インド映画夜話

Titli 2002年 101分
主演 アパルナ・セーン & ミトゥン・チャクラボルティ & コーンコナー・セーン・シャルマー
監督/脚本 リトゥパルノ・ゴーシュ
"雨季の最初の雲が動くのを見た。空駆ける象のような雲を"




 西ベンガル州北部ダージリン地方の山間部。
 茶園邸宅のお嬢様、17才のティロッタマー・チャタルジー(通称ティトリ)はボリウッドスター ローヒト・ローイの大ファン。「いつか彼と結婚する!」と本気で夢見る女の子。

 そんな彼女と仲の良い母親ウルミラと共に、父親を迎えに空港に向かう道すがら、急に車を停める男が現れる…
「シリグリまで行きますか? 私は映画会社の者ですが、我々の撮影隊用車両がエンストしてしまったのです。出演者をすぐボンベイに向かう飛行機に乗せなければならないのですが…」
「私たちに運んでほしいというのですね? 誰なんです? その出演者と言うのは」
「心配はいりません。彼は紳士ですよ。ゲスト出演してくれた映画スター ローヒト・ローイですから!!」
 それを聞いて驚愕するティトリの横で、ウルミラもまた複雑な顔をしていた…。




 タイトルは、主人公のあだ名で、ヒンディー語(*1)では"蝶"の意とか(*2)。
 2014年の同名ヒンディー語映画や、2017年の同名TVシリーズとは別物。そのほか、同名短編映画もあるようだけど、これもまた別物、のはず。

 ベンガル語(*3)映画界の巨匠リトゥパルノ・ゴーシュ7作目の監督作となる、ベンガル語映画の傑作。英語版「The First Monsoon Day(雨季のはじめの日)」のタイトルでも公開されている。

 霧煙るダージリンの山間部の美しい風景を切り取るOP"Megh Peoner (雲の先触れが持つ重い袋は)"に始まる映画は、静かに緩やかに、詩的な情景と会話の積み重ねによる、娘と母親の交流を通して、人生の機微や人と人の出会いと別れ、子供から一歩成長する娘の寡黙な姿を描いていく。

 高山地域のひんやりとした空気感、霧雨の中から浮かび上がる影、曲がりくねる山道、直立する樹々の青さ、ダージリン名物トイトレン、牧歌的な山間に住む人々の様子…。のちに本作出演のアパルナ・セーンが監督する「ミスター&ミセス・アイヤル(Mr. and Mrs. Iyer)」や、ダージリンを舞台にしたボリウッドの名作「バルフィ!(Barfi!)」でも見ることができるダージリンならではの風景を先取りして描写しつつ、屋敷内・車内・山道・食堂…と限定された舞台で静かに展開する物語は、決して動的でなく劇的な展開もほぼないものの、限定された登場人物たち同士のぎこちない交流具合が、すれ違う会話ごとに味わい深い余韻を醸し出す。

 監督&脚本を務めるリトゥパルノ・ゴーシュは、1963年西ベンガル州カルカッタ(現コルカタ)のカーヤスタ家系(*4)生まれ。父親はドキュメンタリー監督兼画家のスニール・ゴーシュ。
 コルカタの大学で経済学の学位を取得後、広告会社に就職してコピーライターとして活躍。ドキュメンタリー制作を請け負ったことで映画界に入り、92年のベンガル語映画「Hirer Angti」で劇映画監督デビューする。続く94年公開の2作目の監督作「Unishe April(4月19日)」でナショナル・フィルム・アワード金蓮注目作品賞を獲得し、以降監督作は軒並みナショナル・フィルム・アワード受賞作となるほどの注目監督として活躍。サタジット・レイと並び称されるほどの名匠としてベンガル語映画界で勇名を馳せていく。
 監督業の他、03年のオリヤー語(*5)映画「Katha Deithilli Ma Ku」で役者デビューしたり、自身の監督作で作詞やデザインを手がけた他、雑誌編集などでも活躍。
 長年、糖尿病や膵炎、不眠症を患う中、2013年に心臓発作で物故される。享年49歳。その訃報は、ベンガル圏のみならず、ヒンディー圏にも衝撃を与えていた。

 ティトリ憧れの映画スター ローヒト・ローイを演じるのは、やはりベンガル人大スターとして知られるミトゥン・チャクラボルティ(生誕名ゴウラング・チャクラボルティ)。1952年(*6)東パキスタン(現バングラデシュ)のバリサル生まれ。
 カルカッタの大学で化学の学位を取得。一時ナクサライト(*7)に参加していたそうだけども、兄の死をきっかけに運動から身を引いたという。
 プネーのFTII(インド映画&TV研究所)を卒業後、76年のヒンディー語映画「Mrigayaa(王の狩り)」で映画&主演デビューしてナショナル・フィルム・アワード主演男優賞を獲得。78年には、3本のヒンディー語映画出演のほか、「Bansari」「Nadi Theke Sagare」の2本でベンガル語映画にもデビュー。すぐに年間複数本の映画に出演するヒットメーカー男優として、80年代ボリウッドのトップスターとなり(*8)、数々の映画賞を贈られている。

 仲の良い母娘の距離感が、冒頭では親子であると同時に親友のそれでもある関係なのが、ローヒト・ローイの登場によって人生の先輩・後輩を経て恋敵にも変化していき、母親もまた背負うべき過去を持っていると知らされて子供から一歩卒業する娘と、それを支える母親の関係性が、繊細に、ユーモラスに、ノスタルジックにも描かれていくその会話劇の様子が美しい。
 この酸いも甘いも噛み締められていく母娘を、実際に親子でもあるアパルナ・セーンとコーンコナー・セーン・シャルマーという名優同士が演じてるんだから二重にトンデモね。
 こう言った、一見地味ながら日常劇の中で微妙に変化していく人の有り様を描いていく演出力は、わりと得意としている方向が邦画に通じる部分があるように見えるんだけどねえどうでしょうねえ。

挿入歌 Megh Peoner (雲の先触れが持つ重い袋は [青い群れを運んでくる])


受賞歴
2002 Bombay International Film Festival FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞


「Titli」を一言で斬る!
・英語字幕が出ないベンガル訛りの英語、全く聞き取れる自信がないぜよ…(他の映画だと、わりとベンガル人の英語って聞き取りやすいことが多い気がしてたけども…くぅ)。

2021.11.12.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界は俗に"ボリウッド"と呼ばれる。
*2 主人公の本名ティロッタマーの語義は、サンスクリットで"最良なる種子"または"最良なる粒子"と解される名前。ヒンドゥー神話における絶世の美女として創造された天女のこと。
*3 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*4 公文書関係の書記業を専門とする混合カースト。
*5 東インド オリッサ州の公用語。
*6 1947年、1950年とも。
*7 インド共産党毛沢東主義派。
*8 86年には国内最高納税額記録を、89年には年間19作もの映画出演記録を作っている。