インド映画夜話

Thugs of Hindostan 2018年 164分(120分編集中国公開版もあり)
主演 アミターブ・バッチャン & アーミル・カーン & ファーティマー・サナー・シェイク
監督/脚本/作詞 ヴィジャイ・クリシュナ・アチャーリヤー
"放浪者よ…行くべき道を見定め、自由を求めよ"




 時に1795年。
 インドは、英国の東インド会社によって多くの国が支配下に置かれ、唯一ラウナクプル王国を残すのみとなっていた。
 そこに乗り込んできた英国人将校ジョン・クライブは、計略によってミルザー・シカンダル・ベーグ王を始めとした王族を皆殺しにして王宮を占拠してしまう。ただ1人、戦士クダーバクシーに救出された幼いザフィーラ王女のみを残して…。

 それから11年。
 ザフィーラは、インドの自由のために東インド会社と戦うアーザード(自由の意)と名を変えたクダーバクシー率いる反乱船団の元で、戦士として成長していた。
 彼女らが組織する海賊船に悩まされる東インド会社は、英国軍に協力して小銭稼ぎをする小悪党フィランギー(異邦人の意)・マッラーをスパイに仕立て上げて、アーザード率いる反乱者たちの間に潜り込ませるのだが…。


挿入歌 Vashmalle (陽気にやろうゼ)


 日本公開作「チェイス!(Dhoom 3)」を手がけたアチャーリヤー監督3本目の監督作となる、架空戦記ファンタジー史劇大作のヒンディー語(*1)映画。
 意外なことに、本作はアーミルとアミターブの初共演映画となったそうな。

 インド本国に先立ち、フランス、英国、ニュージーランドで公開が始まり、インドと同日にオーストラリア、カナダ、ドイツ、デンマーク、アイルランド、クウェート、オランダ、米国他でも公開。
 「きっと、うまくいく(3 Idiots)」や「ダンガル(Dangal)」などのアーミル主演作が大ヒットした中国公開に際しては、主演アーミル・カーン自身による特別編集版が制作され、アーミルを前面に押し出したプロモーションも行われていた。

 イギリスによる植民地支配が広がり始める時代を舞台にして、架空の王国残党と東インド会社との戦いを描くファンタジー史劇な一本。
 低評価が目立つインドの評判に反して、実際に見てみたらわりと軽快な冒険活劇映画になっていて、アーミル演じる飄々としたフィランギーのトリックスターぶりがお話を盛り上げる、なんとなく白黒映画時代の冒険映画を彷彿とさせる古き良き映画スタイルを醸し出す一本でありました。

 まあ、たしかに画面的に「バーフバリ(Baahubali)」への対抗意識めいたものを感じないではないし(深読みでしかないですが)、過去のアーミル主演作「ラガーン(Lagaan)」の成功要素や「Mangal Pandey: The Rising(マンガル・パーンデーイ)」の失敗要因を生かそうとしている風にも見えてしまう所(深読みでしかないですが!!)は鑑賞の邪魔になりそうな感じではあるものの、老練なる海賊首領を演じるクダーバクシー役のアミターブの風格、サイレント映画スターのような演技を目一杯魅せてくれるフィランギー役のアーミルの油断ならなさなんかは、一見の価値ありまくり。主役補正もありまくりなお話ではあっても、それぞれの信条に従った誇りとともに生きる海賊団の面々の立ち回りのカッコ良さや対立具合、インド映画では珍しい海洋冒険劇的な船上での戦いを見せていくアクションの絵面なんかも、なかなかのもんでっせ。

 主役フィランギーを演じたのは、言わずと知れた名優アーミル・カーン(生誕名ムハンマド・アーミル・フセイン・カーン)。
 1965年マハラーシュトラ州ボンベイ(現ムンバイ)生まれで、父親は映画プロデューサーのターヒル・カーン。叔父の映画監督兼プロデューサー兼脚本家のナシール・カーンを始め、親戚に著名な映画人が並ぶ映画一族出身。弟ファイサル・カーン、従弟イムラーン・カーンも男優として活躍中。
 叔父ナシールの監督作となる73年のヒンディー語映画「Yaadon Ki Baaraat(記憶の連なり)」などに子役出演して映画デビューするも、学生時代は売れない映画プロデューサーだった父親とともに困窮生活を強いられることもあったとか。両親からは映画人ではなく医者かエンジニアになることを勧められつつ、州代表レベルのテニスプレイヤーとして活躍。一方で、親に内緒で友人のアディティヤ・バッタチャルヤーの短編映画「Paranoia」に参加したことをきっかけに演技に目覚め、劇団アヴァンターに参加して舞台演劇を経験。高校卒業後に、本格的に映画界を志して叔父の監督作「Manzil Manzil」の助監督として働くことで映画界に参入する。
 ドキュメンタリー映画を介して映画監督ケータン・メヘターに見出されて、84年のメヘター監督作「Holi」で本格的に男優&歌デビュー。88年の従兄マンスール・カーンの監督デビュー作「Qayamat Se Qayamat Tak(破滅から破滅へ)」で主演デビューし、翌年公開のバッタチャルヤー監督作「Raakh(灰)」とともにナショナル・フィルムアワード特別賞他多数の新人賞を獲得し、一躍トップスターに名を連ねる。以降、ヒンディー語映画で大活躍し、史上初めて米国アカデミー賞外国映画賞ノミネートに選出されたインド映画となった「ラガーン(Lagaan)」では主演の他プロデューサーデビューもしていて、1作ごとにボリウッド業界を変革させる"アワードキラー"として、その完成度への追及から"ミスター・パーフェクト"としての名声を獲得。12年からは、TV討論番組「Satyamev Jayate(真実こそが勝利する)」にも出演し続けて社会活動にも積極的に参加。TIME誌選出の2013年度「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれている。

