ファンタジーな地名辞典

東勝神洲

分類:地域
交通:可能?
 
 東勝身洲とも。
 「西遊記」を代表とする大乗仏教・道教思想の宇宙観に登場する世界(の一部)。
 まず、世界には卵のような混沌があった(1)。混沌より盤古が生まれ、その成長にあわせて混沌は陰と陽に別れて天地が離れていく。一元(2)ののち日・月・星・辰の四象が生まれ、5千4百年して天地固まり、5千4百年して水・火・山・石・土の五形が現れ、5千4百年して万物出現し、5千4百年して人・獣・禽が誕生した。
 三皇五帝(3)の出現によって、世界は四大部州に分たれた。すなわち東の東勝神洲。西の西牛貨(さいごけ)洲。南の南贍部(なんせんぶ)洲・北の北倶廬(ほっくる)洲である。「西遊記」内の如来(=仏陀)の言葉によれば、東勝神洲の人々は信心深いが愚昧で真言を理解しない。北倶蘆洲の人々は好戦的で薄情だがそれゆえ悪人は少ない。西牛貨洲の人々は求道に長け長寿。南贍部洲の人々は欲望に弱く争乱が多いと言う。
 東勝神洲の海の外に大海と接する傲来国があり、その近海に混沌が清濁に分化した頃からそびえる花果山がある。その頂上にある石卵が霊気・精気を長い間浴びた結果、一匹の石猴が誕生した。石猴はサルたちの王となり美猴王を名乗るが、仙道を求めて大海を渡り南贍部洲〜西牛貨洲に至って、霊台方寸山の須菩提祖師(4)から"孫悟空"の名をもらって不老不死の仙術・72の変化術を修得する。
 仙術によって故郷の東勝神洲に戻った悟空は、北(=北倶蘆洲?)から到来した混成魔王をやっつけて、花果山の武装強化のために傲来国の都の武器庫を全て奪い取った。こうして東勝神洲一の軍勢を花果山につくって、山の72洞の妖王・4万7千匹のサル全てを支配下に置く。
 さらに悟空は、東海竜宮の宝を奪い冥界をも荒らした。このため、天界の玉帝に招集されて弼馬温(5)に封じられて弱体化を図られるも、これに怒った悟空は大いに天界を荒らし、花果山を根城に"斉天大聖"を名乗って托塔李天王(6)率いる天界の軍と戦った。一時、降伏した天界に斉天大聖の職で滞在した悟空だが、再度天界を荒し回り托塔李天王軍の他、顕聖次郎真君(7)・観世音菩薩(8)などを敵にまわして争い、最終的に西天からやってきた如来によって(南贍部洲の)五行山に封じられた。
 
 以上が「西遊記」の前半(第1回〜第7回)の東勝神洲を中心とした物語です。この後、三蔵法師の旅の出発点である大唐国(中国)は南贍部洲にあり、終着地である三蔵(9)のある西天(インド)は西牛貨洲にあるという説明が出てきます。とすると、北倶廬洲はシベリアや北方騎馬民族たちの土地を指してると思われるのですが、では東勝神洲とはどこの地域なのでしょうか?
 日本に「西遊記」が紹介された一時期、この東勝神洲は日本列島の事ではないかと言う解釈が生まれ「神洲日本」と言う言葉もできたとかなんとか。実際「史記」には東方の海の果てには神山があると言う話もあり、秦代の徐福は不老不死の仙薬がこうした神山にあるとして、東南の海に船出して日本各地に徐福到来伝説を残しています。おそらく花果山とは、そうした神山の世界観の1パターンなのでしょう。東西南北の四大部洲の名前は、おおざっぱに世界を4つに分けたものですから、東勝神洲も漠然と「中国から東側の世界」と言う区分なのかもしれません。南贍部洲が中国・西牛貨洲がインドと考えると、東勝神洲は日本だけでなく東南アジア諸島なんかも入っているのか…も…。
 花果山や傲来国の場所ははっきりしませんが(10)、「西遊記」内の記述から逆算してみると、石卵から悟空が生まれたのは紀元前6世紀〜5世紀頃の春秋戦国時代。中国では諸子百家が現れて古代中国文化の基礎が築かれた時代となっている…ようです(11)。 どうでもいい事ですね、ハイ。

