インド映画夜話

Surkhaab 2015年 100分
主演 バルカー・マダン(製作も兼任)
監督/脚本/原案 サンジャイ・タルレージャ
"ここに来て4年。4年間で、私はどう働けばいいかすらまだわからない"
"…ただ、どうすれば生き残れるかを知ってるだけ。ただ、それだけ"




 その日、インド人女性ジートはカナダのトロント国際空港にいた。
 インドからカナダへの不法入国を請け負ってくれた業者によってカナダ入国を果たすも、協力者であるはずの業者は姿を見せず、その知り合いと言う男によって彼女を含めた不法入国者たちは、すぐにどことも知れない小屋に監禁され、その夜中にやって来た警官から必死に逃げ出すことに…。

 ジートの弟がカナダに出稼ぎに行ってから、8年。
 いつ警察に捕まるかと言う恐怖の中、やっとの思いでその弟パルガットが働くインドレストランにたどり着いたジートだったが、再会を喜ぶのも束の間、弟は数人の外国人たちとルームシェアする自宅の前で突如何者かに誘拐されてしまう!
「だれか! だれか警察に!! 弟が連れ去られたの!」
「待って!! とにかく待ってください! 落ち着いて! …警察はダメ。ダメだ」
「そうだ!! 警察はダメだ!なにか別の方法で彼を探せ。なんせここに住む者は皆…不法入国者なんだ。警察が来たら、捕まるのはオレたちの方だ!!」
「じゃあ、弟は…弟はどうなるの!?」


プロモ映像 Home Jeet (Theme)


 タイトルは、ユーラシア〜地中海地域に生息する渡り鳥アカツクシガモの英語名。
 越冬のためにインドやエジプト、中国南部や東南アジア(*1)にまで飛来する鳥のさまを、不法移民たちの境遇になぞらえたもの?(*2)
 グローバル化が進む社会の裏で広がる不法移民をテーマに、その中で翻弄される主人公の姿を描く印加(+米国)合作のヒンディー語(*3)映画。

 不法移民と言う、今の世界情勢ではとにかく刺激的かつセンシティブになりがちなモチーフを描きながら、不法移民にならざるを得ない主人公始めとしたインド人たちの人生と、不法移民故に移住先の国の公権力や社会保障からはじき出される不安にさいなまれる人間像、そんな移民たちを利用し搾取しようとする闇市場の暗躍の恐怖を見せつけていく一本。

 オープニングから、偽パスポートで入国審査を受ける主人公ジートの不安を表現するような高圧的なカナダ人たちや曇天のトロントの様子を見せていき、移民たちの外国への羨望と希望が、徐々に不安と先の見えない恐怖に変わっていくさまを、スピーディーなドキドキ感でグイグイ描写していく所は見事。
 合間合間に、フラッシュバック的に故郷(アムリトサル郊外)での不法移民業者との接触からカナダ行きを決断するまでの様子を、シークエンスごとに徐々に過去にさかのぼって見せていく所なんかは「メメント」的でもあって「ほーん。面白いことしてるネ」って感じ。
 しかし、そのサスペンスな盛り上がりは弟バルガットの誘拐からトーンダウンし、主人公の周りで暗躍する犯人像がハッキリしてからはなんとなく火サスのノリで「TV映画かなにかですか?」ってくらい盛り上がらない安心設計映画になってしまって「見る前に期待してたのと、なんか違う」違和感ばっかが続いてしまいましたですよ。犯人たちの目的に大どんでん返しがあるんだろうなあ…と期待してた分、肩すかし感がハンパなくてエンディングも「それでいいの?」って感じのまとめ方なのが哀し。
 ま、この一本だけで不法移民の全てを描くとか、移民問題になんらかの解答を導き出すなんて無理なのは百も承知だけど、前半の盛り上げ方が良かった分、それが最後まで続かなかったのは惜しいなあ…。

 主役兼プロデューサーを務めたバルカー・マダンは、1974年パンジャーブ州の軍人家庭生まれ。
 英文学を修了してモデル業を初め、アイシュワリヤー・ラーイやシュスミタ・セーンとともに1994年度ミス・インディア選抜に参加してファイナリストにまで残り、同年のミス・ツーリズム・インターナショナルでも次点候補まで勝ち残る。
 そのモデル界での活躍から数々のオファーを受けて、96年の「Khiladiyon Ka Khiladi」で映画デビュー(?)。前後して、TVショーやTVドラマでも活躍していく。
 その後、独立系映画プロダクション ゴールデン・ゲート・LLCを起ち上げ、そのプロダクション製作となる本作でプロデューサーデビューして複数の映画賞も獲得している。
 熱心なダライ・ラマ支持者である彼女は、12年に正式にチベット仏教に改宗し、本名をヴェン・ギャルテン・サムテンと改めたと言う。

 多文化主義で移民に比較的寛容なカナダでは、中華系とともに南アジア系移民も多いとかで、劇中のインド人移民たちの苦悩もある程度リアルに描写されているようだけど、その中で不法移民について擁護するのか非難するのか曖昧な所も、本作の印象の薄い部分になってしまうか。
 まあ、印加合作映画と言ってもヒンディー語映画なので、結局はインド人視点でのカナダ描写にはなってしまっているんだろうけども。

プロモ映像 Des Mera Pardes Hua


受賞歴
2013 スペイン マドリード国際映画祭 プロデューサー注目賞(バルカー・マダン&ヴィヴェーク・クマール)
2013 WorldFest Housuton 注目作品賞
2016 ジャカルタ World Film Awards 編集賞(アルチット・D・ラストーギー& Golden Gate Creations)


「Surkhaab」を一言で斬る!
・カナダの入国審査の英語の早口なこと…。聞き取れる自信ナッシングですわ。

2022.8.12.

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*1 少数ながら日本にもやって来るそう。
*2 それを示すように、ポスターやタイトルなどには鴨らしきシルエットが描かれている。
*3 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。