インド映画夜話

ジャスミンの花咲く家 (Seethamma Vakitlo Sirimalle Chettu) 2013年 159分
主演 ヴェンカテーシュ & マヘーシュ・バーブ & アンジャリ & サマンタ
監督/脚本/原案/台詞 シュリーカーント・アッダーラ
"シンプルに、しかし美しく"




 村と同じ名前で呼ばれる、誰にでも笑顔を絶やさない"レーランギおじさん"は、常に村の中心。
 幸福な彼の家には、年老いた母親と妻、両親を亡くしながらなんでも世話を焼く元気な姪のシーター、そしてそれぞれに成長した子供たち…"ペッドゥ(=長男の意)"、"チンノドゥ(=次男)"、娘"チンニー(=末っ子)"がいる。しかし、子供たちと姪はそろそろ結婚適齢期ながら、なかなか人生思うように行っていない…。

 その不器用さから、ハイデラバードでの叔父の会社をクビになった長男は、一旦帰省して久しぶりに家族と再会。シーターが家族の中で一番に彼の帰りを喜ぶものの、なにをやってもうまく行かない自分に自信を持てない長男は、家族にもなかなか心を開かない。そんな彼のよき相談相手にされる無職の次男も帰省してきて、兄に呆れつつ面倒を見ているものの…。

挿入歌 Vaana Chinukulu (雨に濡れた私を、どうやって静められると言うの?)

*シーターが長男に、迫り来る雷雨を前に「空がシャッターを押してるから、一緒にポーズとらなきゃ」と誘って元気づけているロマンチックなシーンにかぶる、鮮やかなミュージカルシーン!
 広大なテルグの農村地域を背景に、移り行く空の様子を表現するかのような踊り手の衣裳に見える、雨(を喚起させる雲の白や草原の緑、太陽のオレンジ、大河の流れなど)がもたらす豊饒のイメージが鮮やかな一曲。

 原題は、テルグ語(*1)で「シーターの中庭にあるジャスミンの枝」。
 劇中、シーターと祖母(を初めとする家の女性たち)が世話をする、家の中央にある代々伝わる幸運の象徴として描かれるジャスミンを指すタイトルか。ジャスミンの花は、女性の正装時の髪飾りとして使われる他、香油や香水にも加工される日用品でもある?

 アーンドラ・プラデーシュの農村地域に住む、とある家族の触れ合いを通して描かれる家族愛に満ちた大ヒット・テルグ語映画。同年にタミル語(*2)吹替版「Anandam Anandame」も公開。2017年作の同名TVドラマがあるらしいけども、関係ない…のでしょか?
 日本では、2017年に南インド映画祭にて上映。

 家族アルバムをひも解くようなOPで始まる本作は、まるで朝ドラの編集版を見るかのようなのんびりさと平和さ。ラスト近くまで劇的な展開もなく家族間のすれ違いを淡々と描いてエピソードを消化して行くので、若干眠気との戦いになりかけたものの、それぞれの散りばめられたエピソードが1つに結びついて、変化して行く家族の有り様が大団円に向かうラストの展開は、それまでのゆるやかな展開を補ってあまりある感情の揺さぶり具合。いやはや参りました…映画はやっぱ、最後まで見てこそ真価が分かるってもんでネ!(*3)

 97年の「愛と憎しみのデカン高原(Preminchukundam Raa)」の頃でも、大学生役に無理がある感じだったヴェンカテーシュは、本作では仕事が長く続かない気難しい無職青年を演じて、うん、まあ、それっぽいかなあ。気難しさオーラは素晴らしかったですよ、うん。
 その長男とは全然似てない次男演じるマヘーシュ・バーブは、本作では自分でも他人からもイケメン扱いされるモテモテ男。その長身と長い手足を存分にアピールし、人懐っこい表情を武器にチャラ男を気取るヒネクレ青年を演じていい味出しておりましたが日本人から見てイケメンかどうかが、映画終了後にひそひそ語られてましたっけ。
 次男とのロマンス劇を演じる親戚ギーターを演じるサマンタは、この映画の撮影中に体調不良によって数ヶ月女優業を休まざるを得なくなり、そのために映画の完成も長引いてしまったとか。劇中ではそれを感じさせない元気な姿で暴れ回ってくれてるけど、活躍の場が限定的な気がするのは、やっぱその辺が原因になってしまったのかも?

