ファンタジーな地名辞典

エリン

分類:原世界
交通:現在のアイルランド

 エリンとはローマ以前のアイルランドの呼び名で、古代ヨーロッパにおいて大きな影響を与えたケルト文化を最も色濃く残す土地である。
 古書「レボル・ガバーラ(侵略の書)」によれば、『創世記』のノアの洪水の40日前にノアの息子ビトとその娘セゼールと男2人・女50人が始めてエリンの島にやって来たとされる。この人々はノアの言いつけに従ってこの島に洪水を逃れにやって来たものの、結局洪水から生き残ったのはただ1人フィンタンと言う男だけであった。フィンタンはこの後、5000年もの間生きのびてエリンの歴史を見守る事になったと言う。
 この後、西の方(1) からセラ(2)の息子バーホロン族・男女24人がエリンに上陸する。彼らはエリンの地を開拓し繁栄していったものの、ある年に疫病の流行によってトァン・マッカラルと言う男を残して全滅してしまう。トァンもまた、転生を繰り返しながらエリンの歴史を見続けていく。
 次にネメズ族・男女わずか9人がやってきて開拓を始める一方で、フォモール族(3)との争いが始まり、ネメズが滅んだ後にフィルボルグ族(4)がやって来てエリンを5つに分けて統治し始め、さらにその後トゥアハ・デ・ダナーン(5)別名ダーナ神族と言う巨神族が魔の雲に乗って南の方からやって来て先の2種族を支配下に置く事に成功する。
 ダーナ神族はエリンの各地に降りてそれぞれ土地神や祖先神となって一時はエリン全土に平和な楽園世界を築き上げたものの、新たに西の方からやって来た地下の神ビレの息子ミレー族との戦いに破れその支配権を譲り、神々は地下と海の彼方に身をひく事になる(6)。このミレー族の上陸に際し、これを祝福したダーナの3人の王妃(バンバ・フォトラ・エリウ)は長い事ミレー族に土地の名として親しまれ、特に未来をも祝福したエリウ王妃の属格名「エリン」は国の名として後々まで称えられる事になった。こうして、ダーナ以前の神々の時代は終わり(7)、ミレー族による人間の時代が始まる。神話はさらに、半神半人の世界での英雄騎士たちの物語をかたや野性味溢れる形で伝え、またロマンに満ちた物語として伝えていく(「レンスターの書」「リカン黄書」他)
 
 そもそも、ケルトの伝承は詩人やドゥルイド僧による口承で伝えられたため現在はそのほとんどが散逸し原形を知る事はできません。私達は数少ないケルトについての記録やキリスト教伝道師たちによる研究によってその断片を知るだけなのです。
 とは言えケルトの世界観は長くヨーロッパに強い影響を与えており、各地に残る妖精物語にはケルトの神々の影が大なり小なり感じられます。ケルトの人々は魂の普遍性を信じ、その転生を信じ、大地を崇拝していた様です。ダーナの神々は地下にこもってからは、もっぱら丘に現れる小人の姿をした妖精として人々に親しまれている様ですし、魂も大地から生まれ大地に帰っていくと考えられていました。
 こうした彼らの文化・思想は文字と言う形では残りませんでしたが、様々な芸術品を生み出しケルト美術と言う独特な様式を作り上げて私達の前に現れて来ます。

以上の文を書くにあたり
「ケルトの神話 女神と英雄と妖精と」井村君江著 ちくま文庫
を参考とし、固有名詞の表記等これに従った。
2003.6.1.

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(1) 一説にギリシアまたはスペイン・黒海北海岸のシシヤの国からやってきたとされる。
(2) 西方の意。西の海の彼方の人格化だろう。
(3) 海の下の意。海への恐怖の人格化か。
(4) 皮を持つ人の意。
(5) 女神ダヌを母とする種族、の意。魔の雲に乗ってやってきたと言う記述は嵐を指すとされる。一説にエリンを生み出した神々がグレートブリテンに移った後、再び帰ってきたのがこの神々だとも言われる。
(6) この後にダーナ神族が地下に創った新たな楽園がかの常若の国"チル・ナ・ノグ"である。ケルトの伝承にとって地下と海の彼方は、人智の及ばぬ不可思議な世界とされていたよう。
(7) しかし、神話はダーナ神族以外には「神」の語を使っていない。他の先住民は魔物フォモールを除き全て人間だったよう。