インド映画夜話

妻は、はるか日本に (The Japanese Wife) 2010年 105分
主演 ラフール・ボース & 高久ちぐさ & ライマー・セーン
監督/脚本 アパルナ・セーン
"いつか貴方がインドに来て、僕も日本に行けたなら…この河を下り行く、船のように"






 西ベンガル州南部シュンドルボンのマートラー河流域の島に住む教師スネホ(本名スネホモイ・チャタルジー)の家に、日本から大きな荷物が届く。これは、17年もの間スネホと文通し、一度も会ったこともないにも関わらず彼と結婚した日本人女性ミヤゲから贈られて来た物。彼が小さい頃に父親から凧を贈られたと言う話を読んだミヤゲの、15回目の結婚記念日の贈物となる日本製凧だった…。

 スネホは幼い頃に両親を洪水で亡くして以来寡婦の伯母の家で育ち、一方ミヤゲは病床の老いた母と共に山間(筑波周辺?)の小さな雑貨店を細々と経営している。雑誌の文通募集をきっかけに手紙上の親友となった2人は、それぞれのお国事情解説や身の上話などを経て、お互いの希望のもと夫婦となったものの、当然伯母はこの関係にいい顔はしないながら、しぶしぶ結婚は認めていた。
 そんな時、伯母の親友の娘で一度はスネホと見合い結婚させようとしたションディが、寡婦になって息子ポルトゥと身を寄せに来た事で、伯母はこの母子の面倒をスネホに一任させようとする。

 お互いに内向的で、顔もまともに見れないまま同居する事になったスネホとションディだったが、極力スネホと関わらないように過ごすションディは家の掃除から炊事洗濯に動き回りながら、それでも彼の様子を気にしていた。その一方で、息子ポルトゥはそのままスネホに懐いていくように。
 その頃、ミヤゲから届いた手紙にも異変が起こっていた…。



 エンジニア兼作家のベンガル人クナール・バスによる、短編集「The Japanese Wife and Other Stories」を、1つの物語にまとめたベンガル語(*1)+英語(+一部日本語)映画。
 ベンガル語映画界(*2)の名監督兼脚本家兼女優のアパルナ・セーンの8本目の監督作。企画段階では、タイトルは「The Kite (凧)」で08年公開予定だったと言う。
 撮影は西ベンガル州のコルカタ、世界遺産のシュンドルボンの他、日本の横浜や筑波でも行なわれた(*3)。キーとなる日本人妻ミヤゲを演じたのは、「地下鉄に乗って」「ホワイトルーム」「サマーウォーズ」等にも出演している高久ちぐさ(*4)。役作りのためにスキンヘッドになってベンガルロケした事が、一瞬ニュースになっていました。その他、原作者クナール・バスも通行人役でゲスト出演してるそうな。
 日本では、2011年にアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映。福岡総合図書館収蔵作の1つ。2020年の福岡総合図書館映像ホール シネラのインド映画特集などでも上映されている。

 雨期と乾期で水量が大幅に増減する河の情景や、そこで河(や洪水や伝染病や…)と共に暮らす人々の様子、水墨画を意識したかのようなマングローブの森と河のシークエンス、春祭でもある凧揚げ合戦祭のマカラ・サンクラーンティに見えるインドの凧文化と日本のそれとの比較などを描きながらの、美しくも儚く移ろいやすい人の暮らしのありようを詩的に描いていく一本。
 見る前は文芸調のゆったりのんびり恋愛映画かと思ってたけど(*5)、話は緩急取り混ぜて二転三転していきながら、色々と予想外な方向へ転がっていく。寡黙な登場人物たちと17年に渡る物語上の、詩情豊かなシュンドルボンの美しさ、所々で挿入される日本の春夏秋冬の景色との対比もスバらしく効果的。
 最近日本で騒がれる"踊らないインド映画"なわけですが、105分の中で展開される映画構成は、そのゆったりしたテンポからは想像できないほど緻密。ベンガルの青空に日本の凧が舞うその姿や季節で移り行く河を下る船の様子などは、ベンガルと日本の文化的親近性と異質性が浮かび上がって来るようにも感じられるよう。こんな詩情豊かな映画を、日本で簡単に見れないなんて残念この上なし。

 主役スネホモイを演じるのは、1967年マイソール(現カルナータカ)州ベンガルールに生まれた役者兼監督兼脚本家兼社会活動家兼ラグビー選手のラフール・ボース。
 幼少期にムンバイに移住した後、学校の演劇に参加したり、ボクシングやラグビー、クリケット選手として活躍。その後まずコピーライターとして働き始め、1988年の英語映画「ボンベイ大捜査線 (The Perfect Murder)」の端役で映画デビュー。アート・ディレクターを経つつ舞台演劇に参加し、その縁で94年の英語映画「English, August(英語かぶれのオーガスト)」に主演デビューし本格的に俳優活動を開始する。99年の「スプリット・ワイド・オープン 褐色の街 (Split Wide Open)」でシンガポール国際映画祭のアジア人最優秀男優賞を受賞。01年には、初監督・初脚本・出演を務めた「Everybody Says I'm Fine! (皆がオレは元気だと言う!)」で米国パルム・スプリング国際映画祭でジョン・シュレシンジャー(選外佳作)賞を受賞。批評家言う所では"インドの芸術映画界のスーパースター"とか"東洋映画界のショーン・ペン"とか。現在もベンガル語映画を始めヒンディー語映画でも活躍中。

