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Yeh Raat Phir Na Aayegi 1966年 139分
主演 プリトヴィラージ(・カプール) & ビスワジート & シャルミラー・タゴール & サイラーシュ・クマール & ムムターズ
監督/原案 ブリージ
"もう終わった、美しい夢を見ていたの"
その日、考古学教授の父とその助手ラケーシュの発掘現場を訪れるリタに連れられてきた、彼女の許嫁スーラジは、発掘作業の様子を眺めている中で物陰から何者かの視線を感じていた…。
その後、2人がかつてのスーラジ邸を訪れて地元青年団と交流している中、発掘現場の方ではついに広大な岩窟遺跡を発見。中には、2000年前と思われる巨大な石窟レリーフとリアルな石像、そしてその床には争った跡と思われる骸骨1体が横たわっていた。発掘隊の開けた入口から入ってくる風によって、その骸骨は装身具を残して塵と化して崩れて行く…。
その夜。スーラジとリタは屋敷に車で戻る途中、エンストで立ち往生してしまう。車の修理に出るスーラジだったが、森の中に響く笑い声と歌に誘われて1人で森に分け入ると……そこには、古風な装いの美女が1人佇んでいた。
「やっと来てくれたのね…。私がわかりませんか? 私は貴方の事を忘れてはいませんよ、スーラジ。私は全て知っています。10年ぶりに貴方が戻ってきた事も、貴方が芸術家になったことも…」
その数日後、大々的な個展を開くスーラジは、その会場に森の中の女性キランがやって来るのを目撃する。
「如何ですか、僕の絵は?」
「物事は何事も、褒めれば褒めるほどその価値は下がってしまうものですよ。…それはそうと、貴方の絵はここにあるものが全てですか? 1つ、足りないものがあるはず。描き終わっていない絵……遥か昔に描き始めた絵が…」
「なにを…なにを言っているですか!?」
挿入歌 Har Tukda Mere Dil Ka Deta Hai (心の隅々まで祈っています)
タイトルは、ヒンディー語(*1)で「2度と訪れない夜」。劇中で言及される、ある特別な時間のことでもあり、主人公にとっての大切な時間のことでもある(かも)。
ブリージ監督の6本目の監督作となる、ヒンディー語・ミステリー映画。1992年の同名ヒンディー語映画とは別物。
1949年の「Mahal(大邸宅にて)」とか1958年の「Madhumati(マドゥマティ)」あたりと同じ路線の、ゴシックホラーロマンスな1本。
来訪者の男(*2)が、どこからか現れた女の幽霊に魅了されて行く危うさと儚さを描くと言うところも似ている。「Mahal」の幽霊騒動は実は裏があって…と言う人間の情動をより儚く描く仕掛けであったのに対し、「Madhumati」は過去のロマンスが主軸にあって、その復讐譚に思いもよらぬ形で幽霊が関わって来るという構造。こういうゴシックホラーものにおける「幽霊はいなかった」「そう思わせておいて実は…」という仕掛けを本作もうまく使ってきて、両名作と異なりつつも踏襲したかのようなオチがついている……んだけど、過去作に比べて台詞での説明が多く、オチまでのお話の持っていき方に急増感が匂うのが惜しい。これ系のお話はオチが一番肝心なので、そこが弱いとどうしても印象が…ねえ。
本作の屋台骨は、完全にキラン役のベンガル人美女シャルミラー・タゴールとリタ役のイラン系美女ムムターズの美貌にかかっていて、特にシャルミラーの白いサリーに映える艶かしい肢体、軽やかな身のこなしは、いつも反響音的に加工がされている声とともに幽霊であるキランの妖しさを何倍にも膨らませ、映画の一番の見せ場を作り上げている。
そう言ったインド東西の美女に囲まれて苦しむ主人公スーラジを演じるのは、1936年英領インド首府であるベンガル州カルカッタ(*3)生まれのビスワジート(・チャタルジー)。
最初の妻ラトナ・チャタルジー(*4)との間に、ベンガル語(*5)映画界で活躍する男優兼プロデューサーのプロシャンジート・チャタルジーと女優パラヴィ・チャタルジーが、劇団主であり映画監督兼プロデューサーの再婚相手イラー・チャタルジーとの間にダンサー兼女優のプリマ・チャタルジーが生まれている。
少年時代は軍医だった父とインド中を移り住みながら俳優を志し、医者になってほしいと反対する父親と衝突して家出。ホステル業をしつつ劇団に参加して舞台演劇で頭角を表す。58年のベンガル語映画「Kangsa」のクリシュナ神役で映画デビュー。大ヒットに乗ってベンガル語映画界で活躍する中、62年の出演作「Dada Thakur」で大統領金憲章を贈られていて、同年には「Bees Saal Baad(20年後)」でヒンディー語映画に主演デビューしている。以降、この2つの映画界で活躍。一方で、69年の主演作「Do Shikaari(*6)」では、当時デビュー間もないレーカーと共演し、彼女の望まないキスシーンを行ったとして後世物議をかもしている(*7)。
