インド映画夜話

Solo 2017年 154分(タミル語版は152分)
主演 ドゥルカン・サルマーン
監督/脚本/原案 ビジョイ・ナーンビアール
"虚空なる無限の空にて、そを身体とし盾として、神は四大元素を産み出したり"
"万物の創造全て、これ神の御技"
"おお…シヴァこそは偉大なり"




World of Shekhar (Blind Love) / シェーカルの世 (愛は盲目) 39分
主演 ドゥルカン・サルマーン & サイ・ダンシカー

 雨の夜、シェーカルは交通事故を起こした。
 そこから遡ること4年前…。視覚障害の大学生ラディカが、同級生のシェーカルへ愛の告白をした事件は男子学生たちに大きな衝撃を与えた。友情と愛情の間に揺れるシェーカルは最初こそぎこちなくラディカと付き合い始めるも、それから4年間、2人は順調に愛を育み続けて行く。
 しかし…交通事故で意識が混濁しているシェーカルの眼は、その後に起こった出来事を見つめ続ける…!!


World of Trilok (The Cyclist) / トリロクの世 (自転車乗り) 29分
主演 ドゥルカン・サルマーン & アンソン・ポール & アールティ・ヴェンカテーシュ

 その日、ジャスティンは義父の運転する車と衝突して大怪我を負った女性を助けようと、必死に病院を目指していた。しかし、義父は自分の体面を気にして女性を置いて逃げるべきだと命令する。そうこうする中で、女性は「トリロク…」と言い残して動かなくなり、ジャスティンは義父に言われるまま女性を置き去りにしてしまう…。
 それから4年。義父亡き後、順調に仕事をこなすジャスティンはある日、不慮の事故で車ごと投げ出され瀕死の重傷を負ってしまう。そこに駆けつけて彼を病院まで搬送した男によって一命をとりとめたものの、彼の目は、搬送中に男の車に飾られていた写真に釘付けになる…あの、自分が見捨てた女性の写真に…。


World of Shiva (Ties of Blood) / シヴァの世 (血の絆) 38分
主演 ドゥルカン・サルマーン & ローハン・マノージ

 少年時代に家族と諍いを起こした母が縁を切られ家を出て行った後、シヴァは街のギャングボス バドランの元で働くギャングメンバーに成長して、妻子とともに弟シッドゥを世話していた。
 酒浸りで暴力的な父とも袂を分かったシヴァ兄弟だったが、ある日、その父親がムンバイからきたと言うギャングボス ヴィシュヌに殺されたと知って、妻ルクの止めるのも聞かずに復讐に走り出す…!!


World of Rudra (The Affair) / ルドラの世 (ある出来事) 40分
主演 ドゥルカン・サルマーン & ネーハー・シャルマー

 陸軍学校の学生ルドラ・ラーマチャンドランは、今日も個人的要件で父親の准将に呼び出される。
 いつまでも、別の准将の娘アクシャラー・スンダラジャンとの恋人関係を止めないルドラが、毎度彼女のお見合いに乗り込んで問題を起こすために双方の家は怒り心頭。ルドラの父だけが彼の味方となって事を収めてきたものの、スンダラジャン家はついに娘をオーストラリアの大学に通わせる事を決定する。しかし、2人はなお愛を貫くことを固く誓い合うのだった…。
 それから4年…訓練中のルドラは、同僚たちを前に語り始める「以前、アクシャラーに会いにオーストラリアまで行ったけれど、彼女は迎えてくれなかった。彼女は変わってしまったんだ…」


タイトルソング The Journey of Solo


 ビジョイ・ナーンビアールの5本目の監督作となる、オムニバス・マラヤーラム語(*1)映画。本作は、ナーンビアール監督のマラヤーラム語映画デビュー作でもある。
 同時製作で、一部キャスト替えされたタミル語(*2)版も作られて同時公開。
 その4つのエピソードは、共通してドゥルカン・サルマーンが主人公を演じ、シヴァ神の持つ属性(とテーマカラー)となるそれぞれの「水(青)」「風(白)」「火(赤)」「地(緑)」をモチーフとしている。

 マラヤーラム語版公開に際して、監督の同意なく4つ目のエピソード「World of Rudra (The Affair) 」の結末が変えられて公開されたそうで、その展開に批判が集中して監督へ質問が殺到したために、監督自身が「自分で作ったフィルムを支持する」とツイートする騒ぎになったそう。

