インド映画夜話

アンジャリ (Anjali) 1990年 150分
主演 ラグヴァラン & レーヴァティ & ベイビー・シャーミリ
監督/脚本/原案 マニ・ラトナム
"アンジャリ、君は可愛い女の子。君は神様からの素敵な贈物"



むんむん様企画のなんどり映画倶楽部33にてご紹介頂きました!
皆様、その節はお世話になりました。なんどりー!

挿入歌 Anjali Anjali (アンジャリ、アンジャリ)



 雨の夜。緊急に車を止めさせて、突然産気づいた母親を運ぶ一家がいた。
 一家の子供アルジュンとアヌーは、なかなか分娩室から出てこない母チトラと、医務室に呼ばれた父シェーカルを心配していたものの、ほどなくお母さんは無事に病室から出て来てくれて大喜び。
 「生まれたのはどっち?」「女の子だって」「じゃあ、名前はアンジャリで決まりだね」「それで、赤ちゃんはどこ?」…お母さんの問いに、お父さんは声を詰まらせて答える。「…ここにはいない。天に召されたんだ」

 2年後。
 シェーカル一家は、新しいマンションに引っ越していた。アンジャリの不幸を除いては、幸せな生活を続けていた一家は新しい環境の中、住人たちと大人は大人同士、子供は子供同士仲良くなっていく。
 親の反対に抵抗する恋人たち、幼児退行して奇行を繰り返す元守衛、人殺しと噂される元囚人、悪戯好きな子供連合…このマンションでは、1日1日はいつも騒がしく過ぎていく。
 そんなある日、シェーカルが家族に内緒でどこかに出奔していたり、見知らぬ女性と過ごしていた所をたびたび目撃され、母子は父親への不信感を募らせる。ついには「子供たちと実家へ帰る」とチトラに断言されて、慌てたシェーカルは長年抱えていた秘密を打ち明けるのだった。
「実は…アンジャリなんだ。あの子は生きているんだ……その…あの子の事情があってね…」

挿入歌 Vaanam Namakku



 タイトルは、劇中の重要な登場人物となる女の子の名前で、「合掌」の意(*1)。
 タミル語(*2)映画界の巨匠マニ・ラトナムの、10本目となる監督作(*3)。障害児の育児をテーマにした作品で、現在でも傑作との呼び声高い感動作。
 後に、同じタイトルでヒンディー語(*4)吹替版、テルグ語(*5)吹替版も公開。
 日本では、1999年に一般公開。VHSが発売されていました。

 映画前半は、シェーカル一家の家族ドラマを中心に、色々な大人や子供たちが共に過ごす集合住宅でのドタバタ劇。シェーカルの不信な行動から明らかになる、映画冒頭で「死んだ」と言われていたアンジャリの登場でインターミッションとなり、後半は脳障害を負ったアンジャリの育成、障害児と共に暮らしていくことを決めた家族を襲う世間の無理解や様々な社会問題を、それぞれの登場人物の目線から描いていく。
 基本は子供のための子供映画の体裁をとりながら、そうした映画を見に来る親子観客に向けて、より重い現実でもあるインドの障害者環境を考えさせていく構造。

 前半に集中して出てくる10人以上の子役たちによるドタバタ劇や舞台色の強いミュージカル、大人の問題を盛大におちょくるシーンは、子供観客へのサービスシーンであり映画の世界を理解させるためのフックでもあるんだろうけど、それ以上に次世代をになう映画界で活躍する子役たちの活躍の場を広げようともしているよう。実際、本作に出演しているの中で、アルジュン役のタルン・クマール、アンジャリ役のシャーミリが以降も役者として活躍し続けている他、その他大勢の友達役では、シャーミリの兄リチャード・リシ、後に映画監督として活躍するヴィシュヌヴァルダン(・クラセカーラン)、その兄弟にあたる役者クリシュナ(・クラセカーラン)もいたそうな。

 お父さんシェーカル役を演じたラグヴァランは、1959年ケーララ州パルガート県コレンゴート生まれ。
 ホテルマンの父親についてタミル・ナードゥ州コインバートルに移って芸術大学に通うも(*6)、俳優活動のため中退。カンナダ語映画やテルグ語映画での端役出演、チェンナイの舞台演劇、アディヤール映画研究所での演技特訓などを経て、82年にマラヤーラム語映画「Kakka」、タミル語映画「Ezhavathu Manithan(7番目の男)」「Marumagale Vazhga」などに出演して本格的に映画俳優の活動を開始。タミル語映画界を中心に南インド各映画界で活躍し、90年の「Izzatdaar」でヒンディー語映画にもデビュー。主演俳優と共に悪役俳優として人気を勝ち取り、タミルのトップスターの一人となる。99年のタミル語映画「Mudhalvan(州首相)」でタミル・ナードゥ州映画悪役賞を獲得している。
 96年に女優兼脚本家兼作詞家兼映画監督のローヒニーと結婚するも04年に離婚。08年、臓器不全によって死去された。享年48歳。