74年のベンガル語映画出演作「Raktatilak」で監督デビュー。続く2作目の監督作「Kahte Hain Mujhko Raja (王と呼ばれて)」ではプロデューサーデビューもしている。その他、70年代には歌手としても活動してサリル・チョウドリー作曲の歌を担当してCD発売している。
03年のインド国際映画祭にてインド人パーソナリティ・オブ・ジ・イヤー賞を贈られている他、複数の功労賞を贈呈されている。
2014年に政界進出して、全インド草の根会議派(*8)から立候補するも落選。2019年からはインド人民党に入党している。
本作監督を務めたのは、1933年英領インドのパンジャーブ州グジュラーンワーラー(*9)に生まれたブリージ(生誕名ブリージモーハン・キシャンラール・サダナー)。
兄弟に、映画プロデューサーのチャンデル・サダナー(*10)がいる。
1952年(または1956年)のヒンディー語映画「Bhule Bhatke」で監督デビューし、63年の監督作「Ustadon Ke Ustad(プロの中のプロ)」でプロデューサーデビューもしている。以降、ヒンディー語映画界にて60〜80年代に活躍し多くのヒット作を生み出して行ったが、70年代末期から監督作の興行不振が続いたのち、88年の「Mardonwali Baat」を持って監督&プロデューサー業を引退。その後はプレゼンターやプロダクション運営に関わっていたよう。
映画女優サイーダー・カーンと結婚して(*11)、娘ナムラターと息子カマルが生まれていたが、1990年の息子カマルの20才の誕生日の日に、酩酊状態での口論の末に妻と娘を銃殺した上で自殺してしまう。享年57歳。
父親に銃撃されながらもただ1人生きながらえた息子カマル・サダナーは、その後男優デビューした後、映画プロダクションの有限会社"アンガス・アーツ"を設立して男優兼映画監督兼プロデューサーとして活躍している。
フィルムフェア美術賞獲得も納得の、大規模な遺跡セットの荘厳さはなかなかに豪華。
舞台がインドのどこなのかがはっきりしないけど、公開当時から約2000年前の遺跡ってことは、クシャーナ朝成立前後くらいの頃を想定しているのか、それっぽい「遥か昔」のイメージからか…特に年代を気にせずにいろんな石窟遺跡を参考にしているのか。床に横たわっている白骨が風によって塵と化して行く様は禍々しくもあり、美しくもあり印象的なシーンですわ。
その石窟遺跡に残っていた女性像が、主人公の前に現れる女幽霊と同じ装身具・顔貌をしていると言うので恐れられるシャルミラー演じる謎の女性キランの妖艶さは、まさにその美貌と相まって危険な香り。ムムターズ演じるリタは完全に当て馬的な扱いにされてしまうのも納得な美貌演出が光りますが、その意図的な演出にもしっかり意味があった事を明らかにする物語は、急ぎ過ぎのきらいはあるも「ああ、そう来るのね!」と膝を打つ小気味良さ。主演2人がベンガル人同士と言うのもなんらかの意図を感じるキャスティングながら、そこに割って入るリタの「現代の女性」的強さアピールが、可愛さ優先になっているのも伏線として効果的。キランの方も古風ながら別方向への「強い女性」アピールが光るヒロイン演出ながら、2人が共通して似たようなつり目メイクなのは2人の共通性を匂わす演出? それとも当時の流行?
お話は、どんでん返しに至るまでに幽霊に翻弄される主人公目線と、遺跡発掘隊長であるリタの父親(*12)目線で進行するものの、どちらも翻弄される側の登場人物なので、探偵役にもなれず、事件の当事者として能動的な行動をとるでもないのが、ラストのどんでん返しを弱くさせてしまった原因かもしれない。 映画の中心は、そういった危険な匂いをはらんだ美女との幻想的な恋模様を描くことにシフトしていて、その恋愛と疑惑に揺れ動く主人公スーラジの半信半疑の心の迷いを描くことがこの映画の趣旨ではあろうけど。そんなスーラジが、キランの正体を知ろうと廃墟と思われるキラン邸に乗り込んでいくあたりの画作りなんかは、イギリスのゴシックホラー的な雰囲気も濃厚で良きかな。
発掘隊によって発見される巨大石窟遺跡に対して、さらっと出て来る草に埋もれた船着場の壁のレリーフも似たような様式の彫刻が壁に作られているのも芸が細かい(かも?) あるいは、あの遺跡は地元人には知られた存在だったからこその、女幽霊の出現だったのか…とか思うと、見直している時のワクワク感がまた新しく更新されるようですわ。
挿入歌 Huzurevaalaa Jo Ho Ijaazat To (偉大なるご主人様、お許しいただけるならば [私たちは以上のことを世界にお伝えいたしましょう])
*メインで踊ってる3人は、このシーンのみのゲスト出演であるダンサー ヘレン(・アン・リチャードソン)とダンサー マドゥマティ、男優(N・A・)スレーシュになる。
受賞歴
1967 Filmfare Awards 美術監督賞(サント・シン)
「YRPNA」を一言で斬る!
・考古学教授の使う車のフロントには『卍』が書かれているものなのね!(鉤十字じゃないyo!! "まんじ"だyo!!)
2026.3.20.
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