インド映画夜話

墓守 (Pithamagan) 2003年 158分
主演 ヴィクラム & スーリヤ & サンギータ & ライラー
監督/脚本/原案 バーラ
"生まれてすぐ母を失って、養父が俺を獣から人に変えてくれた"
"でも彼は俺を孤児にする事で、海中へ投げ入れたんだ"




 その日、ただ一人で墓地にやってきた女性はその只中で子供を出産し、そのまま息絶えてしまった。
 出産の現場に居合わせた墓守の男は、必死に女性を助けようとしていたが果たせず、残された赤ん坊を引き取ってチッタンと名付けて養育する事を決める。チッタンは、墓守の男しかいない墓地を家として育ち、墓守仕事を手伝って生活の術を身につけていくのだが、ついにその墓守も帰らぬ人に…。

 たった1人になってしまったチッタンは、食べ物を求めて近くの商店街に出てくるが、墓守人と関わろうとしない人々の中にあってまともな会話もできず、金銭の概念も知らず、養父以外からは奪うことでしか欲しいものを手に入れてこなかった彼は、すぐに周囲の人々に強盗と認識されて追い出されようとしていたが、喧嘩を売ってくる全員をその場で倒してしまう怪力を見せつける。
 この様子を見ていたリキシャー運転手相手のヤクの売人ゴーマティがなんとか彼を静めて「この人は、いつか私を火葬場に連れてってくれる人なんだよ」と彼の食事の世話をしてあげると、そのまま彼女に懐いてくるチッタンに食い扶持を与えるべく、ゴーマティは麻薬密造主である元締めセーカル・ヴァスデーヴァンにチッタンを引き合わせる…。

 同じ頃、駅前でサイコロ賭博を仕掛けていたテキ屋のサクティは、そこにやって来た大学生マンジュを言葉巧みに賭博に誘い、有り金全部をふんだくっていた。
 その日から、何かにつけサクティを目の敵にするマンジュは彼を追いかけ始め、ついには彼を警察に引き渡して牢屋にぶち込むことに成功する。
  その夜から、サクティは麻薬密売の罪で収監されていたチッタンと同じ牢屋で生活を始め、動物のように暴れまわる彼に興味を示して世話を買ってでるように。サクティの優しさに触れたからか、今まで暴れるだけだったチッタンはその時からサクティに懐き、彼から離れようとしなくなる…。


挿入歌 Adadaa Aghangaara Arakka Kaigalil


 原題は、タミル語(*1)で「ご先祖様たちの息子」。共同墓地で生まれた主人公の境遇の、どうしようもなさを表したタイトルか。
 タミル人作家ジャヤカンタン原作の短編小説「Nandhavanathil Oru Andi」の映画化作品。

 翌2004年に、テルグ語(*2)吹替版「Siva Putrudu(シヴァの息子)」が、2007年にはカンナダ語(*3)リメイク作「Anatharu(孤児たち)」も公開。
 日本では、2018年にインド映画同好会にて「墓守」のタイトルで上映。

 個人的に、勝手に"焼け野原監督"と呼んでるバーラ監督による3作目の監督作で、バーラ監督の衝撃の監督デビュー作「セードゥ(Sethu)」でやはり衝撃的な演技力を見せつけたヴィクラム、バーラ監督の第2作「Nandha(ナンダ)」で主演を務めたスーリヤ&ライラーを再び主演に迎えた本作。
 そこに描かれるのは、墓地で生まれそのままそこでほとんど人と交わらずに生きてきた男と、そんな男と関わりを持つ事になる周囲の恵まれぬ環境の中で生きる人々とのつかの間の交流。それによって運も学も生きる術も持たぬ者が救われていくかのような幻想を見せていきながら、主人公が合間合間に厳しい現実を糾弾するように虚空に向かって叫び出す世の中への絶望が、そのまま主人公たちを襲ってくるインド社会の救われなさを見せつけていく。
 生きるも死ぬもこの世は地獄かと思わずにはいられないほどの、劇中社会の貧困からくる救いのない現実への絶望。墓地から1歩も出る事なく、育ての親の死を前にして滞りなく火葬儀式を行えるほどには墓守としての仕事が身についている主人公チッタンの悲しさ、人間的感情表現のなさ、死体を前にして動じずに身につけている金品を奪うことを当然のこととして生きてきた、その人生観・死生観の獣性的な悲しさは、「セードゥ」で見せた感情を上手く表現できない男の自壊のさらにその先を描いていくようでもある。

 そんな人間社会を知らないままの主人公チッタンを「汚らわしい墓守」として差別する商店街の人々を叱責し、「いつか私を火葬場に連れて行ってくれるありがたい人」として食事を与えようとするゴーマティに見え隠れする、その人生の厳しさ、悲しさもなかなかに辛い。そのまま仕事の世話までするゴーマティは、いつしかチッタンにとっての母親代わりのような存在になり、刑務所でチッタンの世話をして意気投合した口八丁の詐欺師サクティが父親のような立ち位置になっていくことで、チッタンは期せずして疑似的な家族を手に入れて人間らしい受け答えをし始める。そんなフランケンシュタインの怪物みたいなチッタンの背負う悲劇に対して、ゴーマティにしろサクティにしろ「こうならざるを得なかった」貧困の渦の中から抜け出せないままに舞台となる村を支配する権力構造や人間関係の柵から出ることもできず、未来への展望も持ち得ない厳しい現状を受け入れながら毎日を過ごしている。その悲しさもまたチッタンと比べようもない悲しさを生んでいきながら、そんな中でも周囲を牽制しながらその日その日を前向きにいきて行こうとうする2人の強さもまた、チッタンとは別の力強さを見せていく。

