インド映画夜話

Ulagam Sutrum Valiban 1973年 178分
主演 M・G・R & チャンドラカーラー & マンジューラー & ラーター
監督/製作 M・G・R
"世界中、なんの理由もなしに多くの人が殺し合っている…私はそれを、止めたいのです"



挿入歌 Bansaayee (万歳)

*ムルガンの暗号から「日本の京都にある仏教寺院」に行けばよいと知ったラジューたちは、すぐに日本に向かう……ってなんで、それで東京タワーや富士急ハイランドで遊んでるんですかねこの人たちw


 タミル人科学者ムルガンは、香港での科学者会合にて「稲妻から、大量破壊兵器に転用可能なエネルギーを生成・保管する方法」を発表。そのデモンストレーションを行なうも、この研究の戦争利用を阻止するために資料全てをその場で焼却してしまう。
 世界中の科学者が残念がる中、同じタミル人科学者バイラーヴァンはこの研究書類がどこかに現存すると踏んで、ムルガンにしつこく「この研究で一山当てよう」と持ちかけるも、彼は断固拒否して婚約者ヴィマーラーと海外旅行に出かけてしまった。怒ったバイラーヴァンは、密かにムルガンの後をつけて…彼に向かって拳銃の引き金を引く!!

 数日後。シンガポールで生活していたムルガンの元秘書リリィのもとに、ムルガンそっくりの弟ラジュー(本名ジャイラージ)が訪ねてくる。彼は、死んだとされる兄の最期の詳細をリリィに問いただしながら、こそ泥マルカンデヤンから聞き出した兄の生存情報に希望を託し、この2人と共に兄を捜す旅に出発する…。


挿入歌 Pachchaikili

*バンコクでラジューの世話役を買って出た少女メッタ(ムルガンの友人で、かつて研究資料のありかを示す置物を預かったタイ人ソム・サイの娘。演じるはタイ人女優メッタ・ローングラット。本作以外の映画出演情報が全然出てこない…)が、一目惚れしたラジューとバンコクの名所(?)で歌い踊る夢を見るの図。


 タイトルは、タミル語(*1)で「世界を旅するヤングスター」。
 30年代〜80年代にかけてタミル語映画界に君臨したトップスター MGR監督兼主演作。監督作としては3本目になる、香港、マレーシア(クアラルンプール)、シンガポール、タイ、日本ロケを敢行した大ヒットタミル語映画。そう、1970年開催の大阪万博(*2)は、しっかりインド映画の歴史にも刻まれているのです!!

 かつて、大規模な大阪万博ロケをしたタミル語映画があったと聞いて「2013年以前にも、タミルに日本ブームがあったのかああああ!!!(*3)と興味津々で見てたけど、基本的には当時のスター俳優MGRがオリエンタルな東南〜東アジア各国を渡り歩くアドベンチャー映画でしたな。007みたいな"異国情緒+美女とのスパイ合戦"なノリは、60年代に撮られたヒンディー語映画「Love In Tokyo」の後半とも共鳴する感じ。
 しっかりきっちり、舞台となる香港やタイ、シンガポール、日本の名所を押さえて(*4)タミル人たちが縦横無尽に動き回るスピーディーさが今見ても良い感じに話を盛り上げて面白い。惜しむらくは、見てるこっち側が当時のトップスターたちのキャリアを知らないために、そのオーラを十分に体感できない所ですが、まあこればっかりは勉強し続けていかないとネ!(*5)

 その監督兼主役を務めたM・G・Rことマルドゥル・ゴーパラメノン・ラーマチャンドランは、1917年英領セイロン(*6)はキャンディの、マラヤーラム系ナーイル家系(*7)生まれ。
 政治家(?)の父の死後、俳優会社を通して映画界に入り1936年のタミル語映画「Sathi Leelavathi」で映画デビュー。38年の「Veera Jagathis」で主演デビューして徐々に人気を呼び、50年の主演作「Manthiri Kumari(大臣の娘)」が年間最大ヒットを飛ばしてトップスターとなる。次々と大ヒット主演作を連発する中、58年には主演作「Nadodi Mannan(放浪する王)」で監督デビュー。
 50年代から国民会議派に所属して政治運動にも加わり、67年にDMK(ドラヴィダ進歩党)の後押しでタミル・ナードゥ立法議会員に当選。同年に映画プロデューサーM・R・ラーダーとの協議中にピストルの誤射(?)によって左耳を負傷する事件が起こり、聴覚障害と変声を発症するも、映画復帰後はさらなる人気を呼んで支持者を大きく増やしたそう。72年に政党内対立からDMKを追放されると、新たにADMK(*8)を設立して対抗し、ついに77年にタミル・ナードゥ州首相に就任して映画界から完全に引退(*9)。以後、州首相を3期務めてその間の人気は絶大だったと言う。3期目就任直前の84年に腎不全を発症して米国で移植手術を行なうもなかなか完治せず、ついに87年に自宅にて物故される。享年70歳。彼の死は州内で大きな衝撃を呼び、1ヶ月間暴動その他の騒ぎが収まらなかったと言う。
 88年には、国からその功績を讃えられてバーラト・ラトナ(*10)が授与されている。

