インド映画夜話

私たちが光と想うすべて (All We Imagine as Light / Prabhayaay Ninachathellam) 2024年 118分(115分とも)
主演 カニ・クスルティ & ディヴィヤー・プラバ & チャヤ・カダム
監督/脚本 パヤル・カバーリヤー
"運命から、解き放たれる"




 どの家にも1人はムンバイに親族がいる。仕事もあるし、稼げるし…誰が村に戻りたいと思う?
 時はあっという間に過ぎ去る。都会は人から時を奪う。…それが人生。

 プラバとアヌは、同じ病院内で看護師として働くマラヤーリ(マラヤーラム語を母語とする集団)のルームメイト。
 看護師長で堅物のプラバは同僚からも孤立気味で、夫はずっとドイツへ単身赴任中。最近、院内厨房で働くパールヴァティの家の立ち退き要請をなんとかしようと奮闘する中、駅までの帰り道を共にするマノージ医師との距離が近くなって「詩を書いたので、読んでほしい」と頼まれていた。
 一方のアヌは、皆に内緒でムスリムの男性シアーズと交際中。その噂は、病院内でプラバにも聞こえてくるほどになっていた。

 アヌの奔放な生き様を怒鳴りつけてしまったプラバは、帰ってきたアヌに謝罪し雨の夜を身の上話で打ち解けていく。
「お見合いだった。帰省しろと言われて家に着くと、結婚が決まってたの」
「…見知らぬ人と結婚できるもの?……私には無理」
「…婚礼のあとすぐ、あの人はドイツへ行った。初めの頃はよく電話をくれた。でもそのうち、会話は減っていったの。どうしてかしら……話す言葉が…尽きてしまったのね」






 広告界出身で、短編映画作家でもあるパヤル・カバーリヤーの長編劇映画デビュー作となる、仏印蘭ルクセンブルク伊合作の、マラヤーラム語(*1)+ヒンディー語(*2)+マラーティー語(*3)映画。

 2024年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、パルム・ドールにノミネート。グランプリ受賞された他、世界中の映画祭で数々の賞に輝いた作品である。

 国内最大の経済都市ムンバイに集まる労働者たちをめぐる日常の姿を、プラバとアヌと言う2人の女性の生活の様子を主軸にドキュメンタリー的に切り取っていく日常劇。
 職場での暇な時間、通勤電車の行き帰り、雨の夜、友人の引越しを手伝うために来たひなびた村の様子……日常の喧騒の最中に訪れるちょっとした脱力した瞬間を中心に映像をつなぎながら、仕事上の集中と脱力の連続の差、仕事場と帰宅時の顔つきの差を強調するような画面構成を紡ぎ出し、主要登場人物のそれぞれの場所で作り出される表情の緩急を丁寧に追っていく繊細な演出が麗しい。
 対照的な性格のプラバとアヌの、それでもお互いを気遣いながらの公私の区別を表情や立ち居振る舞いに見せていくその様々な顔つきは、2人が場面ごとに使い分ける言語の現れ方でも立ち現れていく。2人の母語がマラヤーラム語である事は、アヌの恋人へのメールで使われる文字列や、帰宅後の2人の会話がヒンディー語のテンポと違うことでも表現され、職場で使われるヒンディー語と英語にも困ってないあたりに、2人の公私でそれぞれの言語・受け答えの所作・生活スタイルを使い分けている姿が透けて見えて来て、ムンバイにおける労働移民たちの生活の臨場感、肌合い、ムンバイ社会の混沌さの無秩序な秩序の中にその生活が成り立っている姿を見せていく。映画後半、プラバが気にかけていたパールヴァティの故郷への引っ越しを手伝う2人が向かったラトナーギリーは、ムンバイを州都とするマハーラーシュトラ州の公用語マラーティー語社会の村である事も、そんな混沌とした肌合いを強調する要素でしょか。

 同じくカンヌで映画賞を獲得した衝撃作「サラーム・ボンベイ!(Salaam Bombay!)」なんかも、西洋社会(や日本社会)の想像の外にあるインド社会の現実の圧倒的衝撃にやられる内容と映像のとんでもなさが話題になった映画でしたけれども、本作もあるいはそうしたインドの現実、その混沌とした日常の中を暮らす人々の姿を捉える詩的空間との対比的なギャップそのものが、映画としての印象を跳ね上げている部分もあるのかもしれない。
 インド映画(*4)の常道演出である「雨」の使い方1つとっても、リアルな日常と抒情的な日常を行きつ戻りつするあたりはムンバイの暮らしに立脚するインド的演出と言ってもいいのかどうなのか。雨の夜の2人の和解とプラバの述懐が内容以上にこちらの心をくすぐるものになっているのは、あるいはそうした画面演出上の舞台装置の使い方の巧みさにもあるのかもしれない。
 タイトルにもある「光(Light)」が、人生の希望的な意味合いを含めつつも、プラバが言う「運命」と共に必ずしもポジティブな意味のみを抱えている単語でないことが、プラバやアヌ、パールヴァティの価値観、人生観、社会的な所作で表されていく事も、ムンバイの現実と暮らす労働者たちの人生の混沌さと、それでもなお歩み続ける人の強さを強調するものともなっていますでしょうかどうでしょか。

