インド映画夜話

Vai Raja Vai 2015年 113分(118分、125分とも)
主演 ガウタム・カールティク & プリヤ・アーナンド & ヴィヴェーク
監督/脚本/原案 アイシュワリヤー・R・ダヌシュ
"賭けてもいい。この人生なんて嘘だらけさ"




 僕の人生は、いつの間にか始まって、思いもよらない方向へと進んで行く。
 僕は平和で完璧な生活を送っているはずなのに、たった…たった1つのミスから人生は大きく変えられてしまう。今、そのミスが起こったらしい…。
***************

 カールティクは笑いながら生まれてきた、と母親は語る。
 彼には生まれつき予知能力があって、全てにではないものの予知したことは必ず実現した。そのため学校では友達はたくさんできたがカンニングを疑われ、病院での検査の末、父親から予知能力を隠すよう、試験の点をわざと下げるように懇願されてしまった。以来、カールティクは予知について話さなくなり、ついには特殊能力など始めからなかったように感じるようになっていた。

 長じて、幼馴染のサティーシュの口利きで、彼の雑用役を請け負う代わりにIT企業に就職できたカールティクは、恋人の植物病理学者プリヤー・ラクシュミーとも順調で幸福な毎日を送っていた。ただ、あるお祭りの日、急に子供時代の予知能力が彼の中で復活したことを除けば…。
 そんなある日、会社幹部のパンダ(本名パンディアン)に取り入ったことで出世していくカールティクは、酔っ払ったパンダを家に送る途中に彼が奇妙な電話を受け取り、そのまま警察署の検視官のところまで送ってほしいと懇願された。奇妙なパンダの私生活に立ち入らないよう何も聞かなかったカールティクだが、翌日、パンダはカールティクを呼び出し、お互いのIDカードをバイクの男に預けながらクリケット中継を観に行こう、と誘う。「…私の裏稼業はギャンブラーなんだ。私の金のかかる生活を君も見たろう? しかし、前のクリケット賭博で10万ルピーも負けてしまってね…。君に新しい世界に触れてほしい。以前、会社の危機を予測した君には、次に何が起こるかわかる力がある。私はその力を金に変える才がある。だから、今日のクリケットで何が起こるか、賭けてくれないか…」


挿入歌 Pachchai Vanna (緑の花のような女の子が [笑顔で現れて])

*そのミュージカルシーンのために、姫路城、奈良公園ロケが行われたことで、日本で(一部)話題になったシーン。


 タイトルは、タミル語(*1)で「王になれ」あるいは「(トランプの)キングを賭けろ」の意味? トランプゲームの名前らしいけども。

 その物語は、2007年のハリウッド映画「NEXT -ネクスト-(Next)」と2008年のハリウッド映画「ラスベガスをぶっつぶせ(21)」の2つを翻案したものとの指摘がある。
 2012年の「3」で監督デビューした、ラジニカーントの娘アイシュワリヤー・R・ダヌシュ2本目の監督作にして、劇中ミュージカル撮影のために兵庫・奈良ロケ(*2)が敢行された映画。

 予知能力を持って生まれて来た主人公が、それでも静かに一般人として生きようと頑張ってるのに、次々とその能力に目をつけた周りがどんどんヤバい方向へ主人公を持って行こうとする様を、最初の友人や上司相手の時はコミカルに、中盤以降の闇賭博からは裏社会それぞれに主人公を操ろうと仕掛けてくるサスペンス風に描いて行く、1本で2度3度美味しい映画。予知能力持ち主人公なんて、話を転がすには癖の強い要素をよくもここまでサービスたっぷりに盛り上げていきますよね、ってそのストーリーテリングに感心してしまう映画にもなってる感じ。指摘されているアイディア元の映画を未見だからそう思えるのか、指摘が当たらず脚本・演出の精度が高いからなのか、どちらにしろ前半後半で映画の方向がだいぶ変わって行くインド娯楽映画のサービス精神は、相変わらず楽しい楽しい。

 予知能力自体は「分かるんだからしょうがない」のみの説明で、そこにSF的因果関係とかは特になく、どこまで分かるのか、分かった未来を避ける方法はあるのか、そもそも未来を変えられるのかという命題は潔く無視されている。マフィアが開催するクリケット賭博でも、1イニングごとに結果を予知する賭博方で、賭けるまでの時間がほとんどない中、何点入るか、選手交代があるかを一瞬で予知していたから、その気になればかなり細かい所まで瞬間瞬間に予知できる能力のようで、ある意味最強主人公ではある。

 そんな最強主人公カールティクを演じていたのは、1989年タミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)生まれのガウタム(・ラーム)・カールティク。
 父親は80年代から活躍する男優カールティク・ムトゥマランで、母親も女優ラギニという俳優家族だったが、9才の頃両親が離婚して、母親に引き取られてウーティの寄宿制学校で育つ。
 バンガロール(*3)の大学で心理学、英語、報道学の学位を取得。その大学時代に、バンド"デッド・エンド・ストリート"を結成してギタリスト兼ボーカルを務めていたと言う。
 年1回しか会いに来ない父親カールティクが、2003年からマニ・ラトナム監督作に息子を起用すると言及していた事があり、結局は企画凍結が続く中、ついに2013年のタミル語映画「Kadal(海)」で映画&主演デビュー(*4)。当初はスタッフとして呼ばれたと思っていたというガウタムは、急遽女優カライラニの演技特訓を受けて、1年間「Kadal」の撮影に専念。ハイデラバードで開催されたテルグ語(*5)版映画公開イベントにて大々的にマスコミに紹介されることとなり、フィルムフェア・サウスのタミル語映画新人男優賞他多数の新人男優賞を獲得する。3作目の出演作である本作でタミル・ナードゥ州映画賞の特別賞を獲得。以降もタミル語映画界で活躍中。

