インド映画夜話

シークレット・スーパースター (Secret Superstar) 2017年 150分
主演 ザーイラ・ワスィーム & メヘール・ヴィジュ
監督/脚本 アドヴェイド・チャンダン
"私には、歌がある"




 グジャラート州ヴァドーダラー(別名バローダー)に住む15歳の少女インシア・マーリク(愛称インスー)は、その天性の歌唱力で将来歌手になるのが夢。
 しかし、母ナジマに日常的に暴力を振るう父ファロークが怖くて言い出せないまま、母親と友人相手に歌うのがやっとの毎日を過ごしていた。

 そんなインシアを応援する母親は、出場の叶わなかった学生音楽祭の代わりに無理をしてインシアに音楽祭の優勝商品と同じノートパソコンを与えてくれる。
 母のアイディアを元に、ブルカで素顔を隠したインシアは、父親に内緒で"シークレット・スーパースター"のハンドルネームで自身の作詞作曲した歌を動画サイトに投稿。瞬く間に謎の天才歌手として人気を得ていく事になり、無冠の帝王と称されるスキャンダルまみれの歌手シャクティ・クマールからの賛辞も受け取って幸せな毎日を過ごすように。
 だが、そんな彼女が塾で成績を落とし先生と衝突したことを知った父親は、彼女のギターの弦を切り捨て、無断で家財を切り売りしてパソコンを購入した母親を殴り飛ばし、そのパソコンを投げ捨てろと命じるのだった…!!


挿入歌 Main Kaun Hoon ([教えて] 私は誰なの?)

*私は月…それともその影? 私は消し炭… それとも燃え盛る炎? 雫…それとも、うなる波? 静かにするべきなの? 荒れ狂うべきなの?


 2016年の「ダンガル(Dangal)」で映画デビューしたザーイラ・ワスィーム主演の、父権主義家庭に生まれた少女の抵抗の物語、そしてそう言ったインドの現実と戦う母娘の物語となる、世界的大ヒットのヒンディー語(*1)映画。

 インドをはじめ、米国、オーストラリア、デンマーク、スペイン、英国、インドネシア、アイルランド、クウェート、スウェーデン、トルコ、南アフリカ、台湾、中国、香港、フィリピンなど世界中で公開。
 2017年度最高売上をあげたヒンディー語映画で、外国では特に中国で大ヒット。「ダンガル」に次いで中国国内でのインド映画売上第2位の記録を残している(*2)。
 日本では、2019年に一般公開。

 「ダンガル」が父権による強制的な社会改革とするならば、こちらは徹底的に父権主義の負の側面をあらわにし、「夢を見る自由」すら奪われる女性たちのありよう、そこから抜け出そうとあがく少女と母親の葛藤の物語となっている。
 ザーイラ演じる主人公インシアの歌声が、自身の「夢を求める姿」「自己実現の葛藤」を歌い上げる力強さを持てば持つほど、現実を変える力のない自分を見せつけられる哀しさ、それでも抵抗し模索することをやめない芯の強さを見せつける。
 超うさんくさい落ち目のスター シャクティ・クマール(*3)の作った凡作すぎるラブソングで「あなたの色に染まりたい」といういかにもな歌を歌うインシアの歌声そのものが、世の中を染め上げていく逆転現象の映画的転調具合が爽快でスンバラし。ホント、劇中歌がどれも印象的な上に、演じるザーイラ・ワスィームの演技力も相まって全てが愛おしい映画に昇華していってますことよ。

 監督を務めるアドヴェイド・チャンダンは、1987年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。
 07年のヒンディー語映画「Honeymoon Travels Pvt. Ltd.(株式会社ハネムーン・トラベル)」で助監督(&端役出演)として映画界入りし、同年公開のアーミル・カーン主演&初監督作「地上の星たち(Taare Zameen Par)」ではプロダクション・マネージャーを務め、10年にはアーミル夫人であるキラン・ラーオ初監督作「ムンバイ・ダイアリーズ(Dhobi Ghat)」でキャスティング・ディレクターやポスプロ監修、メイキング監督などをこなしている。
 その間に書き溜めた脚本を元に、アーミル・カーンの協力を得て本作で監督&脚本デビュー。その大ヒットによって一躍注目映画人になっている。

 インシアの母ナジマを演じるのは、女優メヘール・ヴィジュ(生誕名ヴァイシャーリー・サハデーヴ)。
 兄に男優ピユーシュ・サハデーヴ、ギリーシュ・サハデーヴがいて、09年に結婚した夫マーナヴ・ヴィジュも俳優(兼ホメオパシー医師)になる。
 03年のヒンディー語映画「Saaya(影)」にカメオ出演したのち、05年の「Lucky: No Time for Love」でクレジットデビュー。08年放送開始のTVシリーズ「Kis Desh Mein Hai Meraa Dil(私の心はどこの国へ)」以降TVドラマで活躍したのち、13年の「ロバ男(Pied Piper)」以降は映画出演が増えて、15年の「バジュランギおじさんと、小さな迷子(Bajrangi Bhaijaan)」でも母親役を好演。本作で、数々の助演女優賞を獲得している。