 お母さんチトラを演じたのは、1966年ケーララ州コーチン(またはコーチ)生まれの女優兼映画監督兼社会活動家レーヴァティ(*7)。軍人の家に生まれ、親戚にマラヤーラム語映画界で活躍する女優ギータ・ヴィジャヤンがいる。
 学生時代に参加したファッションショーをきっかけに、83年のタミル語映画「Mann Vasanai」で映画&主演デビューしフィルムフェア・サウスの特別賞を獲得。マラヤーラム語映画「Kattathe Kilikoodu(風の群)」にも出演。翌84年にはタミル語映画5本に出演する傍ら、テルグ語映画「Manasa Veena」にも主演デビュー。86年にカメラマン兼映画監督のスレーシュ・チャンドラ・メノンと結婚(後の2013年に離婚)し、89年にはカンナダ語映画「Idu Saadhya」、91年にはヒンディー語映画「Love」に出演して活躍の場を広げていき、数々の映画賞を受賞する名女優となっていく。
 さらに、02年に初監督作となるオール女性スタッフで作ったと言う英語映画「Mitr, My Friend」を発表してナショナル・アワードの注目英語映画賞を受賞。以降、さらに3本の長編と1本の短編映画の監督作を公開して注目されるている。日本公開された出演作「マルガリータで乾杯を!(Margarita, With a Straw)」の母親役も要注目!

 本作の魅力のほとんどを受け持ったアンジャリを演じたのは、公開当時若干4才だった、1987年チェンナイ生まれの子役ベイビー・シャーミリ(*8)。
 役者志望だった父親の方針で、兄リチャード・リシ(本作でも子役出演)と姉シャーリニと共に2才から子役業を始め、89年の「Rajanadai」で映画デビュー。翌年公開の本作で、ナショナル・フィルム・アワードとタミル・ナードゥ州映画賞の子役賞を受賞して大きく注目された。その後も数々の映画に子役出演して、92年のマラヤーラム語映画「Malootty」でケーララ州映画子役賞も受賞している。
 その後、09年のテルグ語映画「Oye!(おーい!)」で主演デビューを果たしてCineMAAアワードの新人女優賞を獲得するも、シンガポール留学したことで映画界から一端離れてしまう。現在、再びチェンナイにもどってタミル語映画への出演活動を開始したと言う話(2015年現在)。
 本作では、とても3〜4才の子供の演技とは思えない演技力、可愛さ、かたくなさ、無垢さを見せてくれて、特に母チトラとのぎこちない交流具合は涙なしには見れないほど。ホント、インドの子役レベルはものスゴいですわ…。その演技力と演出力、自然な子供の演技をカメラに収めた撮影技術もトンデモね!

 まあとにかく、アンジャリの可愛さだけでも一見の価値ありの映画だけども、インドにおける障害者や障害児の扱いや理解度の低さ、それに対する啓蒙姿勢、わりと直球表現な心理葛藤、大人や子供や教育をめぐる環境なんかは、当時のインド(タミル)をある程度知ってないと面食らう部分が多い映画でもある、かもしれない(*9)。
 なんでも、「ムトゥ」の大ヒットに始まるインド映画ブームを受けて、日本の配給会社が「面白い映画」を探していた時にインド大使館側から推薦された映画なんだそうですが、素晴らしいのは間違いないんだけど、いきなりこれを見て日本人が全部を理解できるかと言うと、ちょっとハードル高めかも、って所は要注意か。その辺、公開時の映画紹介に「ウルトラ<マサラ>メルヘン」なんて文句が作られたのが苦心の跡を見るようで。


挿入歌 Raathiri Nerathil

*親子喧嘩の仲直りのしるしに「このお話を読んで」と子供たちからせがまれたお父さんシェーカルに渡されたのは「警告:この先は、帰還不可能」と書かれたSF小説。不安そうな両親が子供たちに読み聞かせ始めると…
 いきなりのスター・ウォーズネタに全てのツッコミが封じられてしまう衝撃のミュージカルシーン。本に吸い込まれる所なんかは「ネバー・エンディング・ストーリー」? 部屋に転がってるぬいぐるみ人形もなんとなーく似たようなものを見たことあるような…?w
 それにつけても、タミル人にとって、SFって"恐い話"だったのね…w





受賞歴
1990 National Film Awards 銀蓮子役賞(シャーミリ & タルン & シュルティ)・銀蓮音響賞(パンドゥ・ランガン)・銀蓮タミル映画注目賞
1990 Cinema Express Awards 作品賞
1990 Tamil Nadu State Film Awards 子役賞(シャーミリ)
1990 Film Fans Associate Awards タミル映画女優賞(レーヴァティ)




「アンジャリ」を一言で斬る!
・それにつけても、人の出入りの激しいプライベートのまったくない集合住宅ですわ。ガードマンのいる敷地内だと鍵かけなくてもいいんかね?

2015.12.4.

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*1 よくある女性名でもある。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 タミル語映画としては7本目の監督作となる。
*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*5 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*6 それ以前に、ロンドンのトリニティ大学でピアノを学んでいたとか。
*7 本名アーシャ・クッティ。生誕名アーシャ・ケルンニ。
*8 インド映画界では、子役の場合男の子には"マスター"、女の子には"ベイビー"をつけてクレジットされます。
*9 …と言えるほど私もインド体験があるわけじゃないけども。ぐは。