インド映画夜話

Azhagiya Tamil Magan 2007年 160分 (171分、165分とも)
主演 ヴィジャイ & シュリヤー・サラン
監督/脚本/台詞 バーラタン
"あなたはグルじゃない…グルじゃないわ"


ファンメイド予告編


 チェンナイの大学生で陸上選手でもあるグル(本名グルモーティ)は、義理堅いながら友達とつるんで遊び暮らす陽気な青年。そんな彼の優しさに触れたファッション専攻の大学生アビ(本名アビナヤ)は、出会い当初の喧嘩もどこへやら、日に日に仲良くなって距離を縮めていく。

 そんなある日、大学での授業中にグルは、突如隣人の小学生レーヌーが転落死する情景を垣間見て動揺。すぐレーヌーの家に連絡を入れるも、自分の見た幻を説明できないままレーヌーが元気なことを間接的に確かめて満足してしまう。しかし、そのすぐ後に帰宅してきたレーヌーはグルの見た幻の通りに集合住宅の踊り場から転落してしまい…!!

 レーヌーの死のショックをアビとの婚約生活で紛らわせようとするグルだったが、両家の父親への挨拶が済んだ直後、今度はグルの父親たちを乗せたバスと列車との衝突事故の情景がグルの脳裏に…!!


挿入歌 Ponmagal Vandaal

*前半の主人公グルになりすまして、瓜二つのお気楽悪党プラサードがアビとの婚約を認められて彼女の父親の財産の正当分与権を手にした喜びを歌い上げるミュージカル。
 しかし、その喜びもつかの間プラサードは…。


 タイトルは、タミル語(*1)で「愛らしいタミルの子」の意、らしい?
 台本ライター出身のバーラタンの、監督デビュー作。主演ヴィジャイによる、初の1人2役映画だそうな。1部で、90年のマラヤーラム語(*2)映画「Iyer the Great(偉大なるアイアール)」からアイディアを借りていると言う指摘もある。

 とにもかくにも、善良で朴訥な青年と嘘つき女たらし詐欺師の両極端な役を演じ分ける主役ヴィジャイの愛嬌200%増し増しな魅力に支えられた映画。
 やっぱ、1人2役映画がインドで人気なのは「主演俳優の魅力を余すところなく発揮させる設定」としてとても便利な手法であることがわかる1本であり、善側主人公と悪側主人公のどちらもを魅力的に演じてしまう「ヴィジャイ」と言う映画スターのパワーを見せつけるヴィジャイによるヴィジャイのためのヴィジャイ映画であることに納得させられてしまう作劇に惚れてまう1本でありますわ。

 物語はハッキリと2部構成になっており、前半の未来予知による主人公の周りに迫る危機を煽るスリラー展開は、シュリヤー・サラン演じるヒロイン アビとのロマンスと並行して描かれつつ、最終的に両思いになった直後に「自分が逃げる恋人を殺してしまう幻」を見てしまった主人公の苦悩で一旦話が中断する。
 後半は、未来を変えるためにチェンナイを離れてアビと疎遠になった主人公の代わりに、主人公そっくりの悪党プラサードが登場して主人公に成り代わって恋人・家族・友人たちを奪い去ってしまおうとする、主人公のアイデンティティ崩壊を中心的なテーマにしたサイコサスペンス風味。前半に描かれた未来予知能力は「特異的な能力」の一言で処理されて後半には一切登場しなくなるのがなんとも「ロマンスの危機を煽るためだけの準備設定」で、SF的な追求がないままに、利用できる能力は理由とか気にしないで利用しようとする商売人根性で話がサクサク進んでいくのがいと興味深し。

 監督を務めたバーラタンは、タミル・ナードゥ州コーヤンブットゥール県(旧コインバートル県)ペリヤ・ネーガマン生まれ。
 01年のタミル語映画「Dhill(度胸)」で台本制作に参加して映画界入り。その後もタミル語映画界で断続的に台本ライターとして活躍する中で、本作で監督デビュー。14年には2本目の監督作「Athithi(来客)」を、17年には再度ヴィジャイを主役に迎えた3本目の監督作「Bairavaa(バイラヴァー)」を公開させていて、同年の「Paakanum Pola Irukku」で男優デビューもしている。

