インド映画夜話

Tere Bin Laden 2010年 94分
主演 アリー・ザファル & プラドゥマン・シン
監督/脚本/原案 アビシェーク・シャルマー
"今日、最初のニュースです。当局にビン・ラディンからのメッセージ映像が届きました。アメリカは、この脅迫に立ち向かうべく、対抗作を実行中です…"
"はい、カット! もう1テイク行ってみよー!"






 パキスタン最大の都市カラチに住むジャーナリストのアリー・ハサン。
 彼の夢は、アメリカのTV局で一旗揚げる事。しかし、9.11から一週間、ようやく復活した米国便での満を持しての渡米中にハイジャック犯と間違われて強制送還。その後は何度申請を出しても米国ビザは降りず、違法入国を勧める業者からは法外な手間賃をふっかけられるばかり…。

 7年後。アリーはアングラTV局"ダンカーTV"のレポーターとして、カメラマンのグルと一緒に退屈なローカルニュース撮影に走り回る毎日。そんなある日、偶然カメラに映ったウサーマ・ビン・ラディンそっくりの男に驚愕!! スクープと賞金目当てでその男を捜し出そうとするも、男はビン・ラディンその人ではなく、よく似たそっくりさんの養鶏業者ヌーラだった!
 しかしアリーはあきらめない。相棒グルを始め、アラビア語がわかる編集マンのラティーフ、メイクアップ業で美容室を開く事を夢見るゾーヤー、七色の声を持つ反米主義ラジオDJのクレーシーを巻き込んで、ここぞとばかりにヌーラをビン・ラディンに仕立て上げ、米国大統領への宣戦布告映像を作ってダンカーTVオーナーに売りつけて大儲けしようと計画する!


プロモ映像 Ullu Da Pattha (あの悲鳴を上げてるガキ [あいつはハンサムなマヌケ野郎だ])

*歌うは、主演のアリー・ザファル&歌手シャンカル・マハデーヴァン。


 タイトルはヒンディー語(*1)やウルドゥー語(*2)で「ラディンなしには」(*3)。Binを人名と解釈すると「お前はビン・ラディン」の意味になる二重タイトル。
 2016年には、続編となる「Tere Bin Laden: Dead or Alive 君はビン・ラディン:デッド・オア・アライブ)」が公開されている。

 パキスタンの人気ポップシンガー アリー・ザファルのボリウッドデビュー作であり、アビシェーク・シャルマーの監督デビュー作でもある、パキスタンを舞台にしたナンセンスコメディ。
 そのため、使われてる言語はウルドゥー語がメインで所々にパンジャーブ語(*4)やアラビア語(+アメリカ人たちのシーンには英語)も入ってくる。
 国同士は仲の悪い印パも、映画では共通理解できてるのが微笑ましいけれども、その過激なネタ故に、パキスタンではタイトルが検閲に引っかかって劇場公開されなったらしい(*5)。インド以外では、アメリカとロシアでも公開されているそうな。

 新人や若手キャストとスタッフによる新人お披露目コメディ映画ながら、その人を喰ったかのような軽快な物語と、とにかく主演アリー・ザファルとヌーラ演じるプラドゥマン・シンの愛嬌たっぷりの演技が楽しい良作。ネタがネタだけに、すぐブラックな風刺コメディに転がりそうな所を、ブレる事なく軽快なお馬鹿コメディに落とし込んでる職人技は、世のコメディ映画は見習うべきだよ!

 主役を演じたアリー・ザファル(生誕名 アリー・ムハンマド・ザファル)は、1980年パキスタンのパンジャーブ州ラホール生まれ。
 大学教授の両親のもと、大学でファインアートを修了後にホテルに勤めて素描画家として働きつつ、2003年にアルバム「Huqa Pani」でミュージシャンデビュー。瞬く間にトップアーティストとして人気を獲得する。
 本作がボリウッドデビューながら、すでにパキスタンで人気のシンガーソングライターとしてTVドラマやミュージッククリップ出演しているためか、コメディ演技は危うい所もなく軽快かつノリノリで余裕すら感じられる安定ぶり。脚本を気に入って出演を快諾したと言う本作でも、音楽監督シャンカル=イーサン=ロイの元で4曲の歌も担当して、数々の映画賞で新人賞ノミネートされた。
 本作で一番重要な役でもある偽ビン・ラディンことヌーラを演じるのは、監督とは同窓生でもあり、長い長いオーディションの末に映画デビューとなったプラドゥマン・シン。本作でIIFAインド国際映画批評家協会賞のコメディアン賞にノミネート。その愛嬌とビン・ラディンそっくりの風貌あっての映画でもある本作では、まさに屋台骨的存在感を十分に発揮。

 劇中の舞台はほとんどカラチのみながら、撮影そのものはムンバイとハイデラバードにセットを組んで行なわれたそうな。そのための小道具大道具はリアルなパキスタン風に作られ、インド映画ではよくあるパキスタンをおちょくったり過剰にシリアスだったりするステレオタイプが排除されているのもポイント。実際のパキスタン人であるアリー・ザファルを迎えた事もあって、コメディ劇の背景としてしっかりきっちりパキスタンの下町を描ききってるのがインド映画としては珍しい(*6)。鶏の声コンテストなるものはインドでも実際あるらしいんだけど、3DCGの鶏たちの大舞台ぶりに笑ってたけど、ヌーラの鶏の入場シーンの大仰さとカッコ良さにビックリですよ!w
 パキスタンの日常がリアルに描かれるのに対して、アメリカ側は完全におちょくられてるバランスも楽しすぎる。ビン・ラディン捜索でM.I.6ばりにカラチの地下水道で無理矢理の尋問室作ったり、勝手に弾道ミサイル攻撃したりとやりたい放題な所が、印パから見たアメリカのカリカチュアとして爆笑ものだから困りますわ。


挿入歌 Kukudu

*偽ビン・ラディン映像で儲けた大金を使って、それぞれのメンバーが自分の夢を実現するの図。
 ゾーヤーが開業する美容室の最初のお客となる近所の女の子が、笑顔でポーズとってても目が笑ってないのがコワヒ…w







「TBL」を一言で斬る!
・ここに宣告する! もし日本語で吹替えするなら、クレーシー役は山寺宏一さん"なしには"ありえぬ!

2016.11.4.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を俗にボリウッドと言う。
*2 パキスタンの国語で、インドではジャンムー・カシミール州の公用語。主にイスラム教徒の間で使われる言語。
*3 「愛なしには」「貴方なしには」みたいな、恋愛映画で使われまくってる常套句w
*4 北西インド パンジャーブ州の公用語で、パキスタンのパンジャーブ州の共通語の1つ。
*5 なにしろ、本作公開の翌年2011年3月、パキスタンへの通告なしに米軍がパキスタン国内に潜伏中のビン・ラディンを突然襲撃殺害して、国を揺るがす大騒ぎになったしね…。
*6 まあ、どれほどリアルなのかは実際に行った事はない私にはわからんけど。