妖精の輪
分類:異郷/おとぎの国……への扉
交通:可 ヨーロッパ各所に点在 ただし注意が必要
エルフ・ダンスとも。
森や牧草地など朝つゆの降りた草の中に、何本かのすじや円状の模様を見る事がある。これは夜の間にそこで妖精(1)が踊り明かした跡なのだ。
妖精はだいたい丘や森・沼、場合によっては家の地下などで暮らし、人間大の美しい姿から子どもほどのかわいらしいか醜い姿をしている。地域によっては、普通姿は見えないものの特別な場合にのみ人に姿を見せると言う(2)。芸術を好み音楽や踊りに興じ、気に入った人間には好意的であるが一度嫌った者にはとことんまで嫌がらせにくる。非常に悪戯好きで盗癖を持ち、騒音を嫌うと言われる(3)。自分達の持ち物や住処への執着心が強く、その境界をだまって侵そうものなら徹底して抵抗し、多くの場合魔法による仕返しをしてくる。それこそ、不用意に妖精の丘を歩いて妖精の輪やその周囲の石などを荒らすとひどい目に会う事になる(4)。
夕暮れや夜中・月夜の晩などになると丘や森の片隅で妖精が集まって輪舞を踊り、これに招かれた人はこの世ならぬ楽しさを味わい、妖精に気に入られれば金銀財宝や一生の幸福・万病に聞く薬や知識を授けられる。招かれなくとも、偶然にその場を訪れた者が妖精に誘われる事も多い(5)。妖精の輪に参加した場合、一晩楽しく過ごしただけと言う事もあるが、一晩のつもりで数百年もの時間を踊り明かしてしまったり、姿が見えなくなったり、いつの間にか妖精の国に連れられて戻る事ができなくなったりする。特に妖精の差し出す食べ物を口にする事は危ない(6)。踊りの輪は基本的に無礼講のようだが、それでも妖精がひとたび気分を害せば無茶苦茶な返礼がなされる(7)。妖精の輪にとり込まれた男をなんとかして救い出す話は、ヨーロッパ各地にある。
トマス・カイトリーによれば、これら妖精にまつわる伝承は西アジアの観念が北欧の人々によってヨーロッパ各地に伝播されて根づいたのではないかと言う。
草むらに出来たすじ状の模様の他、円形に生えた草や花・石なども妖精の仕業と見られたようで、そのような物が近くにあると、妖精が近くに来た証拠と見られたみたいです。もっとも、やや嫌われる感のある妖精についての話には、なんとなーく部外者に対する偏見めいたものを感じないではないですが…。
妖精そのものは地域や時代によって、かつて信仰された古い時代の神々の名残とも、洗礼を受けられないまま漂う子どもの霊とも、堕ちた天使などとされてきました(8)。自然の営み全てが神の被造物としたキリスト教社会のヨーロッパで、簡単に説明できない現象を説明しようとして生み出されたのが「妖精のしわざ」だったようです。
現在、妖精の輪(フェアリー・リング)と言えば円状に群生するキノコを指します。キノコが作る菌輪が円形の足跡のような跡を残し、そうしたキノコは大概毒性を持つそうです。案外「妖精の輪に加わると、酷い目に会うか幸福になる」と言う伝承は、この事を説明しているのかもしれません。
参考
「妖精の誕生 フェアリー神話学」
トマス・カイトリー 著 市場泰男 訳 教養文庫
2005.9.22.
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(1) 地域によってエルフ(アルフまたはアルファル)とかドゥエルガル(ドゥウォーフ)・トロル・ニス・ネック・コボルト・フェアリーなどとも呼称され、単に丘の人とか小人・魔神(デモン)と呼ぶ事もある。
(2) スカンジナビアでは、日曜日生まれの子どもは妖精を見る能力をそなえているとされた。
(3) さらにキリスト教も嫌い、教会や聖水のまかれた場所に近づけないと言われるが、アイスランドなどでは逆にキリスト教徒と関わる事を喜び、フィン民族の伝説では教会の下に小人が住んでいるとされた。
(4) スカンジナビアでは、妖精の丘に来ると家畜の害を防ぐため「お前の丘の草を家畜に食べさせてもいいかい?」と呼びかけ、返事が来なければ害はないと言われた。
(5) 北フランスでは否応なく踊りの輪に入れられ疲労で倒れるまで抜けだせない。酷い時は空中に放り上げられ大怪我を負うか死んでしまうとされる。
また、特に男性は、妖精の乙女の誘いには抵抗できないんだそうで。
(6) 異なる集団の食事に参加する事は、その集団に帰属するとみなされる観念は世界中にある(オルフェウスの冥界下り譚など)。この考えで行けば、妖精たちと食事をすることは妖精の世界の一員になる儀式となる。
(7) 日本の「こぶ取りじいさん」によく似た話がアイルランドに伝わっている。
(8) 「堕ちた神々」とも言われる日本の妖怪と、その意味では同じ…なのかなぁ。
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