インド映画夜話

テーブル21番 (Table No. 21) 2013年 100分(108分とも)
主演 パレーシュ・ラーワル & ラジーヴ・カーンデルワール & ティナ・デーサーイー
監督 アーディティヤ・ダット
"嘘をつけば、その時は死"




 フィジーの早朝。
 男が、ビルの屋上から飛び降り自殺した。その映像は「テーブル21番」に置かれたパソコンを介してネット拡散されて行く…。

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 くじ引きでフィジー旅行を当てたヴィヴァーンとシヤのアガスティ夫婦は、5回目の結婚記念日を6日間豪華フィジー旅行で祝おうとしていた。苦しい生活の中で就活中のヴィヴァーンは、この旅行を機に「後悔しない人生」を目指そうとシヤに誓うのだった。
 「…幸福は誰のものにもならず、友人との出会いに偶然はなし。その時々こそが重要なり。でなければ、自ずからこの出会いもまたなからん」そう語り、2人を歓迎するアブドゥル・ラザク・カーンは、フィジーのリゾート地を経営する実業家であり、2人が当選したツアー企画の発起人だと言う。カーンは2人をもてなしつつあるゲームに誘う…
「私が『テーブル21番』と呼んでいるゲームです。あなた方に、こちらから8つの人生に関する質問をして、その回答を導く8つの試験を受けてもらい、YESかNOの答えを出すまでの経過をネット中継させてもらうのです。頭の良いあなた方こそ、このゲームを楽しんでもらわないと」
「それで、賞金は用意されているんですか?」
「もちろん。いくらか予想できますか? …1千万フィジードル(=21億ルピー)ですよ」

 破格の賞金に一瞬疑惑の目を向けるヴィヴァーンだったが、喜ぶ妻のためにも将来の人生設計のためにもゲームへの参加を決意。2人は自分の携帯の代わりに受信専用の携帯電話を受け取り、嘘発見器を手首に巻いて「何事にも、真実を語る」事を約束させられる。カーンのゲーム開始の合図によって、その場にいたレストラン客全員が速やかに退出していき「テーブル21番」が設置される…
「このゲームは途中退場は許されません。それでは第1の質問…あなたは、奥様を美しいと思っていらっしゃいますか? その愛情を公衆の面前で示す事を恥ずかしいと感じた事はありますか?」


挿入歌 If You Lie You Die (嘘をつけば、死)

*エッサ、ケッサ〜♪


 タイトルは、英語でそのまま「テーブル21番」。
 冒頭に出てくるように、生命の保護と個人の自由を規定するインド憲法第21条に因んだタイトル。

 その物語は、2006年のタイ映画「レベル・サーティーン(13 Beloved)」に触発されたもの、との指摘がある。
 インドと同日公開で、英国、香港、ニュージーランドでも公開されたよう。日本では、2013年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて「テーブル21番」のタイトルで上映されている。

 リゾート地での観光旅行を楽しんでいた庶民夫婦が、セレブのおふざけで始めたデスゲームに巻き込まれる系の映画…と思っていると、質問と質問の間に挟まれる関連した過去の回想が徐々に不穏に、意味を紡ぎ始め、映画後半にその不条理な絶望状態を生み出した原因が露わになると同時に、全ての前提がひっくり返される爽快などんでん返し映画となり、インド社会に蔓延る深刻な社会問題の現実がクローズアップされていく社会派映画の様相を呈していく。
 映画なるものにここまで様々な要素が入り込みながら、1つのテーマなり物語なりにまとめ上げる、その語り口の巧みさ、映画自体の持つボリューム感に感心してしまうトリッキーな1本。

 舞台となるフィジーは、イギリス植民地時代に労働力として大量のインド人移民が住み着いたことでフィジー・ヒンディー語が生まれるほど、ヒンディー語(*1)人の多い国でもある。
 ヒンディー語話者が、言語の心配もなく歩き回れる観光地って位置づけなのかどうなのか、結婚記念日を祝う主人公夫婦にとっての理想的楽園にも似た景観を見せてくれる点も、映画中盤以降の不穏さとのいい対比表現になっているか。