参考
「西遊記」
中野美代子 訳 岩波書店
「封神演義」
安能務 訳 講談社文庫
2007.6.21.
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(1) この宇宙卵神話は世界中にあり、古くはインドに巨大卵からの宇宙誕生説話がある。おそらくこうしたインド思想から生まれた観念。
 これとは別に、北欧神話などで巨人の死体から世界が生まれる死体化生神話があるが、中国神話でも盤古の死体から世界が生まれたとする別種の伝説もある。
(2)「西遊記」では十二万九千六百年を一元としているが、「漢書」では四千六百十七年。
 もと西方のプラトニック・ナンバー(1296万)がインドのトレーター・ユガ(129万6千)をへて中国に伝わったものを北宋時代あたりに整理したものか。
(3) 伝説的な神話時代の天子。三皇は伏義・神農・ジョカ(漢字表記不能。ジョカの代わりに燧人か祝融を入れる説あり)、五帝も諸説あり。
 五帝の最後の舜の命で治水事業を行った禹が、舜から天子の位を授けられ夏王朝が建国する。
(4) 仏陀十大弟子の一人スブーティーの漢訳名。別名 空生。こうした仏教的存在が道教的存在に変化する事は「西遊記」中なんども起こる。
(5) ひつばおん。天界の最下級の役職である馬番。
 猿は馬の瘟を避ける力があるとする民間信仰「避馬瘟」にひっかけた造語。猿が馬の保護者であると同時に馬の宿敵(河童や龍と同義)となる、と言う観念は「西遊記」のいたる所や日本の河童駒引伝承などに多数見られる。
(6)インドのヴァイシュラヴァーラの漢訳 毘沙門天のこと。四天王における多聞天。
 唐の頃に毘沙門天信仰が活発になり、片手で塔を捧げている事から托塔天王と呼ばれた。さらに後に李靖(唐初の名将)と混同されるようになり托塔李天王と呼ばれるようになる。
 この時の天界軍の先方を担ったナタは毘沙門天信仰における毘沙門天の末子。「封神演義」にも登場し、この時は商(殷)の陳塘関の総兵 李靖の子として誕生。太乙真人の元で仙術を学び、蓮の花に転生。太公望とともに殷王朝を滅ぼした。中国では孫悟空とともに人気のある少年英雄。
(7) 二郎神・灌口二郎神とも呼ばれる長江一帯の治水神。モデルは、治水の功から祀られた秦代の蜀の大守 李冰親子とも、同じく治水の功ある隋代の蜀の大守 趙イクとも言われる。さらに長江の治水の神と崇められた楊四将軍とも、「封神演義」の楊セン(北宋に実在した宦官)ともする説あり。
 悪龍退治など数多くの伝説を持つ。
(8)菩薩とはボーディサッタの漢訳。「悟りを求める人」の意で大乗仏教では信仰・礼拝対象として象徴化・神格化されたほとけ。その中で観世音(正しくは観自在。略して観音)は現世利益のほとけとして信仰を集めた。元来はイラン系の女神で、中国においては護海神とされる。
 従者として恵岸行者を連れているが、この人物は托塔李天王の次男 木叉である(封神演義でも木タクの名で登場)。
(9) 仏教の聖典を経・律・論に分けたもの。如来の言によればその数は一万五千百四十四巻。
(10) とは言え、調べてみると中国の江蘇省連雲港市に花果山と言う山があるそうな。江蘇省の有名な観光地で、現在も登る事ができる。とすると、東が南で南が北で…あれ?
(11) 計算間違いとか読み落とししてなければ(超弱気)。
 孔子誕生以後百数十年間のあたりか?