 音楽を務めたA・R・ラフマーン(本名アラー・ラカ・ラフマーン。生誕名A・S・ディリップ・クマール)は、言わずと知れたアジアを代表する音楽家(*3)。
 1967年タミル・ナードゥ州都マドラス(現チェンナイ)生まれで、父親はムダリアール(*4)家系出身のマラヤーラム語映画音楽作曲家R・K・シェーカルで、父親の仕事を手伝うため4才からピアノを習い、父親のスタジオでキーボードを担当していた。
 9才時に父を亡くしてから、父親の楽器レンタルで生活費を稼ぐ母カリーマを助けるために働きに出ることとなり、学校を休むことが多くなって成績の下落を招いて学校を転々とする。その中で音楽の才能を開花させて友達とバンド活動を始め、母親の勧めもあって音楽活動に専念するため最終的に学校を中退。有名な音楽家マスター・ダンラージから初期の音楽教育を施され、父の友人たちをはじめとした数々の音楽家と仕事を共にする事で映画音楽業界に入っていく。
 その中で、ロンドンのトリニティ・カレッジ・オブ・ミュージック(現トリニティ・ラバン)への奨学金入学を果たした他、マドラスの音楽学校で西洋クラシック音楽を修了もしている。
 妹の病気で困窮している時に協力してくれたイスラーム神学校の人々に感化され、89年に家族そろってイスラーム教に改宗し名前をA・R・ラフマーンと改めている。
 TVCMやドキュメンタリーBGMの音楽担当として活躍していたラフマーンは、92年のマニ・ラトナム監督作「ロージャー(Roja)」の音楽監督を依頼されて本格的に音楽監督デビュー。自宅の裏庭に当時のインド国内最先端の機材を揃えたレコーディングスタジオ"パンチャタン・レコード・イン"を設立して、ナショナル・フィルムアワード銀蓮音楽監賞他多数の音楽賞を獲得。その後のタミル語映画界の音楽を大きく塗り替えていく。以降、インド国内の各映画界のみならず、世界各国で商業的にも成功する音楽家として大活躍し、インドの古典音楽や民謡の他、ジャズ、レゲエ、ロックミュージックを組み合わせる数々の名曲を世に送り出して世界中に大きな影響を与えていっている。
 音楽活動の他、映画関係だと12年のミュージックビデオ「A.R. Rahman: Infinite Love」で脚本デビュー。17年の短編映画「A Prelude to Le Musk」で監督&プロデューサーデビュー。さらに公開予定作となる英語映画「Le Musk」で長編映画監督デビュー予定とか。

 ヴィジャイを始め、ヒロイン演じるシュリヤー・サラン、親友役のコメディアン サンタナムたち主要登場人物もわりと陽気さアピールが強調され、いつも以上にノリノリで演技してるように見えて画面的にも楽しい。
 さらに、後半の善悪ヴィジャイ同士によるグルの人間関係の奪い合いも、徐々にシリアス度が高くなる構成とは言え、善悪両面のヴィジャイをそれぞれにノリノリで相手しまくってる掛け合いの朗らかが目立つ芝居が中心になっているので、見てるこっちもなんとも微笑ましくサスペンス劇を見てしまえる明るさに支配された映画にもなっている。

 映画そのものはずっと主人公グルの目線で展開する映画なんだけど、なんか後半の話の構成はヒロイン アビの求める「理想の彼氏」像の両極端な属性をそれぞれに具現化したらこうなった、みたいな関係に見えてしまう恋愛構造なところも、深刻なサイコスリラーな話ながら朗らかに見てしまえる要素でなかろか。最終的に、アビに認められるかどうかが、本物のグルの条件みたいなラブい展開になってくるしぃ。
 ま、悪役側の嘘つきプラサードの女たらし具合をアピールするために、セクシーマダム役でナミータを出演させて、セクシーダンスを踊りあった上で改心したプラサードに再会させて「え、子供ができたの! じゃあ、結婚しようか」ってオチは今時どうかと思うけどさ…。そのノリの軽さも含めて、映画全体のノリが軽いのがこの映画の最大の武器なんだろうけど。

 それにつけても、短距離走してるヴィジャイはあんま足が早いように見えないのがニントモカントモ。撮り方の問題かな…ムゥ。

挿入歌 Valayapatti Thavile


受賞歴
2008 Filmfare Awards South 振付賞(プレーム・ラクシト)
2008 Vijay Awards エンターテイナー・オブ・ジ・イヤー賞(ヴィジャイ / 【Pokkiri】に対しても)


「ATM」を一言で斬る!
・インド人も数独を"Sudoku"って言って楽しんでるのネ!

2022.12.23.

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*2 南インド ケーララ州の公用語。
*3 シングル・アルバムの売上数で、アジア人最高枚数を達成している!
*4 別名ムタリアール、ムダリ、ムタリなど。首長を意味する語から派生した、タミル系高位軍人の子孫たちが使用した称号、もしくはそれが名字化したもの。主にアダムダイヤル、カライヤル、セングンタル、ヴェララール・コミュニティで使用されている。
*5 結婚時のダウリー始め結納品の有無とか。
*6 屋内で靴を脱ぐのか脱がないのか等。
*7 多少メルヘン的なニュアンスも匂う?