 この2人とまた違う形でチッタンの擬似家族に関わってくる少女マンジュの我の強さ、サクティに陥れられたと知った時に見せる暴れっぷりも本作の見どころでもあるか。
 本作ヒロインの位置付けにもいるマンジュを演じたのは、1980年マハラーシュトラ州都ボンベイ(現ムンバイ *4)に生まれたライラー。ゴア人の家に生まれたキリスト教徒(*5)なんだそう。
 1996年のヒンディー語(*6)映画「Dushman Duniya Ka(世界の敵)」で映画デビュー後、翌97年に「Itha Oru Snehagatha(これぞ恋愛劇)」でマラヤーラム語(*7)映画&主演デビュー。同年には「Egire Paavurama(鳩が飛ぶ)」でテルグ語(*8)映画にも主演デビューする。そこからタミル語映画界からも多数のオファーを受けたものの契約段階での諸問題等でなかなか実現されず、ようやく1999年の「Kallazhagar」で主演してタミル語映画デビュー。翌00年には「Devara Maga(神の息子)」でカンナダ語(*9)映画デビューもしている。
 2001年のバーラ監督作「Nandha」でフィルムフェア・サウスのタミル語映画主演女優賞を初獲得し、続いて本作でも各映画賞の主演女優賞を獲得する名演技を見せつけて、一躍人気女優となる。
 2006年公開作のタミル語映画「Paramasivan」を始め5本の映画に出演したのち、イラン人ビジネスマンとの結婚で一旦女優業を引退するものの、2019年のタミル語TV番組「Dance Jodi Dance Juniors」の審査員として芸能界復帰。2022年のタミル語映画「Sardar」、同年のWebシリーズ「Vadhandhi: The Fable of Velonie(噂: ヴェロニーの語った事)」で女優復帰を果たしている。

 チッタンの母代り役となるゴーマティを演じたのは、1978年タミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)に生まれたサンギータ。
 父親サンタラムも祖父K・R・バランも映画プロデューサーで、幼少期に古典舞踊バラタナティヤムを習得している。
 90年代に、従兄のヴェンカト・プラブー(本名ヴェンカト・クマール・ガンガイ・アマレン *10)と共に、彼の父親ガンガイ・アマレン監督作「Poonjolai」の撮影に参加するも映画は途中凍結。その後に出演した1997年のマラヤーラム語映画「Gangothri」が映画&主役級デビュー作になった。同年には「Circus Sattipandu」でテルグ語映画デビュー、「Ee Hrudaya Ninagagi」「Janani Janmabhumi」でカンナダ語映画にディープティ名義でデビューして、翌98年に「Kaadhale Nimmadhi(愛こそ平安)」でラシーカ名義でタミル語映画デビューしている。
 2002年のテルグ語映画「Khadgam(剣)」でフィルムフェア・サウスとCineMAA賞のテルグ語映画助演女優賞を獲得。さらに2003年には本作でフィルムフェア・サウスとタミル・ナードゥ州映画賞のタミル語映画助演女優賞を獲得して活躍の場を大きく広げるようになる。以降、南インド各映画界で活躍中(*11)。
 2009年に歌手クリシュと結婚してからは「サンギータ・クリシュ」とクレジットされているものもあるよう。

 擬似家族としてチッタンの周りに集まってくるいろいろな人たちが、それぞれに人生を取り巻く厳しい環境の中でなんとか生きていく中で「他人を利用し搾取する」生き方から、「お互いに協調して助け合っていく」姿を理想的な側面を協調して描いていく中盤〜後半の希望が美しければ美しいほど、人生の苦境を跳ね返す人の生命力の強さが現されれば現されるほど、終盤の絶望がさらなる衝撃として観客を呆然とさせる嵐ほどのインパクトを伴って襲いかかってくるのはもう、バーラ監督作お得意の演出術よね…。そこに描かれる幸福を経験したからこその絶望の深さ。他人の願望を潰さずにはいられない人の世の哀しさ。暴力でしか人と人が交われない現代社会の中にある貧困、選択肢のなさ、持たざる者の孤独、その救いのない現状に解決策を授けられない現実の中で狂うしかない人の悲しさを、圧倒的な演技の圧で観客に見せつけにくるチッタン演じるヴィクラムの底知れない狂気の姿が、どこまでも忘れ得ないインパクトを見てるこちら側に刻んでくる1本ですわ。



挿入歌 Elangaathu Veesudhey




受賞歴
2003 National Film Awards 銀蓮主演男優賞(ヴィクラム)
2003 Filmfare Awards South タミル語映画作品賞・監督賞・主演男優賞(ヴィクラム)・主演女優賞(ライラー)・助演男優賞(スーリヤ)・助演女優賞(サンギータ)
2003 Tmil Nadu State Film Awards 主演男優賞(ヴィクラム)・主演女優賞(ライラー)・助演女優賞(サンギータ)


「墓守」を一言で斬る!
・発作が起こして苦しむ人に対して、手足をこする治療をするのは貧血予防とかの所作でしょか?

2024.3.1.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 一説にゴア州生まれとも。
*5 インドで発達した東方教会ではなく、ローマ=カトリック教会。
*6 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語で、フィジーの公用語の1つでもある。
*7 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*8 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*9 南インド カルナータカ州の公用語。
*10 のちのタミル語映画界における名優&監督&歌手になる人。
*11 活躍初期には、マラヤーラム語、タミル語映画界ではラシーカ名義で、カンナダ語、テルグ語映画界ではディープティ名義でクレジットされているものがある。