシェイ・クマール & ソーナム・カプール & ラーディカー・アープテー
監督/脚本 R・バールキー
"アメリカにはスーパーマンがいる。バットマンもスパイダーマンも…"
"でも、インドにはパッドマンがいる!"




 北インドはマディヤ・プラデーシュ州を流れる聖河ナルマダーの畔。
 工房勤めのラクシュミ(本名ラクシュミカント・チャウハン)とガーヤトリーの結婚は滞りなく進み、愛妻家のラクシュミはなにかと妻の役に立つ道具を手作りしては彼女や家族を喜ばせる毎日が続く。

 ある日、ガーヤトリーが突然廊下の簡易ベットに閉じこもったことから、ラクシュミは人生で初めて「生理」のなんたるかを知らされる。
 女性同士はもちろん、男性には一切がタブー視される生理について「関係ないからほっといて」と頑なに夫の協力を拒むガーヤトリーが、隔離された専用の部屋にて生理の処理に汚いボロ布を使っていた事に驚愕するラクシュミ…「なにやってるんだ! 今は2001年だぞ!!」
 医者から「この国の女性は、高額な生理用ナプキンを購入できず、不衛生な環境で生理を処理している。そのために病気になったり死んでしまう人もいる」と聞かされたラクシュミは、すぐに妻に清潔なナプキンを渡そうとするものの「私だけがこんな高価な物を使うわけにはいかない」と拒否されてしまい、親族からも異様な目を向けられることに。それでも妻を救いたいラクシュミは、妻との約束を違えることなく事態を解決させるため、安価な生理用ナプキンを作る事を思いつくのだが…。


プロモ映像 Hu Ba Hu (僕の心は、君と同じ)


 主演アクシェイの妻でもある、女優兼インテリアデザイナーで本作の映画プロデューサーでもあるトゥインクル・カンナー著の短編集「The Legend of Lakshmi Prasad(ラクシュミー・プラサードの伝説)」の一編「The Sanitary Man of Sacred Land(聖別の国の清潔男)」を元に映画化した、ヒンディー語(*1)映画。
 その内容は、実際に低価格生理用ナプキンを発明しインド各地に広めたアルナーチャラム・ムルガナンダムの実話を脚色したものである。

 インドと同日公開で、カナダ、デンマーク、英国、インドネシア、アイルランド、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、米国他でも公開。パキスタンとクウェートでは、検閲委員会によって公開禁止措置が張られたと言う。パキスタンでは、これに対して女性たちによる抗議運動が起こっている。
 日本では、2018年の東京国際映画祭が初上映となり、そのまま同年12月に一般公開された。

 低い生理用ナプキンの普及率、と言う女性なら誰でも関わる問題でありながら(だからこそ?)インド社会一般や世間一般で無視されがちで、タブー視されがちな話題を、真っ向からテーマに掲げてそこから見えてくる世界のありよう・社会の変革の兆しを堂々と娯楽映画として描いていく傑作。
 「金枝篇」でも書かれてるけど、月経時の女性をタブー視する風習ってのは何もインドだけでなく世界中にあるらしいんだけど(*2)、それを映画の題材にしてしまうなんて試みは、史上初…なのかしらん?(*3)

 まずなによりも、これが実話を元にしている事、安価な生理用ナプキンの製造を実現させることによって女性雇用をも生み出し、インド社会やインド産業そのものの価値観をも変えていったアルナーチャラム・ムルガナンダムと言う人物の軌跡それ自体がとんでもなくドラマチック。
 専門の知識や機材もなく、「生理」や「生理用ナプキン」のなんたるかもわからないゼロからの出発で、世間の攻撃に一切立ち止まることもなしにただただ妻の役に立つことを追求する生き様は、ただただ圧倒されてしまう。
 映画は、その南インドで起こった出来事を、ヒンディー語圏の人々の身近に感じさせるためか(*4)北インドの伝統的都市マヘーシュワルに舞台を変えて描いて行き、より宗教的生活の濃い生活感を強調しているよう。簡易的な仕掛けの神像で客引きする寺院って言うのも面白かったけども、それらに対比させる形で世間のタブーの強固さが現れていく前半、世間の「普通」から逸脱した者を徹底的に貶めていく世間の怖さが現実のものとなって主人公を襲う中盤、そこから協力者を得て逆転していく成功劇を描く後半の清々しさと言った、ロジカルな映画構成と、そこに描かれる人情劇・恋愛劇・人生劇の多重なドラマツルギーの巧妙さに心奪われていくこと請け合い。
 一人の男の生き様の物語であると同時に、夫婦のあり方を描く映画であり、実業家の不屈の戦いを描いていく映画でもあり、ものつくり屋の仕事の心意気の映画でもあり、インド社会の問題を定義する映画でもあり、男性と女性の間の諸問題を描いていく映画でもある。「生理をタブー視する」と言う状況が作り出すさまざまな問題に翻弄される人々の姿を、こんな形で多角的に表出させる「映画」なるものの機能を見せつけられる一作でもありますよ。

