インド映画夜話

Antaheen 2009年 120分
主演 ラフール・ボース & アパルナ・セーン & ラーディカー・アプテー
監督/製作/原案 オニルッダー・ローイ・チョウドリー
"あの電話は鳴り続ける…なんども、なんどでも"




 その日、武器密輸事件の犯人逮捕を指揮した警官オビシェーク・チョウドリー(通称オビーク)は、メディアの的であった。
 しかし、彼は周りの熱狂とは裏腹に孤独な日々を送っている。伯母との二人暮らしの中、数々の事件捜査の経験から他人を信用しなくなっていった彼の唯一の慰めは、ネット上で知り合った名前も知らない女性との会話のひと時だけ…。

 翌日、TV局"スター・アナンダ"のレポーター ブリンダ・ローイ・メノンが取材を求めてくるが、オビシェークは事件は審理中だからとすぐに断ってしまう。憤るブリンダが実はネット上の親友であることをオビシェークは知らず、ブリンダもまた同じであった。そんな日の夜も、チャット上では個人情報をぼかしつつ他愛もないやり取りを楽しむ二人…。
 数日後、オビシェークは叔父ロンジャン(通称ラヌー)の別居中の妻パロミタ(通称パル)の誘いで、とあるパーティーに招待されると、パロミタは部下であるブリンダを紹介する。先日の取材拒否の件で険悪な会話にしかならない二人だったのだが…。


挿入歌 Jao Pakhi (風に吹かれて歌う鳥が [窓ガラスを曇らせるわ])


 タイトルは、ベンガル語(*1)で「終わりなき待ち時間」。
 女優ラーディカー・アプテーの主演デビュー作(*2)であり、オニルッダー・ローイ・チョウドリーの2作目の監督作。製作予算の都合から名優ラフール・ボース(主人公オビシェーク役)と大女優シャルミラー・タゴール(オビシェークの伯母役)、音楽担当のションタヌ・モイトラは無償で参加しているそうな(ホンマかいな!)。

 冒頭こそポリスアクション的な始まりをするものの、映画本編は様々な男女関係・人間関係の刹那的な移り変わりを、詩的な会話劇で見せていく叙情性の高い物語。アンニュイな都会人たちの、孤独を楽しむかのような洒脱な生活描写が、フランス映画のような香りを放つ一本。
 主役オビシェークとブリンダのネット上での親密さと現実での険悪さを対比しつつ、両者の関係が現実でも近づいていく周りで、過去の出来事から別居中ながらお互いを思い合っているパロミタとロンジャンの姿(*3)、ブリンダの突撃取材先のセレブビジネスマン メヘラー夫婦の冷え切った関係、ブリンダの人生相談に乗るパロミタや、親戚同士のオビシェークとランジャンやオビシェークと伯母の酸いも甘いも?み分けた会話の数々…。それぞれの現時点での人間関係が、長い時間をかけて築かれていった様子をさりげなく描きつつ、その関係性がある日突然変わってしまう人生の儚さを、いろいろな伏線とともに効果的に見せていく。
 まあ、TVレポーターと事件捜査中の警官が、あんな暇してるんかいなと思わんでもないけど、ベンガルはホワイトな職場環境なんでしょうと納得しておこう…。

 ネットを介した友情が、仮想であるが故に親密でもあり、同時にある日突然疎遠になる両面性を持つ様子が、それぞれの現実の人間関係、電話を介して繋がる親戚や見ず知らずの訪問者との関係とも等価値に描かれる所が秀逸。
 伯母の語る、間違い電話から始まった顔も知らない男との電話での会話習慣が、ある日突然消え去ってしまったと言うエピソードの寂漠感が、映画の進行とともに登場人物全員にシンクロされていく劇進行が美しい。突然の出会いと突然の別れ、日常のちょっとした差異で見えてくるものが変わっていく人生の様子が、変わりゆく天気や陽の光ともシンクロするような映像の美しさとともに…。

 本作が主演デビューのラーディカー・アプテーの快活さ、名優に囲まれながら堂々と自身のオーラをアピールしている所も見どころ。なんとなく、イメージ的にはマラヤーラム語映画「チャーリー(Charlie)」の主役テッサを演じていたパールワティを彷彿とさせますわん。
 「ミスター&ミセス・アイヤル(Mr. and Mrs. Iyer)」や「妻は、はるか日本に(The Japanese Wife)」などの監督としても有名なアパルナ・セーンの、女優としての姿が存分に味わえるのも魅力。長い台詞劇のシークエンスでも、それぞれの登場人物たちの想いや本音と嘘、その時々の感情の流れが映像的にラストへ積み上げられていく繊細さがスンバラし。これが限られた製作予算で作られてるってんだから、驚きですわ。映画の作り方もまだまだいろんな可能性を感じさせまする。
 ラストの、昨日とは違う日常の始まりを予感させる寂しさと、それでも日常を続けていく人々の麗しさの、なんとも詩的な姿は必見ですわ…。

挿入歌 Pherari Mon (まだ今日は、密かな荒ぶる心が残っているよう)


受賞歴
2009 National Film Awards 作品賞・撮影賞(オビク・ムコーパダヤーイ)・作詞賞(オニンドヤー・チャタルジー & チャンドリル・バッタチャルヤー / Pherari Mon...)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル / Pherari Mon...)


「Antaheen」を一言で斬る!
・オビシェークとブリンダの携帯に表示される手書き風フォントは、標準仕様のもの…? なんか微妙に読みにくいと感じるのは、非英語圏の人間の感覚か、はたまた日本の環境が固すぎるのか…むぅ。

2018.7.28.

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*1 北東インド 西ベンガル州とトリプラ州の公用語。
*2 ただし、声は吹替。
*3 演じてるアパルナ・セーンとカールヤン・レイも実際にカップル同士なんだそうな。