インド映画夜話

盲目のメロディ インド式殺人協奏曲 (Andhadhun) 2018年 138分
主演 タブー & アーユシュマーン・クラーナー & ラーディカー・アープテー
監督/製作/脚本/原案 スリラーム・ラーガヴァン
"見えてるの? 見えてないの?"



*日本版予告編は、序盤の展開に対してのネタバレ込みなので注意。それでも、楽しいけど。


 マハラーシュトラ州プネーに住む盲目のピアニスト アーカーシュは、ロンドン開催のコンテスト出場を目指して特訓と資金稼ぎに明け暮れる毎日。

 交通事故をきっかけに知り合ったソフィーに認められ、彼女の父親が経営するレストランの専属ピアニストとして評判を呼んでいたアーカーシュは、ソフィーとの仲を深めつつ、店の常連客であるかつての映画スター プラモード・シンハーの結婚記念日に彼の自宅での特別演奏を依頼される。
 依頼の当日、シンハーの住む高級マンションに赴いたアーカーシュを出迎えたのは、シンハー夫人であるシミー。当初は「夫は外出中」とアーカーシュを帰そうとするシミーだったが、彼が目が見えないと知って一旦部屋に招き入れ、ピアノ演奏を承諾する。しかし、その部屋ではたった今、殺人事件が起こっていた…!!


プロモ映像 Naina Da Kya Kasoor (僕の目はなにをした?)


 原題も、邦題と同じ「盲目のメロディ」の意味になる造語。
 2010年のフランス短編映画「L'Accordeur (The Piano Tuner)」から着想を得た、ブラックユーモア・スリラーとでも言うべき予測不可能な展開をたどるヒンディー語(*1)映画。

 インドに先駆けてクウェートで封切られ、インド本国の他インドネシア、アイルランド、ネパール、米国、中国、韓国他でも公開。日本でも、2019年に一般公開されている。

 もう、なにを言ってもネタバレになる騙し騙されズレ始めた話がどんどん斜め上に転げ落ちていく、予測不可能な展開をたどる人を食ったようなユーモアに彩られた一本。
 主人公の持つ秘密はすぐに観客には判明されながら、登場人物のほとんどが同じように周囲を出し抜き・騙し・利用しようと迫ってくる性悪説な人間関係が次から次へと事態を悪化させて「ええ、なんでそうなるの?」って最悪な展開をたどるのに、それを見てるこっちもあれよあれよと乗せられて「プププ」と黒い笑いを浮かべてしまう楽しさ満載な内容で困っちゃいますわ。

 出だしの不穏な雰囲気から一転、前半のアーカーシュとソフィーの静かなロマンス劇がスローテンポで平和的な流れで描き出されているのに油断させられていると、「目の見えない主人公が殺人事件を目撃」するシーンからの、緊迫感とおとぼけ感の二重写しなシーンが続き(*2)、本当に見えてるのかどうかを色んな人が試しにくる段になって、次第に疑う者と疑われる者は逆転していき、追う者と追われる者、騙す者と騙される者がドンドン入れ替わっていく。その混沌の悪循環を、小悪党ばかりが登場する劇中登場人物たちが、小悪党であるが故になんども引っ掻き回し、悪事の孤立を促してしまうアホらしさ。まあ、ホント楽しいったらありませんわ。

 このヒネくれた物語を成立させている、主人公アーカーシュ演じるアーユシュマーンと、悪役シミー演じるタブーの存在感の凄さと演技に見せる妥協なき姿勢も圧巻。
 実際に視覚を90%塞いだ状態で演技するアーユシュマーンは、自身で弾き語りとかもする歌手として活動してる人ながら、ほぼピアノは素人状態から2ヶ月の特訓で「鍵盤を見ずにプロ級に演奏する」とこまで技術を磨き、スタントなしでピアノ演奏してるってんだからスゴい!(*3)
 なんどもなんども周りを出し抜き、あれよあれよと人々を翻弄していく悪女(実質主人公?)シミーを多角的に・魅力的に演じて映画の魅力のほとんどを持ってった名優タブーのパワフルな演技力もとんでもなく、すっとぼけた表情も覚悟を決めた表情もただでさえお美しいそれがより妖艶度を持って画面に迫ってくるんだからもう。傷だらけでふてくされたタブー様のカッコよさよ!「ハイダル(Haider)」や「ビジョン(Drishyam)」の貫禄具合とはまた違うオーラが鬼気迫るようだわん。もっとタブー映画を見てみたーい!

