インド映画夜話

セクシー・ドゥルガ (Sexy Durga または S Durga) 2017年 90分(85分とも)
主演 ラージシュリー・デーシュパーンデー他
監督/コンセプト/編集 サナル・クマール・シャシダラン
"暗闇の鼓動を進む、油断できない旅路"




 今年も、女神ドゥルガーへの犠牲祭ガルーダン・トゥーカムの日がやって来た。

 その晩、北インド人のドゥルガーとムスリムのカビールの2人は最寄駅を目指してヒッチハイクしようと急いでいた。その2人を乗せる事にした2人組の男たちは、遠慮のない好奇の目を2人に向けて質問漬けにし続ける。
「あんた名前は?」
「どこへ行くんだ?」
「俺は彼女に聞いてるんだ。あんたは黙ってな」
「のど乾いてるのか? ほら水だ。飲めよ」
「俺たちは何もしないよ。駅までもうすぐだ。落ち着けよ。ほら、電話が鳴ってる。なんで出ないんだ? さっさと通話しなよ」
「俺たちが連れてってやるって言ってるだろ? おとなしく座ってろよ!!」


プロモ映像 Olichoraakasham


 短編映画出身のサナル・クマール・サシダーラン監督の、3本目となる長編映画。マラヤーラム語(*1)・サイコホラー…と言うか不穏なサスペンスというか、独特な手法に基づくアート映画。

 2017年度ロッテルダム国際映画祭を始め、世界中の映画祭で上映され、多くの映画賞を獲得。映画祭上映時は「Sexy Durga」というタイトルだったものの、インド国内公開時に「S Durga」に改められている。
 日本では、2017年の東京国際映画祭で「セクシー・ドゥルガ」のタイトルで上映。

 世界中の映画祭で絶賛されつつ、評判的には絶賛派と酷評派に別れるような好き嫌いのハッキリ分かれる作りの1本。
 なにしろ、脚本がないままシチュエーションだけ与えられた役者による即興劇を撮影したものということで、ハッキリした起承転結もないままに、ドキュメンタリー映像的な犠牲祭の熱狂パートと、夜中に出歩く男女に執拗に絡んでくる男たちの遠慮仮借ない好奇な目線パートが並列的に描かれていく。
 阿修羅を倒す女神ドゥルガーへの尊宗のために奇怪な苦行姿を見せつける人々の姿の衝撃と、駆け落ちしようとでもしている様子の女性へ何かにつけて話しかけ、触ろうとしていく男たちの双方の様子から、「さあ、色々考えて見てね!」と様々な読み解きを問いかけようとでもしてくる映画で、なにをもってタイトルは「セクシー」と言うのか、「女神」と「人間の女性」の間をつなぐ共通点と相違点はなんなのかを皮肉的に浮かび上がらせていく。

 監督&原案&編集を担当したサナル・クマール・シャシダランは、1977年ケーララ州トリヴァンドラム(現ティルヴァナンタプラム)県のペラムカダビラ村生まれ。
 大学では動物学と法学を専攻。学生時代からBJP(インド人民党)傘下のABVP(全インド学生評議会)に所属して秘書として活動していたものの、意見の対立からABVPを離脱し、弁護士として働き始める中でBJPへの批判的立場を表明していたと言う。
 その後、00年のマラヤーラム語映画「Mankolangal」で美術アシスタントを務めて映画界入り。仲間たちと映画協会カズチャ・チャラチトラ・ヴェディを01年に設立して、協会のクラウドファンディングによって同年公開の短編映画「Athisayalokam」で監督&脚本デビューする。12年の3本目の短編映画「Frog(蛙)」でケーララ州テレビ賞の短編映画賞を獲得。続く14年の初の長編監督作「Oraalppokkam」で、ケーララ州映画賞の監督賞とロケーション録音賞他多数の映画賞を獲得している。以降も、マラヤーラム語映画界で注目される映画監督として活躍中。日本では、17年度東京国際映画祭で上映された本作の後、5本目の長編監督作「水の影(Chola)」が19年度東京FILMEXにて上映されてもいる。

 昼から夜にかけての奇祭ガルーダン・トゥーカムの様子は土俗的ながら絢爛であり騒々しく、その熱狂が常にマックス状態。
 対して、駆け落ちのような男女の逃避行は常に暗闇の夜のさなか。爆音流れるチンピラのような男たちの車はむさ苦しく、積んでいる荷物も差し出される水も油断ならない危うさをはらむ。当初は男女2人に気を使ってか車内の照明もBGMも落としていた男たちが、女性への質問を次々に繰り出すようになるとだんだんと語気が荒くなり、疲れているであろう2人のことなど一切気にせず逃げ出す2人を追い回し、サイケなデコトラ状態の車内で奇祭もかくやな熱狂へと身を浸していく様は、滑稽でありつつ奇怪で怖気立つ混沌とした画面。最後まで男たちの態度が間違った善意の現れなのか、裏のある悪意からなのかわからないディスコミュニケーション状態なのも恐怖を加速させていくけれど、自分の好奇心が最優先されたコミュニケーションもそれ自体が恐怖ですなあ…(*2)。

 祭りの絢爛さと熱狂が、深夜ドライブの男たちのテンションの高さと同調していくラストの不穏さと皮肉たっぷりさはまあ、空恐ろしい人間の情動とそれを切り取る映像作家性を見せつけてはくれますが、そこに行き着くまでの即興的会話劇の、特に緩急のない緩やかな不穏さをどう読み解くかで、だいぶ受け取るものが変わってきそう…ではある。

メイキング


受賞歴
2017 蘭 International Film Festival Rotterdam 長編作品タイガー(最優秀)賞
2017 露 the Tarkovsky Film Festival 撮影功績賞
2017 アルメニア Yerevan International Film Festival 国際映画コンペティション部門金アンズ賞
2017 メキシコ Expresio´n en Corto International Film Festival 国際注目物語賞
伊 Pesaro Film Festival 若手審査員賞・特別功績賞
西 International Film Festival of Valencia 若手映画監督賞・若手映画音楽賞
スイス Geneva International Film Festival 金反射賞


「セクシー・ドゥルガー」を一言で斬る!
・なんで出てくる人間全員イライラした口調で、詰問調な喋り方しかできんのや…。

2022.4.9.

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*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 結局、最寄駅では降ろしてくれずにさらにドライブが続いていくのはもう、さあ…。