 本作の監督を務めたのは、アーディティヤ・ダット。
 有名な作詞家アーナンド・バークシーの孫(*2)で、05年のヒンディー語恋愛スリラー映画「Aashiq Banaya Aapne(恋人をくれた人)」で監督デビュー。本作が5本目の監督作。18年には、Webシリーズドラマ「Karenjit Kaur − The Untold Story of Sunny Leone (カレンジット・カウル 〜 サニー・レオーネの知られざる物語)」の監督も務め、ボリウッド・ライフ・アワード監督賞ノミネートされている。

 主人公ヴィヴァーンの妻シヤ・アガスティを演じたのは、1987年カルナータカ州都バンガロール(*3)生まれのティナ・(バッバル・)デーサーイー。
 父親はグジャラート人で、母親はテルグ人。金融ビジネスマネジメントを学び、グジャラート語(*4)、テルグ語(*5)、カンナダ語(*6)、英語、ヒンディー語に堪能。
 モデル業でCMや広告界で活躍する中で、11年のヒンディー語映画「Yeh Faasley(この分断)」で映画&主役級デビュー(*7)。12年には英米アラブ合作映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう(The Best Exotic Marigold Hotel)」で英語映画デビューして、以降、ヒンディー語・英語両映画界で活躍中。15年からは、米国のWebシリーズドラマ「センス8(Sense8)」をはじめとしてWebシリーズにも出演して行っている。

 胡散臭いゲームマスター カーン氏演じる名優パレーシュ・ラーワルの怪演が光る映画でもあり、笑顔で夫婦をゲームという枷にはめて操ろうとする叙事詩の悪魔的存在が、夫婦の過去の回想を通してその言動の真意が現れてくると、その笑顔の裏に隠されていた別の表情・別の人間性が見えてくる事によって、映画そのものの性格もガラッと変貌する。そのインパクトの変化具合は見事の一言。
 その真意……すなわち、インドをはじめ世界中で横行するラギング(*8)によって失われる命の多さ、簡単に人の人生を墜落させてその事にすら気づかないで暮らし続ける先輩連中の横暴さへの怒りを、画面のこちら側へと叩きつける被害者たち・その家族の痛みは、人の尊厳を軽んじる現代社会そのもののへの痛烈な批判と復讐心を見せつける。
 ラストクレジットにかかるラギングによって失われていった命と、そのあまりにも軽い気持ちで始められる悪意と虐待行為の実態は、その無意味に繰り返される惨劇に対する被害者家族たちの怒りとも、悲しみとも受け取れる声なき声を代弁するかのよう。
 それぞれのシーンで魅せる鮮やかな映画的転調、それまで軽めのサスペンスに見せていた演出的意図、「なんの気なしに」他人の人生に介入する出歯亀的な「遊び」に含まれる悪意そのものへの攻撃的姿勢が衝撃的な1本であり、必見の1本でありますわ。



プロモ映像 O Sajna (ああ、愛する人よ [戻って来て])





「Table No. 21」を一言で斬る!
・映画では男子寮で横行するように描かれるラギングだけど、ラストクレジットを見る限り女子寮でもシャレにならないレベルで横行してるのね…(アシッドアタックで自殺に追い込まれるとか、もう…)。

2023.4.7.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 アーディティヤ・ダットから見ると、母方の祖父にあたる。
*3 現ベンガルール。
*4 西インドのグジャラート州、ダマン・ディーウ連邦直轄領、ダードラー及びナガル・ハーヴェリー連邦直轄領の公用語。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 南インド カルナータカ州の公用語。
*7 この年には、「Sahi Dhandhe Galat Bande(良き仕事と悪い奴ら)」にも出演している。
*8 大学や学生寮などで行われる、先輩から新入生への侮辱的な虐待行為を中心とする入学儀式。