 ムルガンの婚約者ヴィマーラーを演じたのは、1953年生まれのマンジューラー(*11)。69年のタミル語映画「Shanti Nilayam」の端役で映画デビューし、71年のMGR主演作「Rickshawkaran(リキシャー運転手)」で主演デビュー。本作の後、76年に同じ俳優のヴィジャヤクマールと結婚。以後、80年代に主演女優として活躍しながら、100本以上の南インド各言語映画に出演していた人。2013年に腎不全と胃の中の凝血が原因で他界されている。享年59歳。
 ムルガンの元秘書で、ラジューとバイラーヴァンの間で苦悩するヒロイン リリィを演じたのは、本作で映画デビューして、70〜80年代に大活躍したラーター(*12)。代々ラーマナード(*13)のザミンダール(*14)であるセトゥパティ家出身。幼少期よりダンスを習いはじめ、14才の頃に男優R・S・マノハールを通してMGRに紹介されて本作へ抜擢され、本作の大ヒットにのって一躍トップスターに。同年に「Andala Ramudu」で主演&テルグ語映画デビューし、以降タミル・テルグ両映画界で主演女優として活躍して数々の映画賞を獲得。80年には「Love in Singapore(ラブ・イン・シンガポール)」でマラヤーラム語映画デビュー。私生活でもシンガポール人ビジネスマンと結婚して一時期シンガポールで生活していたとか。そのためか81年のマラヤーラム語映画「Parvathy」以後映画界を離れていたものの、母の死をきっかけにインドに戻り、TVドラマで女優復帰。16年には「Kadikara Manithargal」で映画復帰もしているそう。
 ラジューの妻となる踊り子ラトナ役には、1950年(*15)生まれの映画女優兼プロデューサーのチャンドラカーラー。55年のヒンディー語映画「Hatimtai Ki Beti」で映画デビューし、子役から主演女優へと昇格。ヒンディー、タミル、テルグ、カンナダ各映画界で活躍し、そのトップスターたちと肩を並べていたそうな。99年にガンによって夭折。享年48歳。

 出てくる3人のヒロインが、全員ボンドガールか! ってノリのスタイルと立ち位置なんで、慣れてない目には最初は遠目に誰が誰か区別するのが大変だったけど、基本的には劇中の芝居は舞台演劇的なわかりやすさで、ヒーロー、悪役、コメディアン、悲劇のヒロインと、シーンごとには役者それぞれに与えられた役割はすごーくわかりやすい。ラジューとラトナのロマンス、リリィの苦悩、よくわからない格闘術で戦う格闘家たち、なにがヒントなのかいまいちわからないムルガンの暗号と色々ツッコミ所はあるけど、次々変わる舞台のスピーディーさと、女性陣のファッションの多彩さ、ラジューたちの旅とバイラーヴァンの旅を同時並行的に描くことで、映画としては飽きるヒマなし。日本ロケだけでも、東京、芦ノ湖、富士急ハイランド、鎌倉大仏、大阪万博、夜の銀座と言う豪華さ!(*16) 万博のロシア館に入って「あ、レーニン!」とか言ってるシーンが入るのがなんとも。
 大阪万博時代の香港やタイの風景が見えるのも貴重。前半が香港、中盤にタイ、後半が日本と言う配分も「海外ロケ映画やで!」って気合いと商売っ気が透けて見えて楽しい楽しい。

 ま、お話的には、ムルガンが危険な発明を世に出す気がないのに「こんな事が出来るんです」と人前で発表したのがいけないんじゃネ? とかツッコんでしまえるのはご愛嬌。もっと慎重に「ゴジラ」の芹沢博士みたいに秘密裏に研究を封印しちゃえばこんな話がこんがらがらなかったのにぃとか思っても言ってはいけません。だってこれは娯楽映画だもの、みつを。


挿入歌 Ulagam Ulagam / Ulagam Azagu Kalai

*大阪万博のあの人混みの中を歌い踊るタミル人たち。このフレーム内に収まってる日本人たちが、果たして何人インド映画に出る事になると知っていたのだろう…誰か当時この撮影風景見た人いないのー!!??
 しっかし、今見ても大阪万博はアナログ&キッチュでサイケな建物群&乗物群の集合体でんなあ…。







「USV」を一言で斬る!
・京都のお坊さんは、タミル語の会話も平気でできるんだね!(全然日本の寺院建築じゃない舞台で、初対面の挨拶が「ドーモ、アリガトー」だったけどw)

2016.12.16.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 アジア初の国際博覧会!
*3 実際には、80年代にも日本ロケタミル語映画「Japanil Kalyanaraman(日本のカルヤナラマン)」とかあるけど。
*4 時に国とロケ地をミックスしまくってw
*5 なんでMGRが、あんなに色んなトコでモテまくるんだよ、ってツッコミも含めてw
*6 現スリランカ。
*7 現ケーララ州の土着コミュニティから派生した、特殊な結婚制度と信仰大系を持つ大規模コミュニティ。
*8 Anna Dravida Munnetra Kazhagamの略。後に改名してAIADMK=全インド・アンナー・ドラヴィダ進歩党となる。
*9 本作は、MGRの映画引退後も数年間ヒットし続いていたらしい。
*10 国内の民間人に与えられる最高国家栄典。
*11 結婚後はマンジューラー・ヴィジャヤクマール。
*12 生誕名ナーリニー。別名M・G・R・ラーター、またはラーター・セトゥパティ。
*13 現タミル・ナードゥ州ラーマナータプラム県とその周辺域。元ラーマナード王国のあった場所。
*14 荘園主。英領インド以前は17世紀後半から続くラーマナード王族の家系。
*15 または1951年とも。
*16 それどこだよって舞台もあるけどもw