 ベンガル側のヒロイン ションディを演じたのは、1979年西ベンガル州コルカタ生まれのライマー・セーン(本名ライマー・デーヴ・バルマー)。父はトリプラ州王族のバーラト・デーヴ・バルマー。母は女優のムーン・ムーン・セーン(またはムーンムーン・セーン)。母方の祖母も50〜70年代にベンガル映画界で活躍していた名優スチトラ・セーンで、妹もヒンディー語映画界等で活躍している女優リヤー・セーンと言う映画一族。
 99年のヒンディー語映画「Godmother(ゴッドマザー)」で映画デビューし、03年「Nil Nirjane (休暇ブルース)」で主演デビュー&ベンガル映画デビュー&母のムーン・ムーンとの共演を果たす。同年のベンガル語映画「Chokher Bali (目の中の砂 / 別意:絶え間ない刺激)」の他、数々の大ヒットヒンディー語映画・ベンガル映画に出演している。現在もこの2つの映画界を中心に活躍中。

 監督のアパルナ・セーン(*6)は、1945年英領インド時代のカルカッタ(現コルカタ)生まれ。父は映画批評家兼製作者のチダナンダ・ダースグプタ。母は詩人家系出身のスプリヤー・ダースグプタ。3度の結婚で2人の娘を持ち(*7)、その内の一人が映画女優コーンコナー・セーン・シャルマーになる。
 1955年に子役で「Mejo Bou」に映画出演後、父の友人だったサタジット・レイ監督の1961年ベンガル語映画「Teen Kanya (三人の娘)」に出演した縁で、サタジット・レイ映画に数作出演し続けた。その間の65年公開作「Akash Kusum」から本格的に俳優業を開始。69年の米印合作映画「The Guru」以降、「ボンベイ・トーキー(Bombay Talkie)」「マハラジャ・優雅なる苦悩(Hullabaloo Over Georgie and Bonnie's Pictures)」と英国映画界の巨匠ジェームズ・アイヴォリー監督作にも出演。70年代には、ベンガル語映画界を中心に数々の映画に主演する人気女優に成長し、現在も俳優として活躍中。
 1981年、「36 Chowringhee Lane(チョウリンギー通り36番地)」で監督&脚本家デビューし、ナショナル・フィルム・アワードの監督賞と人気英語映画賞を、マニラ国際映画祭では金鷲賞を獲得。続く84年の「Paroma(根源的女性)」でナショナル・フィルム・アワードのベンガル映画銀蓮賞を、89年の「Sati(寡婦殉死)」でオリジナル脚本賞を獲得。この2作は、ベンガル映画界初のジェンダー問題をテーマにした映画と評価されている。95年の「Yugant(海が語る事)」でもベンガル映画作品賞を受賞。その後も、「Paromitar Ek Din(パロミタの1日/英題 House of Memories)」、日本でも映画祭上映された「ミスター&ミセス・アイヤル(Mr. and Mrs. Iyer)」、「15 Park Avenue(公園通り15番地)」と監督作は軒並み賞を獲得する名監督として活躍中。

 にしても、"ミヤゲ"と言うヒロインの名前は、日本側から再三にわたって変更願いが出てたらしいけど結局変更されないままだったとか。まあ、この映画での日本の描き方とか日本人のとらえかたは、1つ1つツッコんで行ったらキリないけれど、インドから投影されたオリエンタリズムってこう言うもんなんだなぁ…と思えば、まあなんとか。何故かと言えば、たぶん日本のシーンが現実味の薄い幻想性の強い撮り方で描かれているからだろか。ミヤゲの置かれてる状況も結構キツいけれど、それに対して積極的に動く描写があるのが主人公スネホだけなので(*8)、あくまでこの話の主題はスネホが暮らすベンガルの状景の方にあるって事かねえ……と油断してると、最後にとんでもないカウンターパンチ喰らうので要注意! 映像的伏線の作り方がハンパないわ!!


メイキング (英語/字幕なし)

*インド映画初の日本人女優って書いてある!(ヒンディー映画とかで、端役出演してる日本人は過去にいるみたいだけど、主役となるとやっぱりこれが初?)



受賞歴
2010 International Film Festival of Kerala 観客選出銀烏雉賞
2010 Hidden Gems Film Festival 作品賞
Star Entertainment Awards 作品賞・監督賞・撮影賞(アナイー・ゴースワーミー)
カナダ カルガリー国際映画祭 人気作品賞




「妻は、はるか日本に」を一言で斬る!
・オープニングクレジットのアルファベットの漢字化が新鮮。日がBだったり。尺でRだったり…って読みにくいわ!w

2015.2.27.

戻る

*1 北東インドの西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*2 俗にトリウッド。製作本拠地タリーガンジ(英語やヒンディー語発音ではトリーガンジ)+ハリウッドの造語。
*3 ロケ自体は07〜08年。
*4 メイキングでは、"インド映画初の日本人女優"と紹介されています!!
*5 …実際そう言う文芸ロマンスものなんだけど。
*6 ベンガル語発音ではオポルナ・シェン?
*7 セーンは初婚時の名字?
*8 ミヤゲの兄側については、手紙上と一瞬彼女の周りの描写で描かれてはいるけど。