 ところどころに見え隠れする映画ネタを思わせる思わせ振りな画面構成もステキ。
 特に、エンディングにかかる過去のボリウッド映画のピアノ演奏シーンを集めた一連のシーンは、いまだに元映画がわからない身ながらインド映画が辿ってきた道の多重性・多様性も垣間見えてその歴史の重さが羨ましくなる。
 本作と同じようなブラックユーモア映画「ブラックメール(Blackmail)」を彷彿とさせるような言及もあり(深読みだとは思うけど)、ヒッチコックの「めまい(Vertigo)」や邦画「座頭市」を想起するシーンも出てきたりで(深読みだとは思うけど)、映画ファンは是非みるべき映画だと思いまっせ(深読みだとは思うけど!!)。
 なんつったって、最後のオチも含めて最高のノリの映画なんだから!(*4)

プロモ映像 Andhadhun Title Track

*本編には一切出てこない、ミュージカルプロモ。


受賞歴
2018 Screen Awards 監督賞・脚本賞(アリジット・ビスワース & スリラーム・ラーガヴァン & プージャ・ラーダー・スルティ)・編集賞(プージャ・ラーダー・スルティ)・音響デザイン賞(マドゥー・アプサラ)

2019 Asiavision Awards 批評家選出主演男優賞(アーユシュマーン・クラーナー / 【Badhaai Ho】と共に)
2019 Zee Cine Awards 悪役女優賞(タブー)・編集賞(プージャ・ラーダー・スルティ)・台本賞(アリジット・ビスワース & スリラーム・ラーガヴァン & プージャ・ラーダー・スルティ & ヨゲーシュ・チャンデカール & へーマント・ラーオ)
2019 Filmfare Awards 批評家選出作品賞・批評家選出主演男優賞(アーユシュマーン・クラーナー)・脚本賞(アリジット・ビスワース & スリラーム・ラーガヴァン & プージャ・ラーダー・スルティ & ヨゲーシュ・チャンデカール & へーマント・ラーオ)・編集賞(プージャ・ラーダー・スルティ)・BGM賞(ダニエル・B・ジョージ)
2019 National Film Awards ヒンディー語映画作品賞・脚色賞・主演男優賞賞(アーユシュマーン・クラーナー)
2019 IIFA(International Indian Film Academy Awards) 原案賞・監督賞・脚本賞(アリジット・ビスワース & スリラーム・ラーガヴァン & プージャ・ラーダー・スルティ & ヨゲーシュ・チャンデカール & へーマント・ラーオ)・編集賞(プージャ・ラーダー・スルティ)・原案賞(アリジット・ビスワース & スリラーム・ラーガヴァン & プージャ・ラーダー・スルティ & ヨゲーシュ・チャンデカール & へーマント・ラーオ)・音響ミキシング賞(アジャイ・クマール・P・B)
2019 GQ Awards 音響デザイン賞(マドゥー・アプサラ & アジャイ・クマール・P・B)
2019 豪 Indian Film Festival Of Melbourne 主演女優賞(タブー)・監督賞


「盲目のメロディ」を一言で斬る!
・シミーの家のピアノの後ろに飾ってあるのは…浮世絵?(富嶽三十六景 神奈川沖浪裏のコラージュ? ドビュッシーに影響を与えた絵と言いますが…)

2019.11.18.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 凄惨な現場にかかる、本格的クラシック曲のBGMとしての美しさのギャップのすごさよ! その完全に不調和なはずの映像刺激の心地よさよ!!
*3 マスコミ情報を信じるならば。
*4 ブラックすぎる、と思う人はいましょうが…。