 その意味では、日本人の自分から見れば十分「インド的な映画」であり「インドでしか作り得ない映画」でありながら、かつ「普遍的な、人と人のふれあいの映画」でもあるように見えてくる。
 インド国内で問題として騒がれた、米国アカデミー賞国際長編映画賞インド代表作品選考からこの映画が外されたことに対して、選考委員会は「インドらしさに欠ける」ことを理由に挙げたと言うけれど、果たしてそうなんだろうか? って言う疑問と共に「映画における、その国らしさとか、国を代表する映画を求める心理ってなんやねん」って疑問もふつふつと湧いて来ますわなあ…。以前から、オシャレ映画を作るとフランス映画っぽい作りの映画が散見されるのは、インド映画でも同じだしぃ。
 個人的には、映像作品というものは外から見える「身体表現」の媒体であるが故に、作ってる人たちの衣食住・社会的な所作がダイレクトに表現に現れてくるものと見えてるので、どうあがこうと制作側と観客側でそうした「当地の生活文化面への共感」なくして成り立たない表現媒体だよなあ…と感じるこの頃。国で映画を分けられるほど単純なものでないし、映画を「国の誇り」に据えたところで価値観が変化してしまえばそんな誇りは一蹴されてしまうかもしれないし、「その国らしさ」とか「我が国の自慢」とかに映画や映像作品を持ち出すのは、なんか違うよなあ……と思えてならない自分がいる。
 そう言いながら、インドという国で作られている映画ばっか見てる自分なんだけど。嗚呼、私が見ている「光」はどっちなのでしょうか…。

 あと、この映画の美しさを存分に増幅させてくれるピアノBGMも旋律も本当にステキ! これもまた「インドらしくない」要素の1つなのかもしれないけれど、さ!!




受賞歴
2024 仏 Cannes Film Featival グランプリ・アート&エッセイ・シネマ特別賞
2024 西 San Sebastia´n International Film Festival RTVE異なる視点賞
2024 米 Chicago International Film Festival 銀ヒューゴ審査員賞
2024 米 Montclair Film Festival 未来の創作賞
2024 ウクライナ Kyiv International Film Festival "Molodist" 長編映画賞
2024 Asia Pacific Screen Awards 審査員特別賞
2024 米 Gotham Awards 国際映画賞
2024 米 New York Film Critics Circle 国際映画賞
2024 米 Natinal Board of Review 国際映画トップ5
2024 米 Los Angeles Film Critics Association 国際映画賞
2024 米 San Diego Film Critics Society 国際映画賞
2024 米 Chicago film Critics Association 国際映画賞
2024 米 Film Comment Magazine 作品賞
2024 Phoenix Critics Circle 国際映画賞
2024 加 Toronto Film Critics Association オリジナル脚本賞・国際映画賞
2024 米 New York Film Critics Online 国際映画賞
2024 Black Film Critics Circle 国際映画賞
2024 米 Philadephia Film Critics Circle 国際映画賞
2024 米 Florida Film Critics Circle 国際映画賞
2024 Online Association of Female Film Critics 国際映画注目作品賞

2025 米 North Carolina Film Critics Association 国際映画賞
2025 米 Natinal Society of Film Critics 非英語映画賞・監督賞
2025 米 AWFJ(Alliance of Women Film Journalists) 女性監督賞・女性脚本賞
2025 米 Denver Film Critics Society 注目非英語作品賞
2025 Girls on Film Awards 女性同士の友情映画賞
2025 米 OFCS(Online Film Critics Society) 非英語作品賞
2025 英 London Film Festival 外国映画・オブ・ジ・イヤー賞
2025 International Cinephile Society 作品賞・アンサンブル賞・監督賞
2025 VHS Awards オリジナル脚本賞
2025 香 Asian Film Awards 作品賞
2025 Kerala State Film Awards 審査員特別賞


「私たちが光と想うすべて」を一言で斬る!
・「努力しないと言葉は上達しませんよ」ってインド人に言われると、「全くその通りです」と頭下げたくなる(外国語苦手人間)

2026.6.12.

戻る

*1 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャドウィープの公用語。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*3 北インド マハーラーシュトラ州とダードラー・ナガル・ハヴェーリーおよびダマン・ディーウ連邦直轄領の公用語。
*4 さらに遡ればインドの大衆演劇。