インド映画夜話

サタン ~悪魔の通り道~ (Shaitan) 2011年 128分
主演 カルキ・ケクラン & ラジーヴ・カンデールワール & グルシャン・デーヴァイヤー他
監督/脚本 ビジョイ・ナーンビヤール
"内なる悪魔を、見せてみな"






 L.A.帰りのエイミー(本名アムリター・ジャイシャンカル)は、幼い頃に精神病の母の自殺を看取ったトラウマをきっかけに、亡き母への異常執着と閉所恐怖症を抱えるように。父と義母はそんな彼女と衝突ばかり…。

 狂乱のホーリー祭の日、パーティーで知り合った大学院生K.C.(本名カラン・チャウダリー)に招かれて、仲間の喫茶店店員でヤクの売人ダッシュ(本名ドゥシュヤント・サーフー)、ゲーマーの大学生ズビー(本名ズビーン・シュロフ)、姉から(半ば無理矢理に)女優修行させられているターニヤー・シャルマーと知り合うエイミーは、彼らに混じって酒とドラッグに溺れる大騒ぎの毎日。そんなある夜、量販店から大量の売り物をかっぱらって大通りをK.C.の車で暴走していた一行は、気づいた時にはスクーターもろとも2人の人間をひき殺していた…!!

 この事件を追う警官マールワンカルは、彼らに事件のもみ消しのため25ラーク(ラーク=10万。つまり250万ルピー)を用意しろと脅迫。その費用捻出のため一行はエイミーの狂言誘拐を実行するが、事態は思わぬ方向へ迷走していくことに…。

 この(狂言)誘拐事件を担当するのは停職中だった警官アルヴィンド・マートゥル。婦女暴行事件をもみ消そうとした大物政治家を、2階から突き落としたことで停職させられていたアルヴィンドは、不仲の妻との乗り気のしない離婚協議中。私生活も荒んだ状態の彼は、その能力と警察全体の汚名返上故に復職を乞われ、しぶしぶながらも捜査に専念するため妻の元を去る。
 それぞれの思惑が混乱した事態を生み出す中、彼らに待っていたもの。それは…


挿入歌 Josh




 タイトルは「サタン」のアラビア語読み、つまり「悪魔」。
 ショートフィルム界から出てきた新進気鋭の映画監督ビジョイ・ナーンビヤールの初監督作にして、アニュアル・カラーズ映画賞にて新人監督賞を受賞した傑作。
 プロデューサーの1人には、「Dev. D」などの映画監督の他、製作・役者として活躍するアヌラーグ・カシャプ(*1)が参加していて、本編冒頭に「薬で人生止めますか? 薬止めますか?」みたいな注意喚起で顔出してきたり。
 日本では、2017年よりNetflixにて「サタン ~悪魔の通り道~」のタイトルで配信されている。

 アメリカン・ニューシネマを彷彿とさせる、無軌道で享楽的・刹那的な現代インドの若者たちの喧噪の日々を描いた映画かと思いきや、中盤以降から物語は警官アルヴィンドも巻き込む群衆劇に変わり、ラストはエイミーの精神世界を暴いていく独特の美意識に彩られた重厚な映像を積み上げていく。撮影・編集・脚本・音響・演出・演技…その全てにおいて「新しいものを生み出してやる!」と言う気迫に満ち満ちた新世代映画。
 マジで、もっと早く見ておけば良かった!! …と思えるほどのスンバラしき作品ですよ!

 主役級のエイミーを演じるのは、「Dev. D」で衝撃デビューを飾りフィルムフェア助演女優賞を獲得したカルキ・ケクラン(*2)。本編でもその複雑な内面性を見せる役を演じきって各女優賞を獲得しとります。ブルカかぶって「ニンジャー」とか言ってるカルキ可愛い。うん。
 裏主人公(?)の警官アルヴィンドを演じたのは、役者・TVプレゼンター・モデルとして活躍するラジーヴ・カーンデールワル。映画出演はこれが2作目。
 K.C.役のグルシャン・デーヴァイヤーもやはり映画出演2本目(実質1本目?)の若手。ファッションデザイン学校を卒業して俳優界に入って来た人だそうで。
 ターニヤー役のキールティ・クルカルニーも同じく映画出演2本目。演劇やCM、ミュージックビデオ等で活躍していた女優で、この「Shaitan」の成功で2013年には4本の映画に出演しているとか。
 ダッシュ役のマッチョマン、シヴ・パンディトは映画初出演。TV番組やCM、ショートフィルムで活躍の後、本作で映画デビューして数々の新人賞にノミネートされた。なんかその長身とムキムキ具合が、所々でソヌー・スードを彷彿とさせる人ですわぁ…。
 主要人物中、ズビー役のニール・ボーパーランが最も多い映画出演経験済みの映画俳優で、本作ではスクリーン・ウィークリーのアンサンブル配役賞にノミネートされている。

 劇中、様々な特徴的撮影を編み出す撮影監督は、タミル映画界で活躍するR・マディ。
 垂直にグルグル回って人物をカットインさせるアングルの妙や、人物の目線そのものの動きをトレースするカット、水中撮影やコマ落しなどの様々な撮影効果の取捨選択具合が小気味良いくらい軽快で、新鮮な映像感覚を造り上げている。中身入りボトルで人間の頭を殴りつけるシーンなんてどうやって撮影したんだろう…(*3)。
 そのシーンにあったカメラ機材を皆で試行錯誤しながら組み立ててる感じが、映画製作を楽しんでます感をいやが上にも掻き立ててくれる。楽しそうな現場だなぁホント。

 物語的にも、それ以前のインド娯楽映画の定型を意図的に外しながら別の側面を生み出していくような映画で、インド映画界に新たな潮流が生まれ始めてるのを実感する一本。
 家庭不和、友情の崩壊、事物の推移の救われなさ、世間や大人社会への不信と処世術、人々の堕落一直線の生き様……様々な側面が、多くのボリウッド映画ではあえて描かれない物事でありながら、ラストのエイミーのトラウマの正体へと帰結するシークエンスの積み上げ方はまさにインド映画的で見事。そのシーンの舞台に、光が柱のように差し込む暗い教会を持ってくるあたり、他の国の映画ではここまでの映像効果を造り上げることができるだろうか…とまで思えてしまう。
 物語の救われようのなさ(それなりのフォローはされてるけど)が、好き嫌いの別れる所ではあるけれど、なかなか新鮮な映画体験の出来る一本。


OP Nasha




受賞歴
2011 Idea Filmfare Awards BGM賞(ランジート・バーロート)
2012 Anuual Colors Screen Awards 監督デビュー賞・BGM賞(ランジート・バーロート)・撮影賞(R・マディ)・音響デザイン賞(クナール・シャルマー)
2012 Zee Cine Awards BGM賞(ランジート・バーロート)
2012 The Global Indian Film and Television Honours 助演女優賞(カルキ・ケクラン)



「Shaitan」を一言で斬る!
・カルキ、意外と可愛い!!

2013.8.10.
2017.8.5.追記

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*1 本編で主演しているカルキと、2011年に結婚していたりする!
*2 両親共にフランス人で、インド生まれのインド人女優。
*3 メイキングでも、合成とか特殊撮影とかなしで直接殴りつけてるように見えるんだけども…。