 とは言え、テーマ先行のせいか、過去のR・バールキー映画の傑作群と比べるとなんとなく大人しいと言うか、窮屈な感じが漂う映画にも見えてきてしまう所もある。
 快活な主要登場人物が見せる演技力、軽快で印象的な音楽群、風光明媚で目に焼き付いてくる画面の色彩と言ったものはキッチリと積み上げられてる所はさすがながら、伏線はハッキリ伏線ですよ〜として出てくるし、物語も最後のスピーチ〜ハッピーエンドへと向かうための逆算的な積み上げ方をしていくところは堅実すぎて、「Shamitabh(シャミターブ)」とか「キ&カ(Ki & Ka)」で見たような突き抜けるような衝撃ってのはなりをひそめてる感じもしなくも…ない。プロデューサーのトゥインクル・カンナーからのプレッシャーとでも言ったものがあったんですかねえ…。監督の過去作の常連出演者の大御所アミターブ・バッチャンは、バッチリ自分の見せ場をアピールしまくりだったけども。
 とはゆーても、その堅実さが映画を面白い方向へ導いて行ってくれてるので、そこまでマイナス要素にはなってない。医大生や大学教授の息子を捕まえてあーでもないこーでもないと悪戦苦闘するラクシュミの前向きな諦めない感は、それだけでも見てて元気になっていくようなポジティブさですよ。そうしたラクシュミの成功によって、あっさり手のひらを返す村人たちの態度のあからさま具合があるあるな感じでコミカルにも見えてくる。そんなさまざまな人生の浮き沈みを「そう言うもの」として受け入れるラクシュミの静かな闘志が、美しく爽やかな後味となって映画を見終える要素となっていますことよ。

 映画見終わって気になることは、そー言えば性教育ってのは学校で教わっていても「生理」とか「生理用品」について教わる・語り合う機会って私にはないなあ…と言う個人的なこと。
 女子だけの授業だから男子は外でサッカーしてろ、と言われたことはあるし、それがなんのことなのかは後になって知りはしましたけど、具体的にその辺のことを教わったことはなかったっけなあ…。母親は熱心に性教育の知識をこちらに教えようとはしていたけども、生理用品についてのフォローとかはまあないよなあ…男には。
 その辺、今の学校ではどうなってるのかな、とかも気にはなるっちゃなる。震災の時、支援物資として生理用品を届けに行った人が、避難所の男性陣に激怒されて返されたなんてニュースを見てしまうと、余計に「無知は、それだけで罪だ」とも思えるものね…。

プロモ映像 The Pad Man Song (パッドマンの唄)


受賞歴
2018 DadaSaheb Phalke Foundation Awards 主演女優賞(ソーナム)・監督賞・主演男優賞(アクシェイ)


「パッドマン」を一言で斬る!
・「シスターなら手伝ってくれるかも!」と声かけた時、「神はいつもあなたを見守ってますよ」とおざなりな返事しつつ頭の上に手を掲げるシスターの動作って、どこの宗教でもやってることなんかね?(地域によって、やってはいけない動作とは言われますけど)

2018.12.15.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 日本もかつて…話題に上りづらいと言う意味では今でも?…ありました。
*3 知らないだけで、あるかもですが。
*4 田舎の偏見という意味で地元の人を悪役にしてしまうことへの配慮か?