インド映画夜話

何も知らない夜 (A Night of Knowing Nothing) 2021年 103分(97分とも)
ナレーション ブーミスタ・ダース
監督/脚本/台詞 パヤル・カバーリヤー
"学生運動への、弾圧事件の真実"




 インド映画&テレビ研究所S18号室の戸棚から、小物の入った箱が見つかった。匿名"L"の残したものがー

 あなたへ。
 元気? あなたが恋しい。日を追うごとに思いが募る。
 私は大丈夫。昨日、ムクルがお茶しに来た。最近不思議な夢を見るというの。あなたと私の話に奇妙なほど似ていたの。思い出さない日は、ないわ…。
 この前、学科長に呼ばれてあなたの欠席について聞かれた。どう話そうか悩んだけど…言えるはずない。私と結婚したいと親に伝えてから、軟禁されているなんて。
 もう、キャンパス生活に限界を感じてる。新たにできたルールは、学生とも映画とも関係ない。締め付けの理由は、学生ストのせい……






 短編映画「Afternoon Clouds(午後の雲)」で、カンヌ国際映画祭上映作に選考された過去のあるパヤル・カバーリヤーの長編映画デビュー作となる、仏印合作、ヒンディー語(*1)+ベンガル語(*2)ドキュメンタリー映画(*3)。
 日本では、2023年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されて、インターナショナル・コンペティション部門ロバート&フランシス・フラハティ(大)賞を受賞。カバーリヤー監督の次の監督作「私たちが光と想うすべて (All We Imagine as Light / Prabhayaay Ninachathellam)」の一般公開に合わせて各地で上映された後、BDの発売された。

 …なんとも不思議な、重々しくも切ない映画であり、映像記録? な1本でありました。
 ドキュメンタリーを語るときについてまわる「ドキュメンタリーとはなんぞや?」って命題も、こういう手法で描かれると「これもまたドキュメンタリーと言えなくはないんですかねえ」とか説得されてしまう感じもする。不思議。

 映画は、2016年に実際に起こったジャワハルラール・ネルー大学事件(*4)の拡大〜収束までの映像を用いながら、架空の「Lの残した手紙」とナレーションでその当時の学生の息吹のようなものを追加させて、二重三重に学生運動の混乱具合と世評とのギャップをあばきだす構造。
 監督の母校FTII(インド映画&テレビ研究所)の1学生だったとされる"L"の、恋人との破局から始まる手紙の内容は、虚実入り乱れた情報戦の様子も見せる学生運動の混乱を、卑近な「恋人への手紙」に託した独り言の中で浮かび上がらせ、徐々に"L"の背景に立ち現れてくる学生運動の様子、その渦中の学生を襲う政治組織や世間の冷たい反応、その理想と現実のギャップの中でもがく学生たちの袋小路を見せつけてくる。
 ザラついた白黒画面の映像が、その記録自体が「昔のこと」にされたものである事を表しながら、その中で生きていた学生たちの様子を通して、あるいは映画として追加されている"L"の独白を通して、「そこで起きていた切迫した事実」が「映像として消費」され「情報が過去に流され」ていく様をも見せていく。それこそがドキュメンタリーのドキュメンタリーとしての機能だと言わんばかりに。映像として撮られた「事実」の姿が、TVやスクリーンに投影される事で「消費」される1要素にしかならなくなっていく姿は、政治対立に利用され迷走させられた過酷な学生運動の記憶そのものをも「過去の姿」に追いやり、1度消費されてしまえば誰も思い出すこともない「無かったこと」にさえされていくものともなっていく姿をあらわにする。

 実際に起きた学生運動の記録以上に、その瞬間瞬間を切り取っていく映像記録そのものが、世間が忘れ去った事実の断片としての希少性を持ち、その時の学生たちや大学側、世間の人々の温度差を見せていく臨場感を再現する媒体としても機能し、同時に学生運動を迷走させたフェイク映像との親和性による映像の信用ならなさをも強調するかのよう。
 真偽不明の"L"の独白と言うナレーションの追加によって、ドキュメンタリーとフィクションの境界は混ざり合い、映像という客観的事実の記録の説得力の強化と虚構性の拡大は、そのまま不可解な事件そのものの真実がなんだったのか、と言う学生たちの憤りそのものへの煮え切らない逡巡をも表現していくよう。
 インドで起きた学生運動の不条理さの記録としても、1映像作家の投げかける「映画の役割とは? 映画とは何?」と言う疑問としても、ドキュメンタリーの定義としても、解答のない世間一般の現実を映す新たな手法の確立を狙う1本でもあるかのよう。




受賞歴
2021 仏 Cannes Film Featival ルイユ・ドール(黄金の目ドキュメンタリー)賞
2021 加 Toronto Film Critics Association アンプリファイ・ボイスBIPOC(黒人、先住民、有色人種監督作品)部門賞
2021 アルゼンチン Mar de Plata International Film Festival 変革賞
2021 米 CIFF(Camden International Film Festival) 新進映画ヴィジョン賞
2021 ポルトガル LEFFST(Lisbon Film Festival) 作品賞

2022 Indian Film Festival of Melbourne ドキュメンタリー作品賞
2022 台 Taiwan Inernational Documentary Film Fesitval アジアン・ヴィジョン部門功労賞
2022 チェコ Doc Alliance Awards ドキュメンタリー映画作品賞
2022 MIRAGE Film Festival ミラージ監督賞

2023 日 山形国際ドキュメンタリー映画祭 インターナショナル・コンペティション部門ロバート&フランシス・フラハティ(大)賞


「何も知らない夜」を一言で斬る!
・映画と地域社会の結びつき、というものを意識する時、確かに『ただ楽しんでるだけでいいのか?』って疑問は頭をもたげるよねえ…。

2026.6.19.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*2 北インドの西ベンガル州、トリプル州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある。
*3 別に、創作ドキュフィクションとも呼称される。
*4 2016年、カシミール分離主義者の死刑執行に抗議する学生運動の拡大と、その学生運動に反対する団体の訴えを聞いたジャワハルラール・ネルー大学(以下JNU)当局との衝突が激化。学生組合会長他数人の学生が逮捕・起訴されたことにより、その抗議運動がインド全国に拡大し、数々の暴力事件へと発展。JNUの運営も数日間停止された事件(映画内では、ヒンドゥー教至上主義者とつながる大学運営方針、大学側の学費値上げに対する反対運動、と描かれていた)。
 この事件における扇動、暴力事件の数々に、大学とは関係ない人間が介入していた事実が撮影されていて、事件を報道する側も証拠不十分な扇動情報まがいなものを流布させていた事実も確認されている。