 監督を務めるヴィジャイ・クリシュナ・アチャーリヤーは、ウッタル・プラデーシュ州カーンプル出身。
 TVドラマシリーズ「Sonpari」の脚本&1話監督を経て、04年のヒンディー語映画「Dhoom(騒音)」で劇場公開作の脚本&台本デビュー。05年の「Bluffmaster!」で作詞デビューしつつ、08年の「Tashan(スタイル)」で監督デビューする。2作目の監督作となる13年のアーミル主演作「チェイス!(Dhoom 3)」が世界的ヒット。そのプロモで東京国際映画祭にアーミルとともに招待されていました。
 本作は、これに続く3本目の監督作となる。最初本作の主役オファーは、アーミルではなくリティック&ディーピカに出していたそうな。

 基本的に、登場人物全員架空の人物で、これと言った特定の歴史的事実をもとにしているものではないので、歴史考証もそんなに難しいツッコミとかは不要な気楽な映画ではある(*2)。
 とにかく圧巻なのは、マルタで造られたという巨大帆船セットでの撮影や大々的な海蝕洞窟諸島を根城にしている海賊団たちのシーンを撮ったタイロケの風景のすごさ(*3)。そこを飛び回るワイヤーアクションの数々で、アミターブにしろアーミルにしろ撮影中に重傷を負ったりしつつも重たい衣裳で八面六臂の活躍してくれるんだから、その画面的贅沢さはただただ口ポカーンで見てしまえまする。決めシーンに必ず一声かけて飛び去る鷹(鷲?)もカッコええぞ。うん。

 アクションや衣裳風俗、ロケーションやセットの美しさやどこかセピア色調の撮影も美しく史劇大作にふさわしいスケールなんだけど、インドでウケなかったのはやはり急いだ感のあるキャラ同士の情感描写の薄さでしょうか。
 従属を強いられるインド人側のまとまらなさをあざ笑いながら、アーザードが信条と語る「信頼」に希望を見出していく主人公フィランギーの心の内の変化や、アーザードへの心酔具合が、わりと簡略に描かれてしまってる感じなのが総集編映画とかシリーズ映画の序章的な感じに見えてしまう部分もあり。前面で活躍するアーミルとアミターブのオーラに食われて、ヒロインを含めて他のキャストがたいして目立ってないって配分具合もそれを助長させてしまう(*4)。
 まあ、その辺はスター映画や古き良き冒険活劇への回帰を目指したからかも…と、深読みできないこともない。映画全編、話は深刻でもなんとなくカラッと乾いた明るい雰囲気で作られている軽快な映画なので、どこをとってもスッキリ見れるサービスの効いた作りになっている感じ。自分で「異邦人」と名乗るフィランギーの飄々さ、敵味方を手玉にとって口八丁で渡り歩く胡散臭さは、もっと他でも見たくなるので、本編に入りきらなかった外伝エピソードとかあると、実はより面白くなる映画だったり…しないかなあどうかなあ。

挿入歌 Suraiyya (スレイヤー! [君のための死んでみようか?])


受賞歴
2019 Indian Recording Arts Awards ヒンディー語映画ミキシング賞(アヌージ・マトゥール & サム・K・パウル)

2020.1.3.


「TH」を一言で斬る!
・征服者側であるイギリス人たちも、ちゃんとヒンディー語を喋ってるのはエライ!(まあ、イギリス征服下のインド人部下にも理解できるようにしないといけないしね!)

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 歴史的には、舞台となる年代にもインド亜大陸ではまだ多くの地域で独立勢力や藩王国はあったし、フランス領インドやポルトガル領インドとの対立も続いていたよう。まあイギリス優勢なのはその通りだけど。
*3 なんでも撮影中に大蛇が出て大騒ぎになったとか…。
*4 ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブとか、イラー・アルンとか意外な名優がキャスティングされてるのに!