インド映画夜話

火の道 (Agneepath) 2012年 174分
主演 リティック・ローシャン & サンジャイ・ダット & リシ・カプール他
監督/脚本/原案 カラン・マルホートラ
"復讐するは、我にあり"




 1977年、マハラーシュトラ州沖合のマーンダワー島。
 島の発展に尽力する学校教師ディナナート・チャウハーンを父に持つ12才の少年ヴィジャイは、血気盛んで不正を許さない男の子。いつも暴力を父に諌められつつ「火の道を行け。決して倒れず、決して休まず、振り返ることもなく」と言う有名な詩を教訓として教え込まれていた。

 しかし、村の地主はディナナートの人気を恨んで息子カンチャ・チェーナに助力を頼むと、カンチャはディナナートの開拓した製塩業を乗っとってコカイン栽培で村を支配下に置き、当のディナナートに無実の罪を着せて村人たちに襲撃させた上で絞首刑にしてしまう…!!
 島を追われたヴィジャイと身重の母スハシーニーは、ムンバイのスラムで生活するようになるが、ムンバイの麻薬マフィアと繋がるカンチャを見つけたヴィジャイは、密かにカンチャと対立するムンバイマフィアの頭目ラウフ・ラーラーに取り入って復讐の機会を伺う。そんなある日、カンチャとつながる暴力警官が母の恩人を痛めつけているのを目撃したヴィジャイは…!!


挿入歌 Deva Shree Ganesha (主たる聖天ガネーシャよ)


 1990年作アミターブ・バッチャン主演の同名ヒンディー語(*1)映画のリメイク作。

 インド本国の他、アラブ、オーストラリア、英国、アイルランド、クウェート、モーリシャス、オランダ、ノルウェー、パキスタン、シンガポール、南アフリカでも同日公開。カナダ、ハンガリー、ロシア、米国でも公開されているよう。
 日本では2012年の東京国際映画祭にて「火の道」のタイトルで上映。2023年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)、翌2024年には兵庫県の塚口サンサン劇場、同年の東京の新文芸坐でも上映されている。。

 まさに重厚、華麗、パワフル、色彩豊かな抗争劇の王道を、これでもかと盛り上げる数々の映像的手法の数々が美しい、滅びの美学を完遂する復讐劇の傑作。
 もともとマフィア抗争劇が好きではない自分から見ても、「おおおおおおおお!!!!!」と至る所で拳を握る力強い物語と演出にやられっぱなし。2時間54分もの長さも気になりませんことよ。冒頭の製作プロダクション”ダルマ・プロダクション”のロゴ表記にかぶる”Deva Shree Ganesha(主たる聖天ガネーシャよ)”の旋律の荘厳さといったらもう…!!(*2)

 不正を許さないが故に、父の復讐に人生の全てを賭けることでマフィアの頂点に登ろうとするしかなくなる主人公ヴィジャイ、その主人公の生き様を否定し縁を切った母親との相克、全身脱毛症のために社会から迫害され憎しみの権化となったラスボス カンチャ、ヴィジャイの父親代わりを自認しつつ彼を利用しようとするマフィアボス ラウフ・ラーラー、もう1人のヴィジャイの父親代わりにして理解者である有能な老警官ガーイトーンデー…主要登場人物それぞれに孤独と悲哀を抱えつつ、叙事詩ともシンクロするような関係図を構築し、人生の滅びを予見させるエピソードの積み重ねによってそれぞれのキャラクター性が際立っていく様が素晴らしい。
 他のマフィア抗争映画との決定的な違いは、その悲哀表現のための過渡なバイオレンスシーンや直接的残虐シーンを描かずにその劇的な不幸を語らせる映像効果の説得力でしょか(*3)。血まみれシーンは多々出てくるとは言っても、ここぞというシーン以外は直接傷つけている描写は巧みに避けられて、シルエットや表情芝居で状況を動かしていく絵面が、これぞ映画よってくらい力強く響いてくる(*4)。こう言うのを見たかったんスよー!!! 復讐のために相手を刺殺する場面で、お祭りの色粉が大量に舞い散って人々を赤く染めあげる画面の爽快感ったらもう…!!

 本作の監督を務めたカラン・マルホートラは助監督から本作で監督デビューした人。
 父親が女優ディンプル・カパーディアーの秘書を務めていた人で、リシ・カプールをはじめとしたカプール家とは親戚関係とか。
 00年の「Pukar(呼び声)」で助監督を、「Hadh Kar Di Aapne(限界を越えよう)」でプロダクション・アシスタントを務めて映画界入り。助監督業で様々なヒンディー語映画に参加する中、本作で監督&脚本デビュー。その後も、「Brothers(ブラザー)」などダルマ・プロダクション製作の映画で監督を歴任している。

