インド映画夜話

'96  2013年 137分
主演 ヴィジャイ・セードゥパティ & トリシャー
監督/脚本 C・プレムクマール
"さあ、もう帰る時間だよ"




 旅から旅のカメラマン ラーム(本名ラーマチャンドラン・クリシュナモルティ)はその日、講師の仕事の帰りに生徒の車で送られてチェンナイへ戻る途中、偶然故郷のタンジャーヴルにやって来ていた。
 懐かしい母校を目にした彼は、旧知の警備員との会話をきっかけに同級生たちと久しぶりに連絡を取り合う。ひとしきりSNSで盛り上がった同級生たちは、2ヶ月後に「'96年度卒業生同窓会」を開こうと言うことになって…。

 その同窓会当日。出席予定者の中でなかなか会場に現れない同級生がいた。
 「それは、誰? もったいぶらずに教えてよ?」
 「そうだ。誰のことだ? 言ってみろよ」
 「いや、その…」
 友人たちは、言葉を濁し目配せしながらラームのことを気遣っていたが、ついに答える「…ジャーヌ、だよ」
 その名前を聞いたラームの脳裏に、忘れられない彼女との思い出が蘇る…。


挿入歌 The Life of Ram (ラームの人生)


 22年の年月を経て再会する男女の秘めた思いを描く、タミル語(*1)ノスタルジー映画。
 19年にはカンナダ語(*2)リメイク作「99」が、20年にはテルグ語(*3)リメイク作「Jaanu」も公開。

 インドより1日早く米国で公開が始まり、インド本国と同日公開でオーストラリア、フランス、クウェート、ニュージーランドでも一般公開。
 日本では、2019年にSPACEBOX主催のIMW(インディアンムービーウィーク)にて上映されている(*4)他、2021年には配信サイトJAIHOにて配信。2023年のIMWパート2でも上映。翌24年の池袋インド映画祭@シネ・リーブル池袋、鹿児島のガーデンズシネマ「秋のインド映画特集」でも上映。DVDとBDも発売されている。

 冒頭から、インド各地(*5)の風光明媚な情景の大きさと主人公の孤独を対比するようなカットの数々に魅了される画面の美しさがスンばらし。
 その詩的空間を堪能する主人公が、図らずも故郷に戻って来た事で取り憑かれる郷愁の中で、いろいろな思い出を生徒に語る思い出の語り口が徐々に寡黙なっていくしかない、さまざまな思い出の儚さをこれでもかと描いて行く一本。

 22年の時間を経て再会する同級生や学校の変わりよう、そこにあった友情と初恋の思い出、ほんの少しのすれ違いと時の流れによって過ぎ去ってしまった美しい過去と今現在の有様のギャップ…。
 お互いに想いが通じ合っていたラームとジャーヌが、それでも一緒に人生を歩むことができなかった後悔と、そうなるようにしかならなかった偶然とも運命ともつかない巡り合わせが、それぞれに今の2人の逡巡を生んで行く過程がつくづく儚く、美しく、寂しくもある。2人を取り巻く画面背景の情景群が、常に線対称の平行線(*6)を強調する形で画面に配置されているのも意図的な演出だそうで、2人を取り巻く世界もまた、2人の運命を表現するかのような画作りもまた美しい詩的世界を醸し出す。道路のセンターライン越しに歩く2人…2人の時間の限界を表すかのような空港の存在感…障害物越しから見つめる視線…。もしかして、「'96」と言うタイトルの数字も、交わりそうで決して交わらない対象関係の形と言う物語を象徴する姿、なの、か…!!