 本作の監督を務めたシュリーカーント・アッダーラは、アーンドラ・プラデーシュ州西ゴーダヴァリ県レーランギ生まれ(*4)。
 助監督として多くの映画に参加する中で映画プロデューサーのディル・ラージュと意気投合。2人が参加した「人形の家 (Bommarillu)」での仕事の後、ディル・ラージュに背中を押されて初監督作「Kotha Bangaru Lokam(新たな黄金期)」の脚本を書き上げ、ディル・ラージューのプロデュースのもと08年に監督&脚本&作詞デビューする。
 大ヒットした本作が2本目の監督作となり、フィルムフェア・サウス監督賞ノミネート。この映画の脚本を手掛けるにあたり、「インドの伝統的家族観と変転して行く社会」をテーマにヤナム(*5)や東ゴーダヴァリ県の村々の家族たちを取材して、劇中の家族関係を組み上げて行ったと言う。

 ヒロインの1人、唯一劇中家族の中で固有名が出てくるシーターを演じるのは、モデル兼女優のアンジャリ(本名バーラーティリプラスンダリ。別名バーラー)。1987年アーンドラ・プラデーシュ州東ゴーダヴァリ県ラゾール生まれ。
 タミル・ナードゥ州チェンナイの大学で数学の学位を取得しつつ、短編映画数本に出演。俳優志望だった両親の希望を聞いて女優活動を開始する。モデル業の傍ら数作の映画出演契約を交わすも、なかなか実現まで行かない事が続くも、06年のテルグ語映画「Photo」で映画&主演デビューを果たす。
 翌07年には「Kattradhu Thamizh(文学修士)」でタミル語映画デビューして、フィルムフェア・サウス新人女優賞他を獲得。その後はタミル語映画界を中心に活躍範囲を広げて行き、08年には「Honganasu」でカンナダ語映画に、11年には「Payyans」でマラヤーラム語映画にもデビューしている。
 本作は、07年の「Premalekha Rasa」以来となるテルグ語映画出演で、フィルムフェア・サウスのテルグ語映画助演女優賞ノミネートとナンディ・アワード特別批評家選出主演女優賞ノミネートの2つに選出されている。

 テルグ語圏の地方の生活文化のありようが濃厚に映し出される映画にあって、主役家族がそれぞれニックネーム的に「おじさん」「母さん」「長男」「次男」としか呼ばれないことで、どこかの特定家族の話と言うよりは、テルグ語圏の田舎のどこにでもいる理想化された不特定な家族像を描いている映画でもある。
 なんと言う事は無いありふれた家族の日常が、かくも美しく、悲喜こもごもに、それを構成する個人個人が家族と言うよりどころによって、互いに反発し合ったり尊重し合ったりを繰り返し、かくも生き生きと人生を生きているのだと見せつけるテルグ万歳な映像的麗しさは、娯楽映画の中でよくぞここまで成立させましたと言う静謐なさわやかさ。つい、その日常を実際に覗きにテルグ圏に行きたくなる魅力満載ですわ。
 ま、その日常を支える女性たちの家事労働が多彩で忙しそうであるのに対し、男たちが常にヒマそうにしてるように見えるのは、平和な家族の未来として大丈夫なのかなあ…とか思うは思うわけですが。うむ。

挿入歌 Meghallo (結婚式の楽団が [空を轟かしているぞ])

*この歌でも、結婚式の喧噪が天気の急激な変わりよう(+その後の事件への伏線)に仮託され、それによる恵みで花開く自然の美しさを、新郎新婦はじめ一族みんなの幸福の象徴として描いて行く。まさに、インドの伝統的詩的表現の発展系の美しさ。
 色とりどりの衣裳や装身具、飾り付けの色彩も、そう言った仮託表現を強調するもの…でしょか。

受賞歴
2013 Filmfare Awards South テルグ語映画主演男優賞(マヘーシュ・バーブ)・テルグ語映画女性プレイバックシンガー賞(K・S・チトラ / Seethamma Vakitlo Sirimalle Chettu)
2013 Nandi Awards 家庭用注目作品金賞・作詞賞(シリヴェンネラ・シータラーマ・サストリー)・助演男優賞(プラカーシュ・ラージ)・批評家選出特別賞(アンジャリ)
2014 South indian International Movie Awards テルグ語映画主演男優賞(マヘーシュ・バーブ)・テルグ語映画女性プレイバックシンガー賞(K・S・チトラ / Seethamma Vakitlo Sirimalle Chettu)・テルグ語映画作詞賞(アナンタ・スリーラム / Seethamma Vakitlo Sirimalle Chettu)
2014 TSR - TV9 National Film Awards 男優・フォー・ザ・イヤー・2013賞(マヘーシュ・バーブ)
2014 Santosham Film Awards 女性プレイバックシンガー賞(K・S・チトラ / Seethamma Vakitlo Sirimalle Chettu)


「SVSC」を一言で斬る!
・さまざまに物語構造的にラーマーヤナを引用する映画にあって、タイトルで示される"ジャスミンとシーター(の庭)"との、神話的な寓意とかはなんかあるのだろか、とか気になってきて…(歌とかである程度、それっぽい説明は入るけど)

2017.10.6.

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*1 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 当たり前の事を、さも新発見のように言ってみるヨ!!
*4 本作の舞台と一緒!
*5 アーンドラ・プラデーシュ州内にあるポンディシェリ連邦直轄領。