Spanish Masala 2012年 155分(160分とも)
主演 ディリープ & クンチャッコ・ボーバン & ビジュー・メーノーン & ダニエラ・ザチェル
監督 ラール・ジョース
"愛の料理を、ご賞味あれ"
16年前。デリーのスペイン大使館にて、スペイン大使フィリップ・デ・アルバの本国帰還決定と彼の娘カミーラの誕生日祝賀会が行われて、大使館で働くインド人たちもこれを(英語で)祝っていた。
その翌日。ケーララ州の学校では、英語嫌いの生徒チャーリー(本名カラ・ニカタン・チャーリー)が先生と衝突し、そのまま学校を去っていく。
これは、そんな彼を愛する彼の母親から聞いた物語。マラヤーラム語話者として、彼が見せた小さな勇気の物語…。
そして現在。
マラヤーラム語しか喋れないチャーリーは、長じてモノマネ芸人になってスペインのインド劇団で働くため首都マドリードにやってきた。しかし、格安のビザなし違法渡航の上に客を集められないまま転職を余儀無くされ、団長からもらったケーララ人の仕事斡旋事務所のメモをなくしてしまった彼は、スペイン語もわからない中で行き場を失ってしまう。ようやく発見したインドレストランに助けを求め、彼の大ファンだと言う店長マジードから「ここで働けば、少なくとも2ヶ月間は食事と寝床はタダにできる」と聞いてすぐさま料理修行を開始する!
シェフに転職したチャーリー発案の新メニュー「スペイン風マサラ」は大好評。彼の料理の刺激的な匂いは、偶然店の前を通りかかった女性カミーラ・デ・アルバ…16年前まで、デリーで暮らしていたスペイン大使の娘…の記憶をも刺激した事から、彼女の世話役であるインド人秘書メーノーンの依頼で、チャーリーはデ・アルバ邸住み込みのシェフに抜擢される!
しかし、デ・アルバ邸では、フィリップの姉マリアがインド文化やインド料理を嫌い遠ざけてしまっている他、過去の事件から視力を失っていたカミーラを甘やかすフィリップとの教育方針の違いから姉弟対立が激しく、さらにはカミーラ自身も父親を始め周囲に心を開かなくなってしまっていた……!!
挿入歌 Akkare Ninnoru (向こう岸から吹いてくる、小さな涼風は [昨日のことか今日のことか])
タイトルは、劇中で主人公が考案して大ヒットする「スペイン風インド料理」のこと(*1)。タイトル下には「TASTE OF LOVE」と副題もついている。
ほぼ全編スペインロケを敢行した、マラヤーラム語(*2)映画で、名匠ラール・ジョースの15本目の監督作(*3)。
インド映画初の、実際のラ・トマティーナ映像を使用した映画にもなったとか(*4)。
映画冒頭部以外はずっとマドリードが舞台で、実際にマドリードロケを敢行した他、ミュージカルシーンではウィーンロケも行ってるとか。
「人生は二度とない」が起こしたインドにおけるスペインブームに呼応(または同時多発的?)するように、フラメンコ、闘牛、マドリードの各観光地などがアピールされる、スペインの全面協力体制のもとで作られた映画でも…ある?
もっとも、タイトルから予想されるようなグルメ映画的な要素は少なく、主人公はじめ料理しているシーンはそこそこ登場するものの、あんまり料理そのものには注目せずに、「スペイン風インド料理」が表す両文化のミックスによる相乗効果、スペイン人たちがインド文化に出会うことで起こる文化的衝突と相互理解が、大使一族の家庭不和を解消していくいつも通りの家族再生物語を、異郷マドリードを舞台にして作り上げている感じ。
本作を手がけた監督ラール・ジョースは、1966年ケーララ州トリッシュール県マナプラム地区ヴァラパド村生まれ。
大学卒業後、映画界を志望してタミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)に移住。マラヤーラム語映画界の名匠カマル監督作である1989年のマラヤーラム語映画「Pradeshika Vaarthakal」で助監督を務めてから、助監督兼原案兼副監督としてキャリアを積み、1993年のカマル監督作「Bhoomi Geetham」で男優デビューもしている。
その後、映画プロデューサー サイヤード・コーケルに推されて1998年の「Oru Maravathoor Kanavu」で監督デビューしてロングランヒットを達成。以降、マラヤーラム語映画界にて、低〜中規模予算映画の中でヒット作を連発する中、2006年の監督作「Classmates(クラスメイトたち)」は、大スターなし・宣伝もほぼなしの状態でありながらその当時のマラヤーラム語映画史上最高興行成績を記録して、ケーララ州映画賞の人気作品賞を獲得する。その後も、マラヤーラム語映画界で数々の映画賞を獲得しながら活躍中。本作と同年公開の監督作「Diamond Necklace 」でプロデューサーデビューもした他、映画配給業も開始している。
主人公チャーリーを務めたのは、1967年ケーララ州エルナークラム県エダバナックカッドに生まれたディリープ(本名ゴーパラクリシュナン・パドマーナバーン。別名ディリープ・ゴーパラクリシュナン)。