 本作で監督デビューとなったC・プレムクマール(別名C・プレム・クマール)は撮影監督出身。
 2009年のタミル語映画「Pasanga」あたりで撮影監督デビューした人のようで、数々のタミル語映画のカメラマンを務めた後、助監督経験のないまま本作で監督&脚本デビューして大絶賛を浴びる。本作の後、2020年には本作のテルグ語リメイク作「Jaanu」も監督している。

 主役2人の学生時代を演じたのは、これが映画デビューとなるアーディティヤ・バースカルとゴウリ・G・キシャン。どちらも新人(*7)とは思えぬ繊細な演技を見せつけ、儚く美しいノスタルジックな青春劇を彩っている。本作の魅力を背負っているのは、主役演じるセードゥパティ&トリシャーと共に、アーディティヤ&ゴウリの2人によるところも大きいですわ。

 まあとにかく、不器用な、あまりにも不器用な初恋模様のラームとジャーヌの青春劇がそれだけでまぶしく、それがよりまぶしくなればなるほどその青春を引きずったままの現在の2人のありようの儚さがより強調されて行くさまが、もうなんと言うか、もう…。
 ラームに懐いている女子学生を前に、ジャーヌが「あの時の再会がうまく行っていたら、あったかもしれない2人の幸せな結婚生活」を語る姿の幸せそうな笑顔の、なんと儚げなことか。それを聞くラームの胸の内も、女子学生が見せたラームへの好意もまた再びそこですれ違って行く様を見ることになる我々観客側の視点も、永遠に交わり合うことのない平行線上にいることを突きつけられながら、それでもそんな夢想に幸せを感じてしまう。あまりにも儚い、その初恋の様が美しい一本でありますことよ。

プロモ映像 Kaathalae Kaathalae (愛、愛とは…[孤独の最高の連れ合い])


受賞歴
2018 Behindwoods Gold Medal 男優デビュー賞(アディティヤ・バースカル)・女優デビュー賞(ゴウリ・G・キシャン)・女声・オブ・ジ・イヤー賞(チンマニィ)・音楽監督賞(ゴーヴィンド・ヴァサンタ)
2019 Ananda Vikatan Cinema Awards 主演女優賞(トリシャー)・女性プレイバックシンガー賞(チンマニィ)・作詞賞(カールティク・ネーター)・男優デビュー賞(アディティヤ・バースカル)・最優秀スタッフクルー賞
2019 ノルウェー Norway Tamil Film Festival Awards 主演男優賞(ヴィジャイ・セードゥパティ)・主演女優賞(トリシャー)・作詞賞(カールティク・ネーター)・女性プレイバックシンガー賞(チンマニィ)・プロダクション賞・バルマヘンドラ監督賞
2019 Edison Awards 助演男優賞(バーガヴァティ・ペルマル)・女優演技賞(デーヴァダルシーニー)・女優デビュー賞(ゴウリ・G・キシャン)・人気ヒーロー・オブ・ジ・イヤー賞(ヴィジャイ・セードゥパティ)
2019 SIIMA(South Indian International Movie Awards) 作品賞・女優デビュー賞(ゴウリ・G・キシャン)・監督デビュー賞(C・プレムクマール)
2019 Filmfare Awards South タミル語映画作品賞・タミル語映画主演男優賞(ヴィジャイ・セードゥパティ)・タミル語映画主演女優賞(トリシャー)・タミル語映画音楽監督賞(ゴーヴィンド・ヴァサンタ)・タミル語映画作詞賞(カールティク・ネーター)・タミル語映画女性プレイバックシンガー賞(チンマニィ)
2019 Vanitha Film Awards タミル語映画女優賞(トリシャー)


「'96」を一言で斬る!
・グループメッセージのスタンプに使われてる、ヴィジャイの『I’m Wating』かっこエエエエー!!!

2021.5.28.
2021.6.16.追記
2023.11.23.追記
2024.2.23.追記
2024.5.3.追記
2024.9.20.追記

戻る

*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド カルナータカ州の公用語。
*3 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*4 この上映で、日本でのセードゥパティファンが急増した…かもしれなくもないかもしれない。うん。
*5 …だよね? ハウラー橋のところはわかったけど。
*6 交わることなく、一定の距離を保つ2本の線…ラームとジャーヌを体現するかのように。
*7 TV出演はしてたみたいだけど。