インド映画夜話

Singham 2011年 142分
主演 アジャイ・デーヴガン & カージャル・アグルワール
監督 ローヒト・シェッティ
"聞いたか? 見たか? 理解したか? 村の中でお前が怒鳴ったことで、何が起きたのかを!!"




 ゴアのコルヴァ署警部ラケーシュ・カダムが不正金横領の容疑で告発された。
 メディアの一斉攻撃の中、容疑を否認し続けるラケーシュは「息子には、父は正しい人間だったと伝えてくれ」と妻メガーに言い残して自殺してしまう。事件を初めから見ていたメガーは、記者を前に夫を死に追いやったのはゴアを裏で操る誘拐ビジネスのドン ジャイカーント・シュクレであると訴えるのだが…!!

 同じ頃、ゴアとの州境近くマハラーシュトラ州シヴァガード村の人気警部バージーラーオ・シンハムは、父親の友人ガウタムの娘カヴィヤ・ボースレーと知り合い、彼女の悪戯の数々に振り回されつつも距離を縮めて恋仲になっていくが、彼女はすぐ家族とともにゴアへと引っ越していくことに。
 数日後、3年前の殺人事件捜査のために村に呼びつけられたジャイカーント一党は、ラケーシュ警部の件と同じく金の力で事件をもみ消そうとするものの、怒るシンハムの声に同調した村人たちの暴走に恐れをなし容疑を認めざるを得なくなる。この事件解決によって、カヴィヤの住むゴアのコルヴァ署への栄転が決まったシンハムだったが、新しい職場で彼を迎えたのはなんとジャイカーントその人!!「ようこそ、我がジャイカーントの支配地へ。政府も警察もオレの思い通りに動くこの場所で、前の警部のようにお前を陥れてくれるわ!!!」


挿入歌 Singham (シンハム)

*もう、ここまで来るとアジャイ・デーヴガンと言うスーツを着た特撮ヒーローだよシンハム!!


 2010年に大ヒットしたタミル語(*1)映画「Singam(ライオン)」の、ヒンディー語(*2)リメイク作。
 インドのほか、英国、アイルランド、マレーシアでも公開。ただし、インド国内では、劇中にカンナダ人に対する蔑視があると抗議の声が上がり、カルナータカ州ではいくつかの映画館で公開中止になった。マレーシアでも、問題のシーンを削除したバージョンが作られたとか。
 興行成績では製作予算を大きく上回る大ヒットを記録し、2014年に続編「Singham Returns(シンハム・リターンズ)」も公開している。
 もとのタミル語映画「Singam」は、本作と同年にはカンナダ語(*3)リメイク作「Kempe Gowda(警部ケンペ・ゴウダー)」、ベンガル語(*4)リメイク作「Shotru」も作られていたりする。

 ヒロインを務めたのは、ムンバイ出身でテルグ語(*5)・タミル語映画界の大スターとして活躍するカージャル・アグルワールで、ヒンディー語映画への出演は映画デビュー作「Kyun! Ho Gaya Na...(一体なにが起こったの…!)」以来2作目で初の主演作になる(*6)。

 ラストの展開以外、基本的骨格は元映画からそこまで変更はなく、前警部の復讐、警察・政府の腐敗による悪の複雑さ、超絶漫画アクションあたりが追加または強化されている映画。
 「ダバング(Dabangg)」の影響下にあるようなサウステイストなボリウッド・アクションながら、ミュージカルが少ない、アクション以上に会話劇によって話が進んで行くところに、10年代前半のボリウッドの流れが透けて見えてくるような、そうでもないような。もちろん、一番の違いは主役アジャイの持つ雰囲気と眼力が、元映画のスーリヤの若さと純粋さとは異なる方向へ発揮されていることだけども。
 撮影のほとんどは、劇中舞台と同じくゴアの名所で撮られたとかで、ゴアの観光名所案内としても有用な一作…なのかな?

 監督を務めたローヒト・シェッティは、1973年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)生まれ。父親はスタントマン兼男優のM・B・シェッティ。母親ラトナ・シェッティも助監督や子役で映画界で活躍していた人とか。
 17才でアジャイ・デーヴガンのデビュー作「Phool Aur Kaante(花と棘 / 91年公開作)」に助監督として参加して映画界入り。助監督として活躍して行く中、やはりアジャイ・デーヴガン主演作の95年公開作「Haqeeqat(真実)」でアクション・アシスタントも担当している。
 03年の「Zameen(郷土)」で長年共に働いてきたアジャイを主演に立てて監督(&アクション撮影)デビュー。2本目の監督作「Golmaal」が大ヒット・コメディシリーズとして08年、10年、17年と続編が次々公開。このコメディ・シリーズの間に位置する本作で、新機軸のアクション映画監督としても名声を博して…いるのかしらん?
 本作以降、アクション監督も手がけるようになり、本作の続編「Singham Returns(シンハム・リターンズ)」からはプロデューサーや脚本も手がけている。本作でスターダスト・アワードの大ヒット監督賞を受賞し、以降いくつかの映画賞を獲得している。

 ローヒト監督がコメディ映画で培ったと思われる、漫画アクションの数々が本編でもポリスアクションの中に次々と仕込まれて、車という車が飛ぶわぶつかるわ火を吹くわ。それ関連のシークエンスはとにかくインパクト大で真面目なシーンなのに笑えてくるから大したもの。
 その分、脚本のせいか演出のせいか、主役コンビのパフォーマンスは少し窮屈そうに見えてしまうのはアクションにしろダンスにしろコメディにしろ、パーツが分かれすぎてるのとそれぞれの見せ場が短いかだらだら長いのが原因…か? 超絶アクションは楽しいんだけど、車吹っ飛ばす爽快感に比べ、シンハムが暴れる身体的アクションの爽快感が弱いのもネックですかねえ…。
 その中で一番パフォーマンスを発揮してるのが、元映画と同じ役を担当してるプラカーシュ・ラージ! 大仰かつひょうきんな悪役をやらせると本当に画面が締まる演技力を見せつけてくれますわ。この演技だけは元映画よりパワーアップしてる感じで、そのラストの決着のつけ方も哀れさを誘う悲哀が醸し出されててナイス(*7)。

 にしても、劇中ハッキリとは出てこないことだけども、タイトルでもある"シンハム"という名前が主人公の父親にもついてる名字だったっていうのが一番のビックリどころですわ。
 元映画ではあくまでニックネーム的な扱いだった気がするけど、"シンハ"って名字があるから"シンハム"って名字があってもおかしくはない…のか?

挿入歌 Maula Maula (我が主よ [あなたに感謝を])

*Maulaとは、クルアーン(=コーラン)に登場するアラビア語由来の単語で、「主」「王」「守護者」の意。文脈によっては「相続人」「親友」「保護者」「師匠」と宗教的意味合いなしでも使われる単語とか。


受賞歴
2012 International Indian Film Academy アクション賞(ジャイ・シン・ニッジャール)・悪役賞(プラカーシュ・ラージ)
2012 Stardust Awards 大ヒット監督賞


「Singham」を一言で斬る!
・やっぱりインドでは、宗教儀式中の携帯呼び出し音は迷惑なんだね!(どこでも迷惑だわそりゃそーだわ)

2018.8.24.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 企画段階では、オリジナルヒロインを演じたアヌーシュカ・シェッティにオファーしたものの、強固に出演拒否されたそうな。
*7 まあ、そこまでに超極悪非道なことやってますけど。