 本作で一番インパクトを与える演技をしてるのは、今までのイメージを覆す極悪人を演じるラウフ・ラーラー役のリシ(・ラージ)・カプールでしょか。
 1952年ボンベイ(現ムンバイ)生まれで、父親は映画監督兼プロデューサー兼男優のラージ・カプール。兄も映画監督兼プロデューサー兼男優のランディール・カプールで、弟も男優のラジーヴ・カプールになる映画一族カプール家の一員。
 55年の父親ラージ・カプール監督&主演作「詐欺師(Shree 420)」の挿入歌に子役出演したのち、やはり父親監督&主演作の70年公開作「Mera Naam Joker(我が名はジョーカー)」でベンガル映画記者協会特別賞を受賞。73年の「Bobby」で主演デビュー(*5)して、フィルムフェア主演男優賞を獲得する。以降、70年代後半から数々の映画に出演して大人気を博す。80年に女優ニートゥ・シンと結婚し(*6)、同年の主演作「Karz(借り)」の挿入歌で歌手デビュー。96年の「Prem Granth(愛の経典)」ではプロデューサーデビューもしていて、99年には唯一の監督作「Aa Ab Laut Chalen(さあ、戻りましょう)」も公開。
 08年にフィルムフェア功労賞を、翌09年にはロシア政府栄典映画貢献賞を贈られている。
 2018年に白血病を発症しニューヨークで治療に専念。翌19年に介抱に向かったとしてインド帰国を果たすも、20年4月に呼吸困難で搬送されたまま物故される。享年67歳。

 元のアミターブ版は未見なのでなんとも言えないけど、人身売買ビジネスが社会システムにしっかり入り込んでるムンバイ裏社会の怖さもさることながら、それを凌駕するサンジャイ・ダット演じるカンチャの爽快なほどの悪漢ぶりが凄まじい。もともとの悪役顔がより強烈なインパクトとともに増幅されて、さながら「スター・ウォーズ(Star Wars)」の皇帝か「ロード・オブ・ザ・リング(The Lord of the Rings)」のゴラムのよう。その極悪ぶりと滅びのカタルシスは、リシ・カプール演じるラウフ・ラーラー共々、後々まで語り草になるようなパワーを発揮してますことよ。
 その上で、有能な老警官ガーイトーンデー以外の警察がマフィアとつながって私腹を肥やす腐敗っぷりを発揮したり、ムンバイの政治家すらマフィアに懐柔されて全く頼りにならなかったりと、その社会正義の機能しなさぶり、信用できなさぶりも清々しいほど。こうした社会腐敗とヴィジャイ本人に降りかかる個人的不幸が、重ければ重いほど、その滅びへと突っ走るヴィジャイたち主要登場人物の生き様が光り輝く"火の道"の重厚さが、ほんとたまりませんデスワ!!!

挿入歌 Chikni Chameli (絹のような美女のお通りだ)

*ゲスト出演は、ボリウッドスターのカトリーナ・カイフ!


受賞歴
2012 BIG Star Entertainment Awards 娯楽シンガー賞(ソヌー・スード)
2013 Zee Cine Awards 悪役賞(リシ・カプール)・プレイバック男性シンガー賞(ソヌー・スード)・振付賞(ガネーシュ・アチャーリヤー)・BGM賞
2013 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 悪役賞(リシ・カプール)・作詞賞(アミターブ・バッタチャルヤー/Abhi Mujh Mein Kahin)・男性プレイバックシンガー賞(ソヌー・ニーガム/Abhi Mujh Mein Kahin)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル/Chikni Chameli)・振付賞(ガネーシュ・アチャーリヤー/Chikni Chameli)
2013 Stardust Awards 主演男優賞(リティック)・悪役賞(サンジャイ・ダット)・音楽監督デビュー賞(アジャイ=アトゥル)
2013 Apsara Film Producers Guild Awards 振付賞(ガネーシュ・アチャーリヤー)
2013 Bollywood Hungama Surfers’ Choice Movie Awards 悪役賞(サンジャイ・ダット)
2013 Time of India Film Awards 悪役パフォーマンス賞(リシ・カプール)・男性プレイバックシンガー賞(ソヌー・ニーガム/Abhi Mujh Mein Kahin)

2013 Mirchi Music Awards 歌曲・オブ・ジ・イヤー賞(Abhi Mujh Main Kahin)・アルバム・オブ・ジ・イヤー賞(アジャイ=アトゥル & アミターブ・バッタチャルヤー)・男性歌手・オブ・ジ・イヤー賞(ソヌー・ニーガム / Abhi Mujh Main Kahin)・女性歌手・オブ・ジ・イヤー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Chikni Chameli)・音楽コンポーズ・オブ・ジ・イヤー賞(アジャイ=アトゥル / Abhi Mujh Main Kahin)・伝統的スーフィー音楽賞(O Saiyyan)・録音/音響エンジニアリング・オブ・ジ・イヤー賞(ヴィジャイ・ダヤル / Deva Shree Ganesha)


「火の道」を一言で斬る!
・カンチャの片方だけ付けてるイヤリングが、どーしても"一つの指輪"に見えてしまってさあ…。

2020.5.8.
2023.6.17.追記
2024.2.23.追記
2024.3.30.追記

戻る

*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 その挿入歌が全曲流れるのは、映画中のミュージカルシーンで一番最後という配置もステキ!
*3 直接描いてる箇所も、あるはあるけど。
*4 やってる事は、かなりえげつないけど。
*5 &衣裳デザインも担当。
*6 この2人から生まれたが、男優ランビール・カプールである。