インド映画夜話

ラジュー出世する (Raju Ban Gaya Gentleman) 1992年 159分
主演 シャー・ルク・カーン & ジュヒー・チャウラー
監督 アジーズ・ミルザー
"なあラジュー、ここはボンベイさ。落ち着くには時間のかかる街だよ"



挿入歌 Kya Hua (あいつはどうしたんだ)



 ダージリンの工大生ラジュー(本名ラージ・マートゥル)は、寺院でシヴァ神に必死にお祈りしていた…「どうか、大都会ボンベイで建築技師として成功しますように」…今、青雲の志を胸に、ラジューは大学卒業と共にボンベイへと旅立っていく!

 しかしボンベイは甘くない。
 頼りにしていた知人は夜逃げ、人の話を聞かない食堂のおじさんたちとは喧々諤々、「夜中にうるさい!」と長屋住まいの美女レーヌーに水をぶっかけられ、とぼとぼ退散するハメに。その後、シヴァ寺院に寝泊まりしていた辻説法師のジャイに元気づけられ、なんとかラジューは就職活動を開始していく…。
 そんな中、彼を冷遇したことを後悔するレーヌーと仲直りしたことをきっかけに、彼女との仲が急接近。彼女の父親のツテで図書館員の仕事にありつくラジューだが、さらに自分の能力にあった会社を探して走り回り、ついにレーヌーの勤め先であるゼネコンにて、念願の建築設計技師の就職を確定させる!

 大喜びで仕事に恋に、気のいい下町の人たちとの楽しい生活を満喫するラジューだったが、ひょんなことから社長令嬢サプナ・L・チャブリアに気に入られ、あれよあれよと出世。その内、サプナとの仲を疑ったレーヌーとの間にヒビが入り始め、会社幹部も彼を危険視し始める…。


挿入歌 Raju Ban Gaya Gentleman (ラジューは出世する)

*ラジューの建築技師就職内定を、下町の人全員でお祝いするの図。
 ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、キリスト教その他の信者がそれぞれに垣根を越えて、一様にラジューを応援し祝福する、コミュニティを越えたインド的一体感と「民族・宗教・人の平等」を歌い上げるシーン。
 この理想的で夢想的(かつ刹那的?)な美しい驚喜は、しかし映画後半ヘの伏線でもある。



 1992年に、5本のヒンディー語映画に出演して映画デビューを飾ったシャー・ルク・カーン主演のヒット作(*1)にして、黄金コンビのシャールク&ジュヒーの初共演作。本作は、1955年の「Shree 420」にインスパイアされた映画なんだそうな。
 日本では、1997年に一般公開。インド娯楽映画としては、実に43年ぶりの日本公開作品となったと言う。後の1999年にはNHK-BSで放送。なんでも、本作はカナダでも10年ぶりに公開されたインド映画になったそうで。

 今見ると、現在のボリウッドの持つリッチさがない低予算くさいのは、インドの経済開放直前の経済絶不調時代の映画だからか、テレビドラマ製作チームのクセか(*2)。
 当時のボンベイ(現ムンバイ)の就職難、貧困、そこから来る庶民の願望を体現する立身出世物語、下町の理想的コミュニティ具合と、現代日本に通じるような閉塞感が映像から匂って来つつ、それでもなお寓意的・楽観的な物語をこんなに軽快に表現できるってんだから、インド人はつおい。

 冒頭、シヴァの加護を受けて生まれたことをアピールしつつシヴァ神に「僕の夢を叶えてください!」と願うラジューが、ボンベイのシヴァ礼拝所で出会ったうさんくさいジャイによって人生を軌道に乗せ始め、ジャイの言葉通り様々な恩寵と困難を体験しながら、自分の夢と向き合っていくと言う映画的暗示も秀逸(*3)。それを取巻く下町の人々が、服装から名前から、ヒンドゥー・ムスリム・クリスチャンと様々な信者が混在しながら生活していて、その日その日を全員で楽しんで生き抜いていく姿もポジティブで清々しい。

