ファンタジーな地名辞典

アルキ(ス)の森

分類:聖地
交通:現ポーランドのヴロツラフ近在の山?
 
 ゲルマン大移動以前の、北部ヨーロッパに存在した古代ゲルマン系諸族の実体を記した研究書「ゲルマーニア」の中に、具体的に現われる聖地。
 紀元1世紀頃、ヴァイクセル河中流とズデーテン山系の間に住んでいた有力部族の1つナハナルワーリー族が神聖視した森があった。ローマ人タキトゥスによれば、女の装いをした司祭がひとりで祭祀を管理し、2柱の兄弟神を崇拝する。神の名をアルキ(ス)(1)と言い、その性質はローマ神話におけるカストルとポルックス(2)にあたるとされるが、タキトゥスの記述以外にこの神の伝承が残っていないため、はっきりした事はわからない。
 タキトゥスは、ゲルマーニア全体の信仰については特にメルクリウス(3)を尊信し、他にヘルクレースとマールス(4)・イースィス(5)にも 人身御供の儀式を行うと伝える。部族の起源を伝える歌(6)によると、大地から生まれた神トゥイスコー(7)とその子マンヌス(8)によって人が生まれ、マンヌスの3人の子または子孫によってインガエウォネース・ヘルミノーネース・イスタエウォネース(9)などの諸部族が発生したと伝える。
 
 「ゲルマーニア」は、ゲルマン族に関する研究としては最古のもので、当時のローマ帝国と対比しながらその生活様式や習俗・分布を記したものです。神話伝承に関する本ではないのですが、結果的に北欧神話(10)の源流をかいま見せる記述を残す事となりました。
 もっとも、現在の北欧神話にはアルキ(ス)にあたる神格は見出せません。おそらくは時代とともに霧散あるいは習合してしまった原信仰なのでしょう。ゲルマンの神々をローマ風に紹介するのも当時としては当たり前の表現形式のため、その世界観はおぼろげに伝わるのみです。まぁ、この表現は表現で「じゃあ、アジアの信仰を調べていたらなんて書いたんだ?」とか考えるのもおもしろいですが(11)
 現在、我々が知るゲルマンの信仰体系は「ゲルマーニア」成立のずっと後の8世紀以降に現われる「エッダ」によるものになります。

参考
「ゲルマーニア」
タキトゥス 著 泉井久之助 訳註 岩波文庫
「エッダ グレティルのサガ」
松谷健二 訳 ちくま文庫

2005.10.31.
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(1) Alci(s)
 原義不明。読みもアルキ(ス)が正しいかどうかは不明。他にAlce,Alx,Alcesとも。
(2) ともにギリシャ神話から伝承される英雄。ゼウスとレーダの間に生まれ、戦いと海上風波の危難を救う神とされる。黄道12宮における双子座。
(3) ギリシャ名ヘルメース。
 風の神で飛行・疾行のゲルマン神話の神であるウォーダンの事だろうとされる。
 ちなみに、この神の英語表記 Mercury は水星の意でもある。
(4) 英雄神と軍神。ゲルマン神話におけるトールまたはそれに類する神かと言われる
(5) もとエジプトの女神。ローマに取り込まれ信仰を広げたため、ここではそれに類する神もしくはゲルマンに取り込まれたイースィスかとされる。
(6) タキトゥス時代のもの。現存していないため詳細不明。
(7) 古ゲルマン神話の天帝ティウ神の子とも、双生神の意とも言われるが詳細不明。
(8) 人の始祖を意味するゲルマン語詞がラテン形化された名とされる。
(9) すべてゲルマン族の部族名。
(10) いわゆる北欧神話とは「北欧諸国」の神話ではなく、当時北部ヨーロッパに分布していたゲルマン人たちが持っていた信仰体系をまとめたもの。
(11) 「遠く東の果ての人々は、女の姿で現われるアポロンを崇拝していた!」…なんてね。
 随分「ゲルマーニア」当時とは時代が違うけど。