インド映画夜話

SANJU/サンジュ (Sanju) 2018年 161分
主演 ランビール・カプール & アヌーシュカ・シャルマー他
監督/製作/脚本/原案/台詞/編集 ラージクマール・ヒラーニー
"こんな人間、どこにいる?"




 2013年。
 ヒンディー語映画界の大スター サンジャイ・ダット(通称サンジュ)は、1993年のムンバイ連続爆破テロ関与疑惑の裁判にて、5年間の懲役刑判決を言い渡される。

 製作中の映画撮影を考慮して、実刑まで1ヶ月の猶予を許されたサンジャイは、子供達が「テロリストの子供」と呼ばれる懸念を払拭するべく、妻マーニヤターの提案を受けてテロ関与を否定する自分の伝記出版を計画。数ある候補者の中から、有名なロンドン在住の伝記作家ウィニー・ディアズにこれを依頼する。
 ウィニーは、テロ疑惑の俳優を扱うハイリスクから一旦は依頼を断ろうとするものの、サンジャイから「1時間だけ話を聞いて欲しい。1時間で俺の人生がどれだけ波乱万丈で書くに値するものかどうか、わかるだろうから」と言われて一旦答えを保留する。彼の語る過去の思い出と、取材を通して聞かされる彼に関わる人々の思い出とは、微妙に噛み合わない部分を露わにしつつ、サンジャイ・ダットの人となりを徐々に暴いていく…


挿入歌 Kar Har Maidaan Fateh (戦い抜け)


 スキャンダルには事欠かない実在のボリウッドスター サンジャイ・ダットの半生をもとに、フィクションを交えながら彼の人生を描き出すヒンディー語(*1)+英語映画。

 インド本国に先駆けてスイスとクウェートで、インドと同日公開でオーストラリア、デンマーク、フランス、英国、アイルランド、ノルウェー、ネパール、シンガポール、米国など世界中で公開し大ヒット。
 日本では、2019年に一般公開。

 人気絶頂の映画スターを両親にもち、金と名声と女に一切不自由しない環境で生まれ育った俳優サンジャイ・ダットが、だからこそ身を持ち崩し、両親との相克を乗り越え、友人たちとの結束を固めつつ、無責任な世間のバッシングに運命を翻弄される様を描く一代記。
 …とはいえ、物語はサンジャイ本人が語る思い出を、伝記作家がさらに関係者視点からの練り直しを交えて語っていく人生劇なので、そっくりそのままサンジャイ・ダットなる人物のドキュメントというわけでもない。後半はっきり顔をもたげてくる「メディアによる世論誘導と、根拠薄弱な歪曲情報」というテーマに対する、「この映画だって、真実とは違うけどね」と言うアンビバレンツが「映画論」とか「メディア論」を喚起させていく仕組みなのは、さすがラージクマール・ヒラーニー監督作ってこと…?(*2)

 とにもかくにも、この映画のとんでもないところは主役サンジュ演じるランビール・カプールの演技力。
 まさに「イっちゃった」ような眼力、表情芝居、身体全体から表されるサンジャイ・ダットそのもののオーラ。どこまでもランビール・カプールの顔を維持しつつ、画面から発揮されるどこまでもサンジャイ・ダットそのものの雰囲気の2重写しっぷりが凄まじい。
 サンジャイとともに、ランビールもまた両親ともに映画スター出身のサラブレットっていう意味では、演技力以上にキャスティングそのものにも2重写しが意識されていそうなもんだけど、そんなの気にならなくなるほどの各時代のサンジュの変遷を、肉体改造しまくりで演じきる覚悟完了っぷり(*3)は、画面見てるだけで口あんぐりですわ。
 キャスティングの妙で言えば、サンジャイの母ナルギス役に同じく癌治療でアメリカに渡っていたマニーシャー・コイララが当てられてるのなんかも、ランビールと同じくかなり意図的というか意地悪だなあ…というか(*4)。癌から生還して癌治療支援活動をしているマニーシャーが、スクリーンの中で癌で物故された大女優であり主人公の母であるナルギスを演じるのは、なんというかもう…。

 ま、基本破天荒なサンジュを通した親子愛や友情劇をメインにした、舞台裏もの映画という所なので、親子の関係性や親友・悪友との時代を越えた結びつきをノスタルジックに描く本作は、母親ナルギスを徹底的に優しき母として、婚約者や妻、妹たちはサンジュ目線でのそれなりの役割を与えられてるだけって感じもしなくもなく、話の中心は常に男同士の友情や父子対立とその和解がクローズアップされているかのようではある。
 どうしても男目線になるは、まあ"あの"サンジャイの破天荒な回顧録ってことだからなあ…と思えてしまうのが、凄いんだか恐ろしいんだか。
 そんな中にあって、サンジュを理解しようと奔走する語り手でもあるアヌーシュカ演じるウィニー・ディアズが、サンジュ以外の視点によるサンジュの人生を書き出し比較していくミステリー的な展開が、いい牽引力となってグイグイ映画を引っ張っていくのがなんとも楽しい。
 後半に浮かび上がる、世論誘導によって個人の運命を翻弄するメディア批判の姿勢が、ラストにしっかりしたオチをつけて収束させているあたり、つくづく理詰めの物語構成力の突き抜けたレベルの高さに唸らされますですよ。
 色々危ないネタを回避しつつも、「これ本人が見たらなんて思うかな…」ってシーンもなきにしもあらずって感じなのに、全体としてはきっちり起承転結が綺麗に決まった多重的な物語論映画になってるのは、やはりストーリーテラー ヒラーニー監督作としての太鼓判って感じの一本でしょか。そりゃあ、これ見たサンジャイ・ダットが感動して監督とランビールを抱きしめたというのも宜なるかな。うん。

ED Baba Bolta Hain Bas Ho Gaya (そりゃ乱暴だ!)

*ある意味ネタバレ注意の、サンジャイ・ダット本人との共演エンディング・ミュージカル!


受賞歴
2018 豪 Indian Film Festival of Melbourne 作品賞・監督賞・先駆者賞(ランビール)・助演賞(ヴィッキー・カウシャル)
2019 Zee Cine Awards 主演男優賞(ランビール)・助演男優賞(ヴィッキー・カウシャル)・読者選出作品賞
2019 Filmfare Awards 主演男優賞(ランビール)・助演男優賞(ヴィッキー・カウシャル)


「サンジュ」を一言で斬る!
・俳優という人種の回顧録映画、って意味では「千年女優」との比較とかして見たら面白そ。それにしても、インドの刑務所はやっぱり怖いいいいいいいい…!!!!!

2019.6.21.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 この辺は、多少過去作以上に理屈っぽい感じはする。
*3 義手義足技師による外部的な肉体改造もあったとか。
*4 マニーシャー本人も、当初このキャスティングにはやや難色をしめしていたそうな。