インド映画夜話

Raatchasi 2019年 136分
主演 ジョーディカ
監督/脚本/作詞 サイ・ゴウタムラージ
"大きな夢をつかむため、進むことをやめないで"




 その日ギーター・ラーニーが赴任してきた公立学校は、近所でも評判の問題校。
 生徒は何かにつけ暴れ始め、教師はそんな生徒を無視するかこき使うだけでまともな指導もしない。老朽化する校舎の修理・改築も行われず、校長不在の中で副校長は勤務時間も守らず賄賂を要求してくる始末。

 彼女は、早速朝礼の合図で全員を校庭に整列させると「私が、今日からこの学校の校長となりました」と宣言。学校運営の正常化に乗り出していく!!
 その後、数日のうちに教員・生徒全員の時間厳守を徹底させ、生徒の声を届けるシステムを作り、飴と鞭で生徒たちを一体化させていく。いつからか、朝礼で生徒たちは彼女の後について叫んでいた…「喜んで全てを学びます。一緒に学びます。勇気を持って学びます。それを世界に証明します!」
 生徒だけでなく教員やその家族たちの教育に対する意識改革が進んでいく中、この学校改革をよく思わない男がギーターの動きを監視させ、教育委員の監査役や暴漢を学校に送ろうと画策していた…。


挿入歌 Rekka Namakku


 タイトルは、タミル語(*1)で「悪魔」の女性形単語とか。「魔女」「鬼女」とかの意?
 その内容は、1989年のアメリカ映画「Lean on Me」をアイディア元にしているとの指摘がある。

 インドより1日早くアラブ、クウェート、英国で公開が始まり、インドと同日公開でシンガポールでも一般公開されたよう。
 2020年には、「Madam Geeta Rani」のタイトルでのヒンディー語吹替版もネット配信されている。

 学校そのものが学級崩壊している農村地域の公立学校を舞台に、主人公である新任校長が1人で学校改革に乗り出す話……と聞いて、熱血教師と不良生徒との対決ものかと思いきや、主人公の戦う相手はやる気のない教師、教育界、生徒たちを取り巻く地元政治団体、宗教団体、それらの意向に振り回される親をはじめとした親族たち、それら大人たちを操る政治家や経済人と言う「腐敗した世間」への抵抗を描く女性映画でありました。
 授業もまともに受けないで暴れまわっていた生徒たちは、主人公による学校改革が始まるとすぐに整列して先生のいうことを素直に聞いて、自分から学校イベントに働きかける前向きな子ばかりで、子供自体にはなんも問題はなく「素直に指導すれば、子供は自分から学びたがる」理想そのものとして描かれるところに、インドの子どもたちへの希望を見るべきか。どちらかといえば教育の最大の障壁としてかかれるのは、大人たちの損得勘定、政治的対立や排他的態度そのものであるとして、インド社会の縮図が学校に現れていると描かれているのが、日本のそれとは注目するところから違うなあ…と感心してしまいますよ(*2)。

 わりと、ほかの映画見てると体罰そのものを否定的には捉えてないインドなんだけど、本作では体罰やペナルティによって生徒を動かすことなく「1人1人の話を聞いて注目する」「大人の都合から生徒たちを離しておく」事ですぐに生徒たちが素直に授業を受けていく様は、スレてんだかスレてないんだかなインドの子供達の順応力の高さが見えてきて微笑ましか(*3)。
 本作とも共通して、他のインドの学校映画に見える、治外法権的に世間の軋轢から生徒たちを離して校内だけは「宗教的な差」も「階級的な差」「経済的な差」も無くして全員を平等に扱う理想的社会の実現させようと言う教育理念は、インドの現実に対する平和的抵抗の姿・インド発展の礎として、疑問を挟む余地もなく謳い上げるべきものなんですなあ…。振り返って、日本における学校映画の理想はどう描かれてるのかな…?

 本作が映画監督デビューとなるサイ・ゴウタムラージは、1986年タミル・ナードゥ州プドゥッコーッタイ県アランタンギ生まれ。
 英語の学士号を取得後、公立の映画&TV研究所を経て映画業界に入り、本作で監督&脚本&作詞デビュー。女性が中心的に活躍する映画に贈られるJFWアワードの監督賞を獲得して、マレーシアの文部大臣から顕彰を贈られているそうな。

 とは言え、生徒の自主性を尊重しつつも、高成績記録を残してトップに立てと語る主人公の「勝者こそ正義」の態度が、現代インドの教育の基本姿勢なのかどうかはわからないけど、多少「それはどうなの?」と思っていたその態度自体も伏線として徐々に彼女の背景が物語られて行くに従い、ただの教育批判映画ではなくしっかりと劇としての奥深さが発揮されて行く所も見もの。
 唯一学校で正常に授業を成立させていた老教師と主人公の関わり、政治家や経済人の腐敗に対して常に高潔さをアピールされる軍人への絶対の信頼感、子供達に注がれる主人公の愛情に隠されていた事実など、多少テーマ優先的な物語を彩る人情的な関わりを描く劇的効果が随所に発揮されてお話にアップダウンを作って行く映画的器用さを、新人監督作で発揮させる映画界の元気さが、ほんと羨ましい事ですわ。



挿入歌 Sigarame




受賞歴
2019 Behindwoods Gold Medal Awards 主演女優賞(ジョーディカ)
2019 Edison Awards 主演女優賞(ジョーディカ)
2020 JFW Awards 女性映画監督賞・女性映画主演女優賞(ジョーディカ)


「Raatchasi」を一言で斬る!
・整備されてない故か雑草ばかりの校庭って、学校関係者以外でも車やバイクで横切ってタイヤ痕つけても問題にされないのね…。

2023.6.30.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 最初、少しだけ生徒の前で大人相手に暴力的な脅しを使ってるけど。
*3 やや、理想化されすぎてる気もしないではないけど。