 監督のアジーズ・ミルザーは、テレビドラマ出身の映画監督兼プロデューサー兼脚本家。
 70年代から役者やプロデューサーとして活動を始め、テレビドラマ「Nukkad」の1話監督を経て「Circus(サーカス)」でクンダン・シャーと共に監督に就任。この「Circus(サーカス)」で主演していたシャールクを迎えて本作で映画監督デビューすることになる。本作の大ヒットに続いて、同じシャールク&ジュヒー主演の「イエス・ボス(Yes Boss)」を手掛け、2人と共に映画制作会社ドリームズ・アンリミテッドを設立。「Phir Bhi Dil Hai Hindustani(心は今でもインド人)」「Chalte Chalte(歩き続けて)」と続けて監督するも、妻の死をきっかけに監督業を休止。その後、08年に「Kismat Konnection(運命のつながり)」で一時的に監督業に復帰している。

 主演のシャールク&ジュヒーのその後の活躍はご存知の通り。
 アミターブ・バッチャンに代わり「狂える若者」像を体現することになるシャールクは「テレビスターは大成しない」と言うレッテルをものともせず、ここからキングへの道をひた走るようになるし、本作公開時にはすでにトップスターだったジュヒーは、その美貌と演技力、ダンスパフォーマンスの高さから、これ以降も勢いに乗って1年に何本もの映画に出演していく人気っぷりを維持し、いまだに現役で引っ張りだこな名女優に君臨しているんだからスンバラし(*4)。
 これ一本で、日本でも人気を獲得したと言うジャイ役のナーナー・パーテカルの狂言まわしな芝居も粋ってなもんで、そのうさんくささが神様的でもあり、道化的でもあり、仙人的でもある。本人は、1951年マハラーシュトラ州ライガール県の画家の家出身で、自身も芸術学校卒。78年「Gaman(離脱)」以降、ヒンディー語・マラーティー語映画を中心に活躍中。91年には「Prahaar: The Final Attack」で監督デビューもしている。
 セカンドヒロイン(*5)のサプナ(夢の意)を演じたのはアムリター・シン。イスラム系シーク教徒の陸軍士官を父に持ち、母方一族には役者や大地主などがいる。83年のヒンディー語映画「Betaab」で映画&主演デビューして瞬く間にスターの仲間入りを果たし、数々の映画に出演。91年に12歳年下のサイーフ・アリ・カーンと結婚。第一子の出産後に映画界を離れるも、02年に「23rd March 1931: Shaheed(愛国者:1931年3月23日)」で女優業を再開。04年にサイーフと離婚してから精力的に映画界で活躍している。

 すでにこの頃からシャールクの早口芝居は健在で、それを説得づけるためか「すいません。水をもらいます」とプレゼン中に水を飲んでるシーンが何度か出て来るのが微笑ましい。あの、コースターみたいのを蓋代わりにコップの上に置いてるのは、インドでは普通のことなのか…?


挿入歌 Seene Mein Dil Hai (胸の中の心は)




受賞歴
1993 Filmfare Awards 脚本賞




「ラジュー出世する」を一言で斬る!
・嗚呼、石投げて カップルに当たる 大都市ボンベイ 字余り。

2014.10.24.

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*1 映画デビューそのものは、1月公開の「Deewana(熱狂)」になる。本作は11月公開。本作公開当時、シャールクは27才になったばかり!ご指摘頂いた所、インド本国ではそこそこの売上。単独主演作では初のヒット作止まりとのこと。(情報頂きましてありがとうございます!)
*2 会社のシーンとか特に。
*3 レーヌーとの仲直りの場面が同じシヴァ礼拝所である所もニクい。
*4 つい最近、「マダム・マロニーと魔法のスパイス」で、端役ながらハリウッド出演もしてました。
*5 …と言うほど活躍してないけど。