ファンタジーな地名辞典

マーシュ山

分類:聖山
交通:選ばれた者のみ(神以外ほぼ不可能)
 
 世界最古の物語「ギルガメッシュ叙事詩」において、英雄ギルガメッシュが不死を求めてたどり着いた、楽園へ至る門の役目をする山。
 マーシュとは「双生児」の意。日の出と日の入りを司り、毎朝太陽神がノコギリで太陽の通り道を開けるため峰が2つあるのだと言う。その頂上は『天の岸』に達し麓は冥界までのびると言う。この山には日の出日の入りを監視するサソリ人間(1)がいる。上半身は人間、下半身はサソリ、鳥の足を持ち「死」と形容されるほど恐ろしい姿をしている。
 文明発祥の地メソポタミアに現れたシュメールの伝承によると、原初の海からアン(2)とキ(地母神)が生まれエンリル(風/嵐の男神)を生んだが、エンリルはキをしりぞけて地の神となった。その後、エンリルはナンナ(3)を、ナンナはウトゥ(4)を生み、その後にエンキ(5)・イルカ(6)・イナンナ(7)などの多くの神々(8)が現れ、人間によって造られた都市にそれぞれ降り立ち崇拝されるようになる。
 しかし、人間の所行を危惧したエンリルによって大洪水が起され、エアとアンに祝福されたジウスドラ(9)の葦船に乗った生物以外は水に流され、5つあった都城は全て崩壊した。
 マーシュ山の門の彼方にある楽園に住んでいるのが、この大洪水を生き抜き神の列に入れられたジウスドラで、この世で唯一不死の身体を持つ「人間」である。
 
 世界中にある聖山信仰のシュメールにおける一つなのですが、マーシュ山の所在は不明。おそらくレバノン山地であろうと言う説もありますが、はっきりしません。
 紀元前四〜五千年紀の古代メソポタミアで興ったシュメール文化は初めて文字を発明させ高度な文明を発展・保持しアッシリア人やバビロニア人などに多大な影響を与えました。大洪水の伝承が『創世記』のノアの方舟伝承を、冥界下りの伝承がギリシャのアドニス神話や日本のイザナギ神話を想起させるのも、シュメール文化の影響が広く伝播していったからとみてもあながち間違いとは言えません。特に大洪水伝承の発見がヨーロッパに与えた影響は大きく、19世紀中ごろからアッシリア学は飛躍的に発展していき、「ギルガメッシュ叙事詩」などアッシリアの資料の再構築・研究発表が次々に行なわれています。
 「ギルガメッシュ叙事詩」によると、マーシュの門を越えるとどこまでも続く深い闇が広がり、それを越えると宝石と果実に満ちた楽園が現れ、「死の海」を越えるとジウスドラのいる「遥かなる地。川々の河口」に至るとされています。

参考
「ギルガメッシュ叙事詩 付 イシュタルの冥界下り」
矢島文夫 著 ちくま学芸文庫刊
2004.5.16.

戻る

(1) ギルタブリルとかパピルサグとか言われる。
(2) 天父神。別名アヌ。
(3) 月の男神。別名シン。
(4) 太陽神。別名シャマシュ。
(5) 水の男神。別名エア。
(6) 冥界の女王。別名エレシュキガル。
(7) 愛と争いの女神。別名イシュタル。
(8) アヌンナキと総称される。
(9) 生命を見た者の意。別名ウトナピシュティム。