 インドをはじめ南〜中央〜西アジア圏(*4)における「歌」とか「詩」の存在感の大きさ、そこに込められた意味の力強さもバシバシ画面から溢れてくるところも注目ポイント。
 その声の持つ影響力、詩にこめられた意味に反応する人々の人生観、歌という娯楽が生活の中心にあることで生まれる幸福感、歌が人と人を結びつけ社会や個人を(ほんの少しだけ)動かしていく、そこにこめられる心の叫び…。原初的な生命力の発露としての歌と、抑圧されているが故に叫び出さずにはいられない詩の力(*5)、それを人に伝えるための道具として楽器や録音機材に加えてネットと言う現代機器のもたらす新たなコミュニケーション手段のあり方も、またいろんな意味を重ね合わせてくるよう。
 そんな新旧の価値観の狭間にあって、まずブルカという鎧であり結界であり抑圧であり唯一の安全圏を通してのみ歌を発表していたインシアが、目以外を隠していた姿から、口を露わにし、ついにはブルカを脱ぎ捨てていく姿が爽快でありつつ、その出来過ぎなサクセスストーリーに込められた願望、こうあればいいのにと人が期待する理想と現実の乖離の深さに込められている、希望と諦観の大きさも印象的である。

 そんな世代間の価値観の相違や衝突が続く現実の生活にあって、それぞれの登場人物たちがそれぞれにウソを装い、本音を隠してぎこちなくその日その日の幸福を築いていく様の、なんといじらしいことよ。そのウソが事態を悪化させてしまうこともありながら、相手を思ってのやさしいウソをつかずにはいられない、厳しい現実を生きる一般人たちのささやかな抵抗の姿が、なんともやるせなく尊いのです。
 だからこそ、間抜けなチャラ男を演じるアーミルのぶっ飛んだハッスル(死語)具合に笑わずにはいられないデスyooooーーー!

挿入歌 Meri Pyaari Ammi (大切なお母さん)

*お母さん的には、ミロのビーナスは子供の教育にはアウトなのか…w


受賞歴
2017 National Child Awards 特別業績賞(ザーイラ / 【ダンガル(Dangal)】に対しても)
2017 Screen Awards 有望新人女優賞(ザーイラ / 【ダンガル(Dangal)】に対しても)・助演女優賞(メヘル / 【あなたのスールー(Tumhari Sulu)】のネーハー・デュピアーに対しても)
2017 Zee Cine Awards 監督デビュー賞・音楽監督賞(アミット・トリヴェディ)・助演女優賞(メヘル)・悪役賞(ラージ・アルジュン)
2018 Filmfare Awards 批評家選出主演女優賞(ザーイラ)・助演女優賞(メヘル)・女性プレイバックシンガー賞(メグナー・ミシュラー / Nachdi Phira)
2018 Lion Gold Awards 助演賞(メヘル)
2018 Mirchi Music Awards 新人女性歌手・オブ・ジ・イヤー賞(メグナー・ミシュラー / Main Kaun Hoon)
2018 Bollywood Film Journalists Awards 助演女優賞(メヘル)・男優デビュー賞(ティルス・シャルマー)・音楽監督賞(アミット・トリヴェディ)・女性プレイバックシンガー賞(メグナー・ミシュラー / Nachdi Phira & Main Kaun Hoon)・作詞賞(カウサル・ムニール)
2018 News18 Reel Movie Awards 助演女優賞(メヘル)・女性プレイバックシンガー賞(メグナー・ミシュラー / Nachdi Phira)
2018 IIFA(International Indian Film Academy) Awards 女性プレイバックシンガー賞(メグナー・ミシュラー / Main Kaun Hoon)・助演女優賞(メヘル)


「シークレット・スーパースター」を一言で斬る!
・インシア演じるザイラーは、ギターをちゃんと弾いてる…のかしらん?(冒頭、手のアップばっかり映されるから疑ってたけど…)

2019.6.7.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 ウソかホントか、本作の公開以後に家庭内暴力を訴える警察への電話が、中国で急増したと伝えられる。
*3 演じるアーミル・カーンの楽しそうなこと!
*4 かつては東アジア圏でも?
*5 だからこそ、母親は音楽を唯一の趣味としていたし、シャクティ・クマールはバカを装いながら歌い続け、認められない俗物な歌を量産し続けたわけで。