インド映画夜話

踊り子 (Umrao Jaan) 1981年 145分
主演 レーカー & ファローク・シャイク & ナセールッディン・シャー
監督/製作/脚本/台詞/美術監督 ムザッファル・アリー
"出会いと別れの連鎖の中を、踊り子はいつまでも舞い続ける…"




挿入歌 Dil Cheez Kya Hai (我が心は如何に)



 時は1840年。ムガル帝国末期のインド北部の都市ファイザーバード。
 バブー・ベーガム廟管理人の家に生まれ育った少女アミーランは、自身の婚約式の翌日、父と諍いを起こしたディラーワル・カーンに誘拐され人買いに売られていく…。

 彼女を買ったのは、芸術の都ラクノウの高級娼館の女主人カーヌム・ジャーン。カーヌムはアミーランの美しさを見て一級のタワーイフ(芸妓)となる訓練を受けさせるとともに、名前を"ウムラーオ・ジャーン"と改名させる。
 ウムラーオとなった少女は、日増しに歌・舞踏・美貌・詩作の技を高め、ラクノウ中の話題をさらうように。娼館の居候ガウハル・ミルザーから、彼女の詩作の技を聞かされた地方領主の息子でやはり詩作の名人ナワーブ・スルターンは彼女の虜となり、次第に2人は愛し合うようになっていく。しかし、ナワーブの家は芸妓との恋愛に猛反対。彼のもともとの婚約者との結婚を早めようとの声が上がり、結局二人の日々は終わりを告げることに…。

 打ちのめされる彼女に同情した彼女の客ファイズ・アリーは、ありあまる大金を使って彼女を借り受け、娼館から自分の故郷カーンブルへ共に逃げ出そうとするが、実は彼はカーンブルを拠点に活動するダコイット(武装盗賊団)の頭。旅の途上、彼を追跡する騎馬警察隊に出会ったファイズは、逃げ切れず射殺される。
 折しも、ラクノウはセポイの反乱に呼応する印英の衝突によって火の海になってしまい…。


挿入歌 Pratham Dhar Dhyaan Dinesh

*少女ウムラーオの、歌唱特訓の図。伝統音楽の旋律にのって北インドの自然の豊かさ・歴史的伝統・伝統舞踊カタックの美しさを誇らしく歌い上げる。


 1899年に発表された、ウルドゥー文学史上初にして名作と謳われる小説「Umrao Jaan」を原作とした文芸映画。ウルドゥー名作文学の筆頭のため、これまで何回か映像化されて来た作品だけれども、中でも最も評価が高いのがこの1981年レーカー主演版。
 日本では、2007年に東京国立近代美術館フィルムセンターで企画された「インド映画の輝き」にて上映された。
 分類上はウルドゥー語(*1)映画。もっとも、ウルドゥーはヒンディー語をアラビア文字で表記してるうちに分化した言語なので、特に勉強してなくてもウルドゥー話者とヒンディー話者は会話が通じるそうだけど。

 物語は、近代を迎えようとする北インドを舞台に、ガザル(愛歌・人情歌)やカタック(北インドの宮廷舞踊)の名手となる不幸な踊子にして絶世の美女、ウムラーオの数奇な運命の顛末を描いていく。
 人によって、この話は実話だとか、実話を元にした創作だとか、完全な創作だとか言われております(*2)。
 後に2006年にリメイクされたアイシュワリヤー主演版よりも、登場人物が多く大河ドラマ的。本業が芸術家だというムザッファル・アリー監督の美術・小道具・衣裳・カメラアングル・画面レイアウトのこだわりはまさに一級品。古式ゆかしい大時代的な画面が、ルキノ・ヴィスコンティ映画をも彷彿とさせる。

 主役ウムラーオを演じるのは、タミル映画一族出身で、70〜80年代のボリウッド・クイーンに君臨し現在もバリバリの現役大女優のレーカー。本作は、数あるレーカー出演作の中でも代表作となる1作。その美貌を惜しむことなく発揮し、妖しいまでの眼光と迫力はまさに"運命に翻弄される美女"の強さに相応しい。
 配役で驚いたのが、ウムラーオに言い寄る3人の男の一人ガウハル・ミルザーに、ニューシネマ界から頭角を現した名優ナセールッディン・シャーがいること。情けないダメダメ男を演じつつ、ウムラーオを密かに愛するがために彼女にちょっかいをかける役だけれども、レーカーもそうだけどナセールッディンも若いねぇ…。

 物語は、前半はウムラーオを襲う数奇な運命を描き、中盤のナワーブとの禁断の愛を叙情性たっぷりに歌い上げる。しかし、この映画のスゴいのは、ラスト30分のファイズ・アリー死後のウムラーオを襲う新たなる運命と因縁の輪廻。
 原作の人気も、ここいらへんに起因しているんだろうけど、周りの人間が次々とウムラーオの前を通り過ぎたり不意に再会したりしていく中で、ウムラーオだけが人生の縁に取り残されて行く様を悲しくも美しく、力強く描いていく。
 不幸な運命にあるからこそ、そして儚くあり続けるほどに、ウムラーオの舞と歌声は美しく力強く人々を魅了する。当時の風俗も含めて、絢爛と退廃の入り交じるムガル解体期の北インドの空気が濃厚に漂って来る一本。


挿入歌 In Aankhon Ki Masti (この眼に酔いしれる無数の方々よ)



受賞歴
1982 National Film Award 主演女優賞・美術監督賞・音楽監督賞・女性プレイバックシンガー賞(Dil Cheez Kya Hain)
1982 Filmfare Award 監督賞・音楽監督賞
その他多数

2012.4.14.


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*1 パキスタンの国語で、インド北部でも主にイスラム教徒の間で話される言語。
*2 作者の母の伝記説なんてのも…。