インド映画夜話

汚れたミルク あるセールスマンの告発 (Tigers) 2017年 94分
主演 イムラーン・ハーシュミー
監督/脚本/原案 ダニス・タノヴィッチ
"巨大グローバル企業が販売する「世界最高の粉ミルク」その裏側で奪われる小さき命たちー"






 2006年。ロンドンの事務所内。
 パキスタンのある社会問題を取材する映画監督とプロデューサー、弁護士、WHO職員を前に、ネット中継画面に映る事件の中心人物アヤンは、包み隠さず全容を語るよううながされる…

 時に1994年のパキスタンはラホール。
 国産製薬会社の営業職だったアヤンは、台頭する外資系多国籍企業によって苦境に立たされていた。
 顧客だった病院はすべて外資系の薬を求め、例え破格の値段だとしても国産薬なぞ見向きもしない。苦しい生活を変えるため、妻ザイナブの提案から外資系製薬企業ラスタ社の営業職を受験して見事採用されたアヤンは、仕事で好成績を積み上げてトップセールスマンとして評価されていく。
 担当地区の主立った病院すべてと信頼関係で結ばれ、子供も生まれて生活も安定して来たと思われた1997年。カラチから戻った友人の小児科医ファイズは、彼を突如小児科治療室に連れ出し、その現場で問いただす「君たちが粉ミルクを売りつけたせいで、きれいな水を確保出来ない多くの貧困家庭の幼児が死に至る…知らないとは言わせないぞ」



 以下、多少ネタバレを含みますのでご注意ください。



 パキスタンで今なお進む、大手企業の強引な粉ミルク販売で起こる幼児死亡事件の頻発。それを内部告発したことで国やグローバル企業を敵に回した1セールスマン サイヤド・アーミル・ラザ・フセインの実話を映画化した、印仏英合作映画。

 企画時のタイトルは「White Lies」。2014年のトロント国際映画祭で初上映されたあと世界中の映画祭で上映されたものの、その内容からなかなか一般公開につながらなかったと言うが、2017年に日本で初めて一般公開される。
 監督は、「ノー・マンズ・ランド」「鉄くず拾いの物語」などで数々の映画賞に輝くボスニア&ベルギー国籍の映画監督ダニス・タノヴィッチ。日本公開では、監督作「サラエヴォの銃声」も同時公開となった。

 ボリウッド男優イムラーン・ハーシュミーを主役アヤンに迎え、映画はアヤンの供述と言う形でロンドンでの事件取材の試行錯誤と、94年以降アヤンに起こった出来事を交互に見せていく。
 ドキュメンタリー的に映画監督やプロデューサーのリスク回避の相談や対策会議が描かれていく一方、事件の当事者アヤンの当時の悲喜こもごも、当事者としてのさまざまな苦悩と脅迫への対処、問題解決に向けての模索の迷走具合が、事件をより深刻に、解決不能に、周囲も巻き込んでの不安拡大につながっていくさまを丹念に描き込んでいくギリギリ感。
 今なお未解決の事件であり、有名な大手企業を敵に回す内容故に、個人名や企業名は別名に変えられて登場し(*1)、ドキュメンタリー的な映画演出に対してあくまで劇映画ですよと言う提示をしてくる段取りまで見せている所に、メタ的な部分でも緊迫感を覗かせてくる。

 日本でも、戦後の50年代からしばらくの間は米国発の粉ミルクブームの到来で乳幼児への粉ミルク提供が盛んに行なわれた時期があったそうだけど、70年代中頃からの厚生省の母乳栄養推進によって、母乳派、人工栄養派、その方法論に対してさまざまな論戦が起こり、現在は母乳推奨が定着したとは言え色々な主張は継続して行なわれている。
 粉ミルク導入当初は、まさに人工栄養こそ新生児に与えるべき食事であると宣伝され、大いに賞賛されたと言う話を「へええ…そんな時代もあったんだねえ」なんて聞いてる身としては、このパキスタンの問題はまったく他人事に聞こえない。
 もちろん、母子の状況や環境、家庭事情、流通問題や育児計画等々でさまざまなケースが考えられ、一概に言える事ではないけれど、1つのブームや広告宣伝、国家や企業の経済戦略や別の問題への是正対策として、人の命に関わる問題が公然と無視され、是正もないまま推奨され続けてその反対意見を封殺しようとする状況なんてのは、公害問題からこっちいたる所で見られる事だからねえ…。そこに関わる広告宣伝、メディア論、まことしやかに流されるさまざまな情報や不安を煽りまくる情報の洪水と言う面だけでも、1人1人が考えていかないと行けない事がゴマンと詰まっている。ホント、見てて色々モヤモヤしてしまう映画ですわ…。

 アヤンの供述をめぐる違和感や、プロデューサーと弁護士の喧々諤々の折衝、登場人物間の腹の探り合いが、ラストに向けて大きなうねりを作るドンデン返しは見事なものではあるけども、鮮やかに起承転まで来ての結論部分は、未解決事件を扱ってるせいか「そんな終わり方か!」とモヤる感じに受け止めてしまう締め方で色々と心情的にも複雑。
 まあそれ以外の締め方もないか…とあれやこれや、また余計な事を考えながら映画館を後にするしかないワタスでございました(*2)。




受賞歴
サン・セバスチャン国際映画祭 Solidarity賞




「汚れたミルク」を一言で斬る!
・就職面接に行く時に、父親から『背丈も似てるから』と着させられた背広、似合ってはいたけどわりとムキムキなイムラーンの身体はあんま父親役に人と似てなかったゾー。

2017.3.10.

戻る

*1 企業名は、一瞬実際の名前が登場してすぐプロデューサーの「実際の名前は使わない。別名で行く」と言う台詞がかぶせられてたけど。
*2 って言いながら、あーだこーだ色々その場で語ってましたけども。