 公開後の2018年には、テルグ語(*3)吹替版「Athade」が、ヒンディー語(*4)吹替版「Tatva」も公開。

 2013年の「デイヴィッド(David)」では旧約聖書のダビデ王伝説をモチーフにしたナーンビアール監督が、本作ではヒンドゥー教におけるシヴァ神の数々の側面を再構成して贈るオムニバス現代劇として製作した一本。そこに描かれる4つのエピソードは、似たようなキーワードを含みつつも、基本的にお話し同士のつながりはない独立したエピソード群となっている。

 最初のエピソードの主人公「シェーカル」と言う名前もシヴァに関連づけられた名前だそうで、「頂点」とか「究極」の意味で(解釈される)シヴァの呼び名として使われることもあるそうな。
 シヴァと「水」と言えば、すぐにシヴァの「頭頂」に座する女神ガンガー(*5)のことというのは理解できるので、そこをモチーフにしている第1のエピソードが、男(シヴァ役)と女(ガンガー役)の恋愛を通した同一化を描いていくのは「ああ、そういう風に作っていくわけね」と納得しながら見ていくことができる美しさ。

 …とか油断していると、続く第2のエピソードの強烈などんでん返しとそこに描かれる激烈な感情の渦に「まいりました!」とひれ伏したくなるインパクト。
 「トリロク」という名前は、仏教やジャイナ教にも派生した「三界」の意味だそうで、宇宙を構成する3段階の世界を支配するシヴァの威容を指す名前? ヴィシュヌ神話にも三界を三歩で跨いだ伝説があるけど、それとは別にシヴァにもそんな伝説ってあるんやろか?(*6)
 劇中で言及される「三人の人生」、それとは微妙に異なる「主要三人物」「人の一生をたどる誕生・成長・死の三場面」などなどに対応させた名前でもあるか。「風」…と言うか、ルドラ時代からシヴァが司る「大気」の変容具合の大きさを、人生のままならない因果に対応させた物語のスバラしい完成度が唸らせる。このエピソードだけ、ドゥルカン・サルマーン演じるトリロクは、主人公格であっても第2主人公って感じ(*7)。

 第3のエピソードは、マサーラー映画とかでもよくあるギャング抗争ものの物語ながら、親子関係が強調され、主人公シヴァと敵対する相手役のギャングボスが、ムンバイを拠点にする「ヴィシュヌ」になってるのはものすごい示唆的。家族の断絶なんかは、ガネーシャ神話とかも関わって…くんのかなあどうかなあ(ただの深読み)。
 火神アグニとも同一視されると言うシヴァながら、このエピソードは「火」と言っても「聖火」よりは「鉄砲の火花」と「血の赤」がメインモチーフとなり、やはり親子関係の因果が登場人物に襲いかかってくる構成。複雑な読後感が支配するなんとも言えない無常観もトンデモね。言語に関する知識がないので、いまいち分かってないけれど「父さん」「母さん」の呼び名の変化もわりと重要モチーフとなっているよう。

 最後のエピソードは、軽めのラブコメと思わせておいてのどんでん返しが鮮やかなお話で、家族関係・恋愛関係への言及はシヴァもしくはその前身となる暴風神ルドラとなにか関わりがあるんだろうけど…その辺はよくわからず。
 今回見たのは、テルグ語吹替版なのでラストを変えたと言うマラヤーラム語版と同じ展開なのかはわからないけど、まあ色々と意味ありげなラストではあるかなあ…と言う感じ。そこに見える、図らずも崩壊し・なお再生していく家族の有様は、世界の破壊と再生を促すシヴァの機能そのものとは言える…か。

 4つの物語は4つとも、30〜40分程度の長さで軽快なテンポで進みながら、あっと言わせるどんでん返し構造で話の最初と最後がガラッと変わる構造。
 繰り返される「4年の歳月」「回り続ける車輪」「家族の結びつき」「それぞれの愛の形によって変容していく人間関係」「人生の因果応報」が、ままならない運命なるものに翻弄され続ける人の有様を描いているようで、それでもそれぞれの出来事に一喜一憂する人生の美しさをあらわにしていく。様々な喜怒哀楽を飲み込んで、各エピソード冒頭と映画の最後に唱えられる祝詞に込められた、数多の感情の渦こそが映画表現のもっとも得意とするところでありましょうか。

挿入歌 Women of Solo (English)


受賞歴
 


「Solo」を一言で斬る!
・各エピソード冒頭に出てくるシヴァ・イラストの、なんと刃牙かJOJOっぽい(タロットカードっぽい?)絵柄であることよ…ハッッ!! 日本マンガとインド映画の共通点がここにも!!

2020.10.23.

戻る

*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*5 ガンジス河の水源とされるガンジス河そのものを司る女神。
*6 単純に抽象的な尊称の意味っぽいけど。
*7 どの視点で物語を見るか、ではあるけれど。