 出番は限定的ながら本作のヒロイン プリヤー・ラクシュミーを演じていたのは、1986年タミル・ナードゥ州都マドラス生まれのプリヤー(・バーラドワージ)・アーナンド。
 タミル人の母親と、テルグ=マラーティー人ハーフの父親の元、マドラスとハイデラバードで育ち、タミル語とテルグ語を母語としていた言う。
 米国移住後、ニューヨークの大学でコミュニケーションと報道学を修了。インド帰国してモデル業を始めてすぐ映画界から声がかかり、タミル語映画「Pugaippadam(写真/公開は2010年)」に映画&主演デビューする予定が公開延期が重なり、その次に出演した2009年のタミル語映画「Vaamanan」で正式に映画&主演デビュー(*6)。興行成績は振るわなかったものの、プリヤー演じるヒロインを描く挿入歌"Aedho Saigirai"は一斉を風靡して「プリヤー・ソング」とまで言われる人気を獲得する。
 同年公開の「Leader(リーダー)」「Rama Rama Krishna Krishna(ラーマ・ラーマ・クリシュナ・クリシュナ)」の2本でテルグ語映画デビューして絶賛され、続く2011年には、「180 / タミル語タイトルNootrenbadhu」でテルグ語・タミル語2言語同時製作映画出演。翌2012年の「マダム・イン・ニューヨーク(English Vinglish)」でヒンディー語(*7)映画デビューして、複数の映画賞に助演女優賞ノミネートされる。以降、南インド映画を中心に活躍中。2017年の「Ezra」でマラヤーラム語(*8)映画に、同年公開作「Raajakumara(王子様)」でカンナダ語(*9)映画デビューしている。

 映画前半はヒーロー&ヒロイン以上に画面を賑やかすコメディアン パンダ役のヴィヴェーク、サティーシュ役のサティーシュ(役名と芸名が一緒!)の活躍も見ものながら、映画後半にはヒンディー語・テルグ語映画界で活躍するタープシー・パンヌーが油断できない悪女シュレーヤー役で登場するし、突如大物スターのゲスト出演と言うビックリ・サービス精神もさすが。
 日本で話題になった、姫路城と奈良公園ロケ(*10)のミュージカルシーンの紅葉世界の赤い画面と主役2人の衣裳との対比・同化効果も美しく印象的。紅葉の鮮やかさにここまで注目する映像なんて張芸謀(チャン・イーモウ)監督作みたいでスゴいぞ日本!(そっちじゃない)
 1967年の「007は二度死ぬ(You Only Live Twice)」以降、外国映画の城内撮影禁止になってる姫路城で、城外ながら敷地内の好古園での撮影でありつつお城アピール一切なくその紅葉を切り取る映像美はプロの技ですなあ…(*11)。

 予知能力を持ってると言っても、主人公が望むのは平凡で静かな一般人生活であり、妹(姉?)の結婚資金さえ稼げればギャンブルから足を洗いたいと裏稼業から距離を置こうとする主人公カールティクが、それでもマフィアたちに脅されながら、未来予知が可能なために「この銃じゃ死なないですよ」と逆に凄んで見せる、「悪ぶり」以外の普通人としての虚勢の貼り方もカッコええ(*12)。スーパーマンである通常のマサーラーヒーローとはまた違う、庶民気質のままのヒーロー像として、こっち路線の気弱ヒーローの活躍も色々見てみたい。予知能力という最強カードを持ってしてもトラブルがあっちから転がり込んでくる映画世界とインドの魅力は、避けることのできないお楽しみですわあ。



挿入歌 Pookkamazh (花の香りの [美しい髪を持つ少女たちは、恋の戦いに勝つ決意がある])




受賞歴
2015 Tamil Nadu State Film Awards 特別男優賞(ガウタム・カールティク)


「VRV」を一言で斬る!
・タミル人にとっても、ゴアは羽目を外しに行く観光地なのねん。

2025.12.26.

戻る

*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つ。
*2 +後半の豪華客船のシーンでシンガポール、タイ、ベトナムロケも。
*3 現カルナータカ州都ベンガルール。
*4 奇しくも、この映画のヒロインを演じて女優デビューしたトゥラーシー・ナーイルは、ガウタムの父親カールティクの映画デビュー作でヒロインを演じて女優デビューした、ラーダ・ナーイルの娘だった。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 声は、声優サヴィタ・レッディの吹替。
*7 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*8 南インド ケーララ州とラクシャドウィープ連邦直轄領の公用語。
*9 南インド カルナータカ州の公用語。
*10 英語情報だとOsakaロケとか書いてあるけども…。
*11 撮影も、しっかり姫路城側の監視のもと順調に行われたようでなにより。姫路人もニッコリ。
*12 度胸ありすぎだろ、とは思うけど。まあ、先が見えてる会話だからだろうけれども。