大学在学中に、友人とカセットドラマを制作した事をきっかけに演技に目覚め、コーチ(旧コーチン)のカラバーヴァン(=芸術劇場の意)でモノマネ芸人として活躍。舞台からTV番組へと活動を広げつつ、映画界で助監督の仕事を始めて、1992年のカマル監督作「Ennodishtam Koodamo(僕と恋に落ちませんか?)」で"ディリープ"役でカメオ出演。1994年の主演作「Manathe Kottaram(空のお城)」でやはり"ディリープ"役を演じて、それをそのまま芸名として採用していく事となる。1996年の主演作「Ee Puzhayum Kadannu(この川の向こう側へ)」「Sallapam」の2本の大ヒットによって人気が高まりスターダムへ上り詰め、1999年の主演作「Chandranudikkunna Dikhil(月を昇らせるには)」以降、歌手としても活躍して、老若男女問わず高い人気を獲得。映画制作・配給以外では、イベント運営のための複合劇場施設"D Cinemaas"や、友人と一緒にレストランチェーン店"Dhe Puttu"を設立させていたりもする。
2002年の主演作「Kunjikoonan(小さなせむし男)」でケーララ州映画賞の審査員特別賞他を獲得後、数々の映画賞・人気賞も獲得している。2008年には、AMMA(マラヤーラム語映画芸術協会)の運営費用捻出のためにジョシィ監督とともに「Twenty:20」を製作(*5)して、ラール・ジョース監督作「Classmates」が築いたマラヤーラム語映画最高成績を更新する興行成績を樹立させてもいる。
しかし、2017年2月に女優バーヴァナに対する拉致・性暴行の容疑で逮捕され、様々な映画会員資格、自身のレストランや劇場施設の運営権を剥奪されている(*6)。
スペイン人ヒロイン(*7)のカミーラを演じたのは、1985年オーストリアのウィーンに生まれたダニエラ・ザチェル。
バレエ学校やブロードウェイ・ダンスアカデミーでダンスを習得し、ウィーン大学で演劇・映画・メディア研究を専攻。芸術学士を取得後、エセックス大学で演技特訓して芸術修士も取得している。
ウィーンのピグマリオン劇場で活躍する中、短編映画やMVに出演。2010年のTVドラマ「SOKO Donau」に出演後、2012年の本作で映画デビューする。以降、オーストリアのTVドラマや映画、舞台で活躍中(らしい)。
なんでも、当初は本作ヒロインとしてインドで活躍しているイギリス人女優エイミー・ジャクソンが予定されていたらしいけれど、スケジュールの都合で出演が叶わなくなって、ダニエラ・ザチェルが急遽ヒロインに抜擢されたのだとか。
スペインが舞台と言いつつ、インド人との会話は基本英語かマラヤーラム語で、スペイン語が「わけのわからない言葉」扱いされているのがなんとも(*8)。
そんな異郷にあって、お互いに助け合ってサバイバルするインド人たちの結束の強さ、生命力の強さは(ご都合的でありつつ)いつも通り。ヨーロッパに染まったインド人が嫌味なキャラとして登場し、周りのスペイン人キャラも基本意思疎通できない悪役か道化役となるのもいつもの事としておくべきか。
とは言え、そんなコミュニケーションの断絶を1つ1つ解決していく脚本の丁寧さが、最終的には悪役をほとんど改心させ「言葉さえ通じれば仲良くなれる」を実現させる、移民側のインド人視点による人の良心の融和を描くヒューマンストーリーへと昇華させていく。その1つ1つの丁寧さが、登場人物全員に活躍の場を与える目配せの広さをうながしていると同時に、お話的なたるさも作り上げているわけだけど、何かと言うと感情のままに身体が動くスペイン人とインド人の、身体感覚の共通性を浮かび上がらせるよう。マドリードの名所案内的な画面の中にあって、ケーララ人が堂々とスペイン人と渡り合っていく話芸的なスピーディーな会話劇は、ケーララ人のヨーロッパに向ける愛憎半ばな興味の表れでもありましょか。わりと、気が合いそうだよなあ…スペイン人とインド人って、とか勝手に思う外国人のわてくし。
まあ、その辺の文化衝突ドラマはともかく、画面的にはもっとお腹がすくようなスペイン料理とインド料理の画面が欲しかったよう。
挿入歌 Hayyo Hayyo (アイヨー・アイヨー)
「SM」を一言で斬る!
・「Knife」になんで「K」がつくんですか? って、やっぱケーララ人も英語のスペルが理不尽だって思ってるのね!(・∀・)人(・∀・)ナカーマ
2025.8.8.
戻る
|
*1 あんまり美味しそうに見えない…。
*2 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
*3 同じ年に、「Diamond Necklace(ダイヤモンド・ネックレス)」「Ayalum Njanum Thammil(彼と私の間)」の2本の監督作も公開されている。
*4 本作公開の前年2011年のヒンディー語映画「人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)」にもトマティーナが登場するけど、あれはあくまで映画撮影用にセッティングしたものってことね?
*5 ディリープは出演&プロデューサーを担当。
*6 この事件によって、マラヤーラム語映画界におけるウーマン・イン・シネマ・コレクティブ創設が具体化されていったと言う。
*7 と言うほど活躍してなかったけど。
*8 それなりにスペイン